岬夜空(2)
月明りを浴びてご機嫌なツキヒカリバナさん達が、わたしの歌に合わせて幾つも伸びている手足をぐにゃぐにゃと躍らせています。
「星の子はとっても似ているわ、えぇ、
「まるで月の光が産み落としたよう」
「そうなの、そうなのよ、あたくし達が寂しくないのは」
「星の子が眩しいから」
「まったくだわ」
特にお喋りで目立ちたがり屋なツキヒカリバナさんが二輪、わたしの足元に寄り添って囁きあっています。
彼女達は……ポッキーさんが言うには魔王城の庭園にいつの間にか生えていたとのことで、魔族の生き方を見習っているのか日中はどこかに隠れてしまって見つけることができません。そして、夜になると月の光に誘われて庭園に現れるのです。
「聞いてくれてありがとうございました……喜んで貰えましたか?」
昼間の妖精さんの歌を思い出しながら、記憶から抜け落ちた詩を別の言葉で整えつつなんとか歌い終えると、わたしは集まってきたツキヒカリバナさん達にぺこりと一礼しました。
「あらあら、自信をもって、えぇ、星の声は魅力的なのよ、とっても」
「でもお気をつけて、星の声は透き通っているから、どこまでも響いてしまうわ」
「月は一つでも、光は数えきれないように」
「二つの体に一つの心。あたくし達のように」
「まったくだわ」
中央に種子がぎっしりと詰まったお月様みたいな頭部を曲げて、お喋りなツキヒカリバナさんがわたしを見上げているかのような素振りを見せます。
彼女達の言葉はそれこそ歌の詩に似ていて、わたしには何を伝えようとしているのか分かりません。
ツキヒカリバナさん達の詩的な会話に耳を傾けながら、わたしは
これは日課のようなもので、人里離れた地に暮らすお父さんとわたしは日常的に魔術の鍛錬をしています。
魔王城へ遊びに来るよりも少し前の話――あの日も月が綺麗な夜でした。
「魔術ってのは魔力を意図的に変換できての魔術だ……その基礎を学んでないと、魔力は無自覚になんらかの願望を叶えようとする。子の神託だったり、魔の召喚だったりな、そういうのは呪いと言い換えてもいいのかもしれない、まぁそれはそれで唯一無二だったりするが、けど応用がきかないし、無自覚ってのは制御ができないから……拡大解釈されかねない。悪用もされやすい」
「うーん、ちょっと難しいかも」
「つまりあれだ、ちょっと体の大きいガキ大将が力を持て余してあっちこっちに噛みついてる感じ」
魔王城の書庫で学園モノというのを読んだことがあるので、わたしはその言葉自体の意味を知らないわけではなかったでした。でも、子供達が集まる学校とやらに通ったことがないので、ガキ大将の文字面から浮かんでくる姿は空想の悪魔とあまり変わりません。
「あー悪い、説明になってないわ……劇場版だといいやつだったりするしな」
「んむー、さっぱりです」
「まぁ、夜空はもう大丈夫だよ……大丈夫なんだけどな、その使い方は瞳や髪がきらきらしてて、さすが俺の子供って感じで可愛くて神秘的でお父さんとても誇らしいんだけど、言ってしまえば視覚的な効果はあるが、それだけだ。それだけに魔力を十割吐いてる」
「でも、わたしこの使い方すごく気に入ってるよ?」
「もちろん、夜空の魔術はお父さんだって真似できない凄いものだ。けどな、折角……俺の子供なんだし、どうせなら俺が培ってきたものを学んでほしいってのが正直ある。剣は前に見せただろ?」
「フライパンで魔物を追い払ってた時のやつ?」
「そうそれ、あれは剣に見えてただけじゃない。そこに意味を与えてるんだ……俺は概念魔術って名付けたんだが、斬るのではなく返す、視覚的にも概念的にも本来とは違うことを魔術で実現するってわけだな。この右目だってそうなってる……ここには魔力で眼球を埋めてるが、それは決して視るためじゃない」
そう言って、お父さんは黒革の眼帯で隠された目の部分を人差し指でとんとんと
私が覚えている限り、お父さんは最初から隻眼でした。ずっと昔に魔王様と喧嘩した時に怪我をしてしまったのかなと勝手に思ってます……実際に聞いて確かめたりはできていません。
「超現実的魔術って言い方でもいいかもしれねぇな、言ってしまえば世界に無理やり概念を……そういうもんだと認めさせるってことだ……自分ルール的な」
