ユージン・イシュノルア(ニ)

 妖精郷ミッドサマーの主――タイタニア、俺達と同じように願いが形を成したもので、カンヌキやスーよりも長く世界を見てきた存在だという。

 俺達は数多の人の願いが(カンヌキはまた少し経緯が違うようだが)形となり、込められた願いがルーツとなって、願う人々には真似できない力を発揮する、らしい。

 人格や知識にムラがあるのは、数多ではあるが雑多な願いが混じっているためで……更に言えば、その規模は分岐した幾つもの世界から集まるようで、大きく変化してしまった価値観などから生じる乖離現象が時折、ノイズのように精神へ影響を及ぼす場合があるという。

 合間合間に下品な言葉遣いを挟むスーに対して、あまり年頃の男の子の理想っぽくないんだが、と指摘したところ、彼女はその乖離現象に付け加えて「私はもう理想を徹底したいとあんまり思ってないですからね、生まれは選べずとも、進む道は自分で決めますからってやつですよ」なんて気楽な様子で笑っていた。

 それからカンヌキには「俺達は人じゃない、だが、限りなく人に近い。忘れるなよ」と、言葉足らずな忠告を受けた。

 スーの捕捉によれば、人間らしく振舞うのが利口なんだとか……結局のところ、勇者なんて存在を願っておきながら、その勇者が明確に自分達と違う存在だったとき、それが恐怖の対象に変わってしまったり、どう違うのか理解するための贄とされたり、まぁ、非協力的になって面倒事が増えるみたいだ。

 あくまで人間の枠内に(その枠というのが厄介で曖昧なんだが)収まる具合での超人ぶりが求められるという、知るかそんなもんって感じだが、どうやら俺の人格の根底にあるのが勇者像だからか、人間の為に役に立ちたいという感覚があって、むやみやたらに仲違いしたくない気持ちがあるのは確かだった。

 なぜ妖精郷で生まれたのか、この質問を受けた二人は口を揃えて「天が決めること(ですから)」という答えになってないような、投げやりに聞こえる言葉を返してきた。


 で、妖精郷といえば、仄かな灯りが点々と木々に纏わりついている変わり映えしない景色が続いていて、妖精とやらに遭遇することもなく、身振り手振りの大きなスーの後ろ姿を眺めることぐらいしか興味の対象が見つからない退屈な道中が続いた。

 生まれたばかりの俺は、頭ん中が色々とチグハグなことになってて、同じ経験があるからなのか、カンヌキとスーは質問をすれば大体答えてくれた。


勇者おれが願われるってことは、その、魔王ってのが、この世界にはいるってことなんだよな?」

「あぁ」

「んで、俺がそいつをやっつけなきゃいけないわけだ」

「理由が気になるんですね?」

「そうだな、その通りだ」

「一応、人類と魔族はうまいこと住み分けができてるんです。ですけど、境界を越えて危害を加えてしまう場合がまったくないわけでもありません……そういういざこざが積み重なって、互いが互いに相手側へ憎しみを募らせる。結果、魔族を滅ぼしてくれる誰かが望まれる……そこで、実在はしないけど、創作などで親しみがあった理想の誰かさん、つまり、勇者あなたが居てくれれば、となるわけです。あちらさんも同じですね、誰かが我ら……あ、この我らってのは魔族ですよ? 魔族さん達は、自分達を統率し、憎たらしい人類を滅ぼす王様が居てくれれば、とでも願っていたのでしょう」

「その言い方、なぁ、もしかして」

「あぁ、魔王とやらも、俺達と同じだろうな」


 察したのだろうカンヌキが相変わらずの端的な言い回しで肯定した。

 そして、スーが振り返らずに続けて話す。


「使命感というものは厄介なものですよね、絶対に従う道理がないとしても、それが望まれているんだと考えてしまうと、その道から大きく逸れることが躊躇われてしまう……それに私達のことは天が見張っている、逆らえば天罰が下るとかなんとか」

「なんなんだよ、お空から雷でもおちてくんのか、そんなんじゃあ俺もあんたらも大した痛手にもならなそうだけどな」

「タイタニアからの受け売りですので、具体的なことは知りません。私がちょっと理想から外れてもお許しが出てるみたいですしね、つまり、致命的な部分でルーツに逆らうなってことだとは思いますけど」

「ちょっと……ね」

「いいじゃないですかー容姿を変えてるわけでもなく、絶対勝利を貫いてるんですから、私はまだまだ現役の理想像メアリー・スーです」

「そもそも戦うことあんのか、あんたもカンヌキも」

「悪くない疑問だ、俺は天に届くものを待っている」

「ふぅん、そりゃスケールの大きそうな話で」


 そろそろカンヌキの言い回しにも慣れてきたのか、正直よく分からんが、とりあえず聞き流すか……程度の余裕が生まれてきていた。


「私はほら、子供達の味方ですから。あとは、主役よりも目立つ脇役みたいな……主役の目的を代わりに達成しちゃう『僕の考えた最強のキャラクター』ってのです」


 こっちはこっちで、また独特な表現をする。

 だが、スーの目的はなんとなく理解できた。

 こいつは勇者おれの隣で旅を共にし、ちゃっかり自分が魔王を倒してしまおうって魂胆なのだろう、それがメアリー・スーの使命というか在り方のようだ。

 やがて、巨大な樹木が所狭しと生え並ぶ道が終わり、視界に色とりどりのキノコが現れた。

 こちらも俺達の体と比べて一回り以上大きく、見上げれば波打つひだが傘のようになって、俺達の姿を空から遮っていた。


「……え、もしかしてあれが妖精の主なの?」


 正面のキノコの一つに穴が空いてて、そこへ全身をくの字に曲げる形で尻をすっぽりはめている……なんかみっともない格好をした女性を見つけて、思わず指さしてしまう。


「タイタニア、連れてきたぞ」

「そんなところにはまってないで、ちゃんと挨拶してください! よ!」

「あああああやめでええええええ」


 スーに無理やり引っ張り出される形でキノコから飛び出し、力なくその場でへたり込んでしまう妖精の主、かっこわらい。

 半袖のシャツには『しんどい』の文字、書体がきったねぇけど、たぶん、そう書いてある。

 脳内に刻まれていた妖精のイメージと違って、美しい模様の羽なんてものはなく、体がちょっと透けてて神聖的! ってな感じも一切なく、ただただ小汚い印象だった。

 目の下には濃い隈が浮かんでて、苦々しい表情で俺を見つめて……いや、これ、俺の足元を見てるわ。


「こほん、タイタニアです、ごめんなさい」

「え、なにが?」

「その……こんなのが妖精の願いというか、えと、生きてて……」

「生きてて!?」

「ほら、しっかり威厳を見せてやってください、会いたかったんですよね?」

「むり、イケメンこわ、ヤリチンの顔してるし」

「俺ってそんな顔してんのかなぁ!? なぁ、カンヌキ!?」

「悪くない、それが人の望んだ姿なのだから」

「誰だぁ!? なぁおい! だぁれが勇者にそういういかがわしいイメージ持ってんだぁ!?」


 魔王の前にそいつからぶっ飛ばしてやる! つて息巻いてると、


「その、頼みたいことが」


 タイタニアがおずおずと小声で告げた。


「なにか問題か?」


 カンヌキの質問にこくこくと頷いて、タイタニアは肩を震わせながら再び口を開く。


「妖精郷に、きも……裸の人が迷い込んで、みんな困ってる」

「「「は?」」」


 俺達三人の声が綺麗に重なった。

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