第2話「憂い日に思うところは」

「マジかよ……」

机の上には見覚えのない紙切れがある。

だが僕らはそれが何かを知っている。

天からの最後通牒。死のメッセージ。

僕は――二日後に死ぬ。




この紙切れは自分が死ぬ二日前に届く。

そしてそれを、一人だけに伝えることができる。

おとぎ話のように語られているその話は桃太郎と同じぐらいの知名度がある。

二人目に伝えるとどうなるのかはみんな知らない。

死んだ人間には話が聞けないから。

僕は死ぬ。確実に。だけどなんでだろうか、そうでもない。

死ぬということを知っても焦りがない。そんなもんか、と思う。


みんなきっと自分だけは死なないと思っている。

あるいは、自分の死については何も考えてはいないと思う。

だけど僕は違っていた。いつ死んでもおかしくないと思っていた。

むしろこの現実は、実は走馬燈なのでは?と、よく考えていた。

そう思っていたから僕はこの紙切れを見ても特に焦りはしなかった。

そうですか。

ぐらいにしか思っていなかった。

どころかやっと安心できる。

いつ死ぬかわからずに生きているよりも、この日に絶対死ぬよと教えてもらったほうが安心する。

裏を返せばその日までは死なないから。


しかし……この『おとぎ話』が本当だったとはな……。

本当だと知っていたら常日頃ビクビクしながら生きずに済んだのに。

あと二日生きられる。誰に伝えるかはもう決めてある。




にゃあ、にゃあ、という鳴き声ももう聞きなれた。

もう3年になるが毎日欠かさず僕が起きるとすりよってくる。

「うれい、ちょっとまって」

にゃあ、にゃあ、と僕の足に頭をぶつける。

「お前はごはんのときだけだな。ほら、待ては?」

そう言うとうれいはちょこんと座る。

猫はふつうそんなことしないらしい。

「えらいぞ」

キャットフードをさらによそうが手を付けない。

「わかってるよ」

乾いたキャットフードだけでは気に入らないようで、魚の切り身をそえてやる。

「今日は全部食べろよ」

こいつは切り身しか食べない。

だから僕は続けてこう言う。

「全部食べるまで、次のごはんはないからな」

今日は本気だぜ。

僕が死ぬまでにこいつの好き嫌いを直さないといけないから。




二日後とはいうものの二日後のいつなんだろうか。

朝?夜?

それが違うと1日分ぐらい差があるけど。


商店街は閑散としている。僕はこの雰囲気が好きだった。

すぐ近くのデパートに客をすべて取られた完全なる負け組。

僕と一緒だ。

ちらほら店が開いているが、僕はそのすべての店主と顔見知りだ。

お互い愚痴を言いあって傷をなめあってる。

売れない小説家にはこのくらいがちょうどいい。

このくらいのぬるま湯につかって。

この世界は結構こんな人ばっかだぜ。って思えるから。

いまだにバイトをやめられないことも、あんまり苦にならないから。

下には下がいるというが僕の下にはどれくらいの人がいるのだろうか。

肉屋のおじさんに聞いたら少なくとも俺が一人。と言った。

ふふ、と笑って、それじゃあと言って帰った。

僕は気分がよくなって発泡酒を飲んだがやっぱりまずくてほとんど捨てた。

こんなもんだ人間は、と言い聞かせるように。




昔友達だったひとはもうみんな軌道に乗っている。

車を買った。家を買った。年収何百万。あいつは何千万。

そんな話ばかりするから僕は自然と連絡を取らなくなっていった。

僕は月給13万。内、印税が数千円。

親とはもう何年も会ってない。

そろそろ就職、そして結婚、孫の顔が。

そんな話ばかりするから意識的に会わなくなった。

今でもたまにメールが来るけど僕は開いてすらいない。

すると、手紙が届くようになった。

それも開いてない。

そのうち家に来るようになるのでは?と思っているが、二日のうちには来ないだろう。




次の日僕は朝六時に起きた。

予想では今日零時を回ると死ぬ。

ジャスト二日後なんじゃないと思う。

最後の24時間くらいは起きていようと思っていた。

にゃあ、にゃあ、とすりよってくる。

最後エサをやったら外にはなそうと思っている。

「最後の晩餐だぜ」

猫は人間の言うことを理解できるという話を聞いた。

が、最後の晩餐なんて初めて言ったからきっとうれいは理解できないだろう。

「今日は切り身だけにしてやる」

好き嫌いをなくすとか言っていたのに。

最後にはやっぱり甘くなるんだ。

だが、うれいは手を付けないでこっちを見ている。

「勘がいいな」

僕になにかあると悟っているかのようだ。

「僕がいなくなるとさみしいか?」

にゃあ、と言ってすりよってくる。

「ふふ、そんな風に言ってくれるのはお前だけだよ」

にゃあ、にゃあ、といって頭を何度もぶつけてくる。

「僕はな、明日死ぬんだ」

最初から決めていた。僕はこいつに伝えると。




零時寸前、うれいは僕の膝の上にいた。

眠っている。

なぜだか安心して僕も眠りについた。

うれいのことは心配だけどまあなんとかするだろう。

動物はその辺、シビアだろうし。

そんなことを考えながら。

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短編蒐 大森たぬき @oomoritanuki

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