「なんでもありってこと?」
「さっすが夜空ちゃん、すごいよ夜空ちゃん」
「むー、馬鹿にしてるでしょ?」
「親馬鹿ですが何か? ははっ、そんな頬を膨らますなって可愛いかよ。要は今の視覚的な変換を極めたら次のステップ目指してみないかってこと、その気があれば、その星空に何を願うかゆっくり考えてみてくれ」
「……うん、考えてみる」
わたしが星空に願うこと、それってやっぱり……お母さんとお兄さんに会いたいと願ってもいいのかな。でも、その為に何をすべきなのか分かりません。
復習を兼ねた回想から思考が逸れて、ふと先程のツキヒカリバナさんの言葉を思い出します。
――星の声は透き通っているから、どこまでも響いてしまうわ。
「どこまでも……」
どうか届きますように――お母さん、お兄さん、わたしはどうすれば
「ヨジョラ様あああああああ……こちらにいらっしゃいましたか!」
「あびゃい!」
突然の大声に驚いて変な声が出ました……振り返ると、ポッキーさんがお城の方から凄い勢いでこちらへ駆け寄ってきます。
わたしはすっかり慣れましたが、形相は人を襲う魔族のそれです。ポッキーさんは笑顔なのだと言ってますが、もし隣にお父さんが居れば殴り飛ばされてしまいそうです。
「ご覧ください! 我輩やりました! 完璧な出来栄えです!!」
「あ、もしかして前に話してくれた見隠しというやつですか?」
「そうです! ヨジョラ様、街に出ると目立ちすぎて困ると仰っていましたから……特別な布で仕立てております。ささっ、物は試しです、どうぞお召しになってください」
ふわりと軽い真っ黒な
着ていた衣服どころか膝下までが見隠しですっぽりと覆い隠されます。
「よくお似合いになっています! 首の後ろについている頭巾も被って頂いて……どうですか?」
自分のことのように声を弾ませているポッキーさんが、わたしの前に立って鋭い爪の伸びた手の平をかざします。すると宙に手鏡のようなものが浮き上がって、私の姿を映し出します。
見ると頭から膝下まで包む外套によって
瞳や頭巾の下から伸びる髪の毛先からはまだ星屑がきらめいていますが、以前に比べると随分と控えめです。
「ヨジョラ様の素敵な魔力を隠してしまうのは忍びないのですが……とはいえ状況によって必要になる時もあるでしょう。これは魔力を遮ったりしているわけではなくてですね、見隠しの内側に空間が広がっているのです。ユージンの
「ポッキーさん、ありがとうございます! とても嬉しいです」
「んああああ勿体なきお言葉! そ、それでですね、空間を操る魔術の一種ですので、普段はこういう形で持ち歩けます」
言いながらポッキーさんが自身の懐より綺麗に折り畳まれた布を取り出します。
「ユージンの話だとハンカチと言うらしいですね。こうさっと広げると……」
指で摘まんだ布を優雅に振るうと、瞬く間に外套の形に広がりました。
続けて大きく広がった外套を両手で掴んでばさりと……洗濯物を干す時に衣服を伸ばすような動きをすると一瞬でハンカチの形まで縮んでしまいます。
「この二つの形状を記憶させてますので、複雑な魔術思考を介さなくてもすぐに変化してくれます」
真似してみると、ポッキーさんほど手慣れた感じではなかったですが……最終的には同じように見隠しを布の形まで縮めることに成功しました。
「あらあら残念、えぇ、星の子の輝きを奪うだなんて」
「やだやだ
「まったくだわ」
「……あ?」
「あらあら、こわいこわい」
「やだやだ、こわいこわい」
「喧嘩は駄目ですよ、仲良くしてくださいっ」
「仰せのままに」
ただ見隠しと呼ぶのも寂しいのでなにかないかなと思っていたところに星食という単語を聞いてすっかり気に入ってしまったのですが、ポッキーさんはツキヒカリバナさんの言葉から命名することをよしとしてくれるでしょうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、わたしはもう一度夜空を見上げるのでした。
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