土御門天音の異分水嶺、或いは岬勇司の異分水嶺
上代旺磨(1)
「
唱えると同時に、アキバ城の景観が一変する。
異世界からの介入を察知した際に破裂する風船が次々と軽快な音をたてて割れ、城の輪郭を模していた幻視の魔術が、突風に煽られた砂の城のように細かな粒を散らして
屋上庭園に降り立つと、翼を背中の内側へ押しやって、抱えていた薄手のジャケットを再び羽織った。
(懐かしいな……ほとんど変わってないようだね)
長らく放置しているにも関わらず、枯れていない魔の植物を視界の片隅にとめながら庭園内を歩く。
元々、奪われた城の片割れを取り戻すために僕はこの世界へやってきた。
変化に乏しい庭園の姿は、僕の予想を超える鮮明さをもって様々な過去を想起させた。
戦いの記憶、魔族の咆哮、爪と剣が散らす火花、辺りを潤す血、交わりの記憶。
出会いの記憶、ふざけたきぐるみ、恐れ知らずな少女、使命に縛られた勇者、そして、別れの記憶。
『元気でな、旺磨』
『勇司、本当に行くのかい?』
今と大差ない風景、まるで昨日の出来事のように思い出せる。
しかし、十数年前の記憶だ。
あの日、隻眼の勇者は飄々とした様子で突然の別れを切り出してきた。
その腕には刃の代わりに赤子が抱かれていた。
『この子をこのまま陰陽寮に連れていかれるのは避けたいからな、いうて、いつかは戻ってくるからよ』
『どうして君らだけ……それなら一家全員で逃亡すればいいじゃないか』
二人の子供、日向君と夜空ちゃんがそれぞれ偏った血の継ぎ方をしていたのは知っていた。
現代人である朝日君に似た日向君、異世界人であり……願いの象徴である勇司の性質を身に宿していた夜空ちゃん。
世界を救ってほしいという無数の願いを背負い続けてきた勇司だからこそ、自分の子供に同じような境遇を強いることを望んではいなかったのだろう。
なにより……願具として彼の目を奪っていった人物が識訳庁と繋がりがあったと聞けば、まだあちらの世界の方が安全に思えても仕方がない。
それならそれで、僕は……わざわざ離れ離れにならなくてもいいのでは? と彼の真意を確認しておくべきだと判断したのだった。
『それはできねぇよ、それは……俺があいつの生き方を捻じ曲げてしまうってことだ。朝日には、この世界で成したい夢がある、もし俺の所為で夢が頓挫してしまうなんてことになったら、きっと俺は俺を許せなくなる』
『捻じ曲げる……か、彼女はそんな風に考えないと思うけどね』
『まぁ俺のわがままだわな』
『揃って不器用なんだから、君達は本当に』
『必ず戻ってくるさ、こいつが……夜空が自分の生き方に、選択に責任を持てるようになったら、うーん、違うか、せめてこいつが誰かの言いなりにならないで済むぐらいの実力を身に付けたら、そしたら、伏せていたことをげろって、んで、俺はとりあえずママといちゃいちゃしたいから戻るけど、おまえちゃんはどうする? ってな』
『そうかい、ならもうこれ以上無粋なことは言わないでおこうかな』
『……明日には発つからよ』
『うん、気をつけて』
『なぁ、もし朝日と日向がなんか危ない感じになったら、そん時に俺がいなかったら……あいつらを助けてやってくれないか?』
『勇者様が魔王に頼み事なんてね』
『こんなことお前にしか頼めないんだわ』
『ふふ、そうかい……おっけー、約束するよ、だけどさ、君もさっさと戻ってきなよ? みんな待ってるからさ』
『善処しますってことで』
『期待値ひっくい言葉だねぇ』
『言ってろ』
あれから、京都に移って、秋葉原に戻ってきて、日向君が識訳師である朝日君を手伝うようになって、それでも君はまだ戻ってこない。
別世界の勇司は現れたけど、僕が約束したのは君なんだ――朝日君が唯一弱音を吐いた相手だって、君なんだよ。
だからさ、そろそろ戻ってきなよ。
「……これで明日にでも、ここは荒らされるだろうね」
アキバ城を不可侵としていた結界は解かれた。
本来の姿が人々に認識されて、すぐにでも依頼を受けた識訳師がやってくるだろう。
これが
(……ねぇ勇司、どんな世界にいても、僕らはきっとルーツからは逃れられないんだ……つかさ君の様子がおかしかったのは、あの子の片目から感じたのは……あれは間違いなく奪われた君の眼球をルーツとしたものだよ)
つかさ君が急に発露した理由は不明だけど、ほぼ確実に識訳師が絡んでいるはずだ。
もし朝日君がその事実に気付いたら、鈴里や君の眼球の時と同じように……きっとまた自分を責めるだろう。
「……あまり感傷に浸ってる場合でもないね、とにかく行かないと」
僕は戦いが嫌いだよ。
誰かの泣く姿も見たくない。
皆に笑顔でいてほしい、誰にも嫌われたくない――これが僕のわがままなんだ。
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