岬日向(4)

 秋葉原、どこからともなくやってきたアキバ城、どこからともなくやってきた神田ドラゴン、そして、どこからともなくやってきた……。


 京都、どんな時代になっても観光名所なイメージ、魑魅魍魎、百鬼夜行、そして、識訳師の総本山、土御門家も倉橋家も京都が本家。

 土御門、色々と闇の深い噂が絶えない家系、近親相姦から式神(異世界人)を交えての意図的な混血児、現代陰陽道の全盛期を築き上げ、そして、識訳師の頂点に立つ土御門晴先の名が真っ先に挙がる。

 倉橋、俺の実家……になるのかな、一応。まだ識訳師って呼び方が浸透する以前、倉橋家は土御門家と並んで現代陰陽道の闇だとか癌だとか、そういう見出しを掲げる週刊誌なんかをよく見かけた。そして、今は母さんだけが唯一の生き残り、俺とか夜空は混血だから識訳師への入門は禁じられているし、倉橋の名を語ることも許されていない。だから、母さんは岬朝日と名乗っていて、一般的には倉橋家の正当な血筋は途絶えたとされている。

 陰陽寮、遥か昔に実在したとされる国家組織のそれとは意味が違うが、トマソン現象が世間で広まり始めた頃に設立された。異世界人絡みの事件で人並みの生活が困難、または不可能となった人を保護している施設、俺も幼い頃お世話になっていた。


 父さんと夜空が世界から消えてしまって、心に深い傷を負っているからと誰かに言われて、陰陽寮で保護されていたわけだけど……当時の記憶は所々欠けていた。

 つまり、のだとしても――それはなんら不思議なことじゃないと思った。


 陰陽寮には母さんの友人も保護されていて、俺も何度か彼女の病室に足を運んだことがあった。

 穂波鈴里さんはいつ会いに来ても眠っていて、そんな友人を見つめる母さんの横顔に涙が滲んでいた瞬間だけは、なぜか今でもはっきりと思い出せる。

 そういった事情もあってか、母さんは俺を心配して陰陽寮に顔を出しているのか、鈴里さんの様子を確認したいだけなのかって天秤に惑わされて、子供相応にいじけて、不貞腐れていた気がする。


 その日も、鈴里さんの病室へ向かう母さんにはついていかず、一人で庭園を歩いて時間を潰していたはずだった。

 しだれ桜の垂れ下がった枝によって包み込まれそうなベンチ、先客がいることは珍しくなかった気がするし、空いていれば座る、誰か座っていたら素通りする、一種のルーチンと化していたけど、大してこだわりもなかったから、誰かが座ってるのを確認したら、そのまま通り過ぎるつもりだった。

 でも、その日の先客を見て、俺は思わず足を止めてしまったわけだ。


 アマネの話を聞いて蘇ってきた当時の記憶は、それでも相手の輪郭が酷く霞んでいて、そう言われればそうだったかもというレベルのいい加減なものだった。

 ただ同じくらいの年齢の女の子だったことは覚えていて、その子の伏せられた眼差しが……鈴里さんを見る母さんのそれと似ていて、気付くと俺は声をかけてしまっていた。

 幼かったとはいえ、随分と恥ずかしいやり取りをしたような……うろ覚えだから、一字一句を掘り起こせるわけでもないんだけど、とにかく俺は彼女とある約束をしたようだった。

 端的に言えば、プロポーズのような、たぶん、そんなの。

 いやいや、まんま結婚しようとか言ったわけじゃないと思うけど、もうほぼそれ言っちゃってるよね? とはアマネ曰く。

 くっそ無責任な奴である。俺だけど。


 そんなこんなで、どうやら俺が異性との出会いに執着する根底には、彼女との約束があったみたいだ……ということで、ただのゲスではなかったことをここで訂正させてほしい。

 まぁ、実際はもう再会していたのに俺は気付くどころか忘れていたって話。

 結論、やはり馴れ馴れしいゴミだったとさ。



(結局、有紗さんを頼っちまったなぁ)


 天音との連絡先交換作戦は俺の好感度が低すぎて失敗、親睦会についても黄色いジュースを摂取すると判断が鈍るだろうし、かといって飲まないのも不自然だろうから辞退した。

 その旨を有紗さんに伝えた際、あの人なら……まぁ見抜くよなって感じで、俺がなにやら隠し事をしていることを看破し、更にはぐいぐい踏み込んでくるものだから、あれはもう避けられようがないラスボスである。絶対に勝てないのが糞ゲー極まれり。

 有紗さんを味方にできたのが大収穫だと思うしかない。いや、実際まじで将棋の駒なら八方向無制限に動けて、相手の駒も飛び越えれて、でも王だけはとれない、そんな規格外だけど、かろうじてゲームを成立させてやるよって滅茶苦茶な持論をぶつけてくるような人だから。


 それはさておき、親睦会を蹴っておきながら俺は現在ぼっちで万世橋付近にいる……いたのですが。


「あの、ニッチさんはご一緒では……ないのですか?」

「イ゛マ゛ゼ ン」

「大変失礼致しましたあああああ」


 知り合いと遭遇しないようこそこそ暗躍してたのに、書店でまさかのぼぞぴさんとエンカウント、ラスボスを味方にしたと思ったら満を持して裏ボスの登場である。

 母さんとニッチさんの計らいなのか、多少はこの世界の言葉を話せるようになったらしいぼぞぴさんだが、鬼じみた風貌がそうさせるのか声の質がそうさせるのか、いません(朗らかな笑み)ではなく、いません(オマエをクッテヤロウカ?)と言われているようにしか聞こえなくて、小便ちびりそう。


「ヒバナサン」


 あーあ、散っちゃってるよ、刹那で弾けそうな名前で呼ばれてるよ、儚い一生だったなぁ。


「ゴレヲ」

「……へ? おでん缶?」


 なるほど、まるで意味が分からん。

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