ユージン・イシュノルア(イチ)


『願掛けはどうする?』

『ん-、とりあえず魔王討伐じゃない? あとはなんだろね、勇者ってどんなイメージが多いのかな?』

『金髪』

『それはあんたの趣味じゃない? まぁいいけど……そうだねぇ、いつもの補正とは別に救済補正と、あ、そだそだ、強奪免除なんてどう? ほら、勝手にアイテム持ち去っても怒られない感じの』

『いいかも』

『それからー、やっぱ自然と人に好かれるってのも大事な要素じゃないかな』

『ちょっとオーバースペック気味?』

『言われてるでしょ? その世界だけでは再現できないくらいの存在じゃないと……どんな奇跡が起きてもたどり着けない唯一無二であること、勇者とはユージン・イシュノルアであること、そういう共通認識が都合いいって』

『ん』




━━━━━ユージン・イシュノルア(イチ)━━━━━



 幾星霜の時が流れても、自我が芽生えた瞬間というのは不思議と鮮明に思い出せるものだった。


 後々、人は人の腹から生まれると聞いて、それはどんな冗談ジョークなのかと仲間達へ視線を送ったが、誰も茶化すことはなく……乾いた笑いが俺に向けられたもんだった。


 親は知らないのに、名を知っている。

 それが一般的……いわゆる人間の生い立ちとは違うのだと知って、繰り返した自問自答がある。


 ――勇者と人間は全然違うんじゃねーか。


 実際のところ、なんとなく察していたし、それらしい説明をされていたが、だからといって目の前で自分とは異なる生態系を持つ連中が人間だという事実を幾度も突きつけられて、その度に納得を強いるのは、まぁぶっちゃけしんどい時期もあった。


 俺がユージン・イシュノルアであることを自覚したとき。

 肉体は既に成熟していて、誰かに教わった記憶は見つからないのに様々な知識を備えて大地に立っていた。

 辺りには図太い立派な樹木が幾つも天へ伸びていて、垂れ下がった枝の先には淡い光が灯っていた。

 見惚れていたのか、ただ目覚めたばかりで呆けていたのか、そういった感情の整理すら追いつかずに、棒立ちのまま一向に動きを見せない俺に向かって最初に声を掛けてきたのは――。


「どんな気分だ?」

「んあ?」


 抑揚のない声の主は、俺達よりも一回り大きな切り株の隅に膝を組んで座っていて、そいつの肩の近くには幾つかの小物が浮いていた。

 支えもなく宙でぴたりと静止した陶器から男へ視線を移すと、片手に持っていた装丁の剥げた本を閉じながら立ち上がり、


「カンヌキだ」


 脈絡もなく告げてきた。


「悪いことだ、自己紹介ぐらいできるだろう」

「あー名前、名前ね、ユージン……だな、うん」

「ユージン、備えておくことだ、スーがくる」

「あんだって?」


 カンヌキと名乗る男は毛先がくるくる曲がった黒髪をしていて、その乱れた印象とは対照的に小綺麗な真っ黒い出で立ちをしていた。

 眼差しは俺を見ているようで、まるで違うどこかを見据えているような……なんか生気の薄い目してんなって印象だった。


「カンヌキってば、天の声は苦手だって言ってるじゃないですかー、お目覚めなんですね! はじめまして、メアリー・スーです。勇者ってどんな感覚なんですか? 剣とか持ってないんですね! わーやっぱり容姿は文句のつけようがありませんね! モテそうですね! ヤリチンの顔してます」

「ヤリ、チ、はぁ!?」


 ぽつり、ぽつりと水面に雫を垂らすような調子で喋るカンヌキとの会話から打って変わって、笑顔と一緒に爆弾を振り撒く勢いで現れたのがメアリー・スーという少女だった。

 これまたカンヌキとは大きく異なる艶のある黒い長髪を左右で束ねていて、それこそ文句のつけようがないと生まれたばかりの俺でも理解してしまう……そう認識することを強要されているような美少女が、俺とカンヌキの間へ割って入るように立って、満面の笑みを咲かせていた。


「お名前、伺ってもよろしいですか?」

「……ユージンだ。ユージン・イシュノルア」

「勇者ユージン・イシュノルア! いいですね、語感よしっ、私やカンヌキと比べて、なんていうか凝ってますよね、どこかの世界だと、それが勇者の固有名詞になってるんですかね、どう思います?」

「……知らんけど」

「スー、まずは……」

「そうでしたね、勇者様をタイタニアに紹介しないといけませんよね」

「なんつうか、その、置いてきぼり感がすげーんだけど」

「どこから説明しますか? まずはそうですね、私とカンヌキも貴方と同じです。私達は願いが形を成したものです。人間も魔族も妖精もあんな種族もこんな種族も思考する生物はいずれ願いを抱きます。よく聞くのは神様というものですけど、数多の願いが形となって顕現する。そういうことがあるみたいです」


 そういうこと……どこか他人事のように、あっけらかんとした様子で話すメアリー・スーに対して、その時の俺は思わず口を挟んでしまう。


「あんたらもそうなのか?」


 この先、俺が背負った願いの一つ。

 魔王討伐を目指す旅へ同行することになる二人、カンヌキとメアリー・スー。


「カンヌキはちょっと特別でして、抑止力ってものなんです。特別っていうのでしたら私や貴方もそりゃあ特別ですけどね」

「じゃあ、スー、あんたは?」

「私はですね、ふふん、理想なんですよ、年頃の子供達が思い描く理想の女の子、ほんのりえっちな目で見られたりもします。そして、絶対に負けません。絶対勝利――貴方が魔王相手なら負けないとすれば、私は誰が相手でも負けません……戦闘でしたら……途中のイベントのくっころせ! は別です」

「うん、ほんと知らんけど……つうか、勇者おれいらなくねーか、それ」


 そう、誰が主役なのかよくわからなくなるよーな、上位互換の理想少女だったり、世界規模の抑止天パだったり、そんでだ……残りの一人も、俺が人間との違いに思い悩むのが馬鹿馬鹿しくなっちまうくらいに、自ら人間辞めましたに全身でダイブしたような奴が現れるわけだ。

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