岬夜空(1)
わたしのお父さんの名前はユージン・イシュノルア。昔は勇者様とよばれていたそうです。
お母さんとお兄さんの記憶はほとんどありません。何度かたずねたこともありますが、お父さんはいつも「まぁ元気にやってるだろ」と説明を
道中、豊穣の季節が近づいていることを喜ぶ妖精さんの歌声に合わせて口ずさんでいると「アナタ、トテモキレイナコエネ」と褒められてしまいました。
隣を歩いているお父さんの横顔を見上げると、眠たそうに大きく口をあけて、ぼさぼさに伸びた金色の髪を右手でくしゃくしゃとかいています。
わたしの髪の毛は真っ黒です。たぶん、お母さんに似たのでしょう。
今日は久しぶりに魔王城へ遊びにいくので、なんだか浮足立っていて、普段よりも
勇者様だったお父さんの影響なのか、わたしは常に小さな体から周囲へ振り撒いてしまうほど、とてつもない魔力を秘めているらしいのです。それで、ただ垂れ流していると、よからぬものを惹きつける場合があるからと魔力の使い方をたくさん教わりました。
わたしは夜の星空がとても好きです。だから、肉体から零れてしまう魔力で星空を真似て、きらきらと幻想的な風景を生み出して魔力を消化しています。
魔王様は元勇者様、つまりはわたしのお父さんと仲が悪かったみたいで、仲直りできないまま魔王様はどこか遠くへ旅立ってしまったと聞いています。
行方をくらました魔王様に幻滅したのか、一人また一人と配下が去っていき、ついには一番付き合いの長かった重臣だけが城に残り、今でも帰りを待っているのだそうです。
それを聞いて、悲しくなったわたしはお父さんにお願いして、たまに重臣さんの所まで――魔王城まで遊びにいくようになりました。
滅多に雲の薄れることがない暗い空の下、渦を巻く果てない海を背後に建つ魔王城は、過去にどんな襲撃を受けたのか、まるで大きな竜にかじられてしまったかのような、城壁などが部分的にばっくりと削がれたシルエットをしています。
お父さんが気怠そうに、ずしりと重いはずの巨大な門扉を片手で押し開けると、その人の満面の笑みがわたし達を迎えてくれました。
「お邪魔しますっ」
「おおおおおヨジョラ様! お会いしとう御座いました!!」
「ポッキーさん! お久しぶりです!」
魔族らしい硬そうな肌に先端の尖った角と牙、遠くで落ちる雷によって縦に細まる瞳孔。初めて挨拶をしたときは、そんな見た目から作られるぎこちない笑顔が正直とても恐くて萎縮したものです。でも、本当は優しくて、わたしのことを色々と気遣ってくれる方で、今は大好きです。
ちゃんとした名前はポルルノウム・ギルナッキートといって、長くて大変なので、いつもポッキーさんと親しみを込めて呼んでいます。
それはそうと……わたしの名前、本当はヨゾラなのですが、ポッキーさんには馴染みのない発音みたいで、どうしてもヨジョラと聞こえてしまいます。
どうやらポッキーさんはわたしに魔王様と似たカリスマ性を見ているらしく、いつの間にか主従関係みたいなものが生まれてしまっていました。ちょっと戸惑うときもありますけど、基本的には仲良しです。
「ヨジョラ様はお会いするたびに魔力が高まっておりますね。今ではすっかりと魔王様にも引けを取らないものを感じます」
「はっ、あんなやつ……そりゃあ俺の娘の方が優れてるに決まってるわな」
でも、お父さんとポッキーさんは……。
「……あ?」
「お?」
よくこんなふうに喧嘩しちゃいます。
お互いに顔を近づけて、額がくっつきそうな距離感で睨み合う二人の間にすすすっと潜り込み両腕に力を込めて二人を引き離します。
「ささヨジョラ様、長旅でお疲れでしょう、温かいお飲み物を用意しておりますので、どうぞこちらへ……ユージン、厨房に
「へーへー、んじゃあ俺は晩酌させてもらおうかね」
「なっ! 待てこら、そっちは私の部屋だろうが!」
お父さんとポッキーさんがまた口論してますけど、わたしはちょっとだけ疲れたので真っ赤な絨毯に
ポッキーさん一人には広すぎる石造りの細長いテーブルを横切って、玉座の後ろの壁に掛けられた大きな絵に小声で挨拶します。
「また遊びにきました。しばらくお世話になりますっ」
魔王様の肖像画を見るもの楽しみのひとつでした。
魔族よりもわたしやお父さんと似た風貌に無邪気な笑みをたたえていて、ポッキーさんがいつまでも忠誠を誓う理由が……魔王様の人柄がやんわりと感じ取れるこの絵を眺めているとつい考えてしまいます。
優しそうな魔王様、いったい今はどこで何をしているのでしょうか?
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