第二十八幕 早撃ちザラ・マンデン

「おいチビ。大人しく銃をこっちに渡せ。」

渡り狼は片手で銃を構えながら、サラに銃を渡すように手を振った。


「クソッ!言わんこっちゃない!」

自分はザラに向かって叫んだ。

すると後ろにいる渡り狼に銃口を突きつけられた。


「おい!静かにしろ!ぶち殺すぞ!」

「そうだぜ兄ちゃん!おめぇの女撃っちまうぞ!」

アニマに銃口を突きつけた。


アニマは自分の身の危険を理解している様子だが目の前の状況を呑み込めずにいる。


「なぜこんなことをするのですか?」

彼女は理由を聞こうとするが返答は「黙れ!」という声と彼女の背中は銃口を激しく押し付けられた。

彼女は銃を背中に無理矢理押し付けられ、少しだけ苦悶の声を漏らした。


こんな時に霧狼を撃つべき時が来てしまったが自分の手元に霧狼はない。

だが幸い腰巻にナイフが入っていることを思い出し、こっそり手を回す。


「ネモ。止めなよ。」

目の前のザラに止められた。


「は?!なんで?!」

彼女の言う事を理解できなかった。


「おいチビ、手を静かに上げろ。そしてそのまま動くな。」

渡り狼の一人が銃で狙いながらザラに近づいていく。


「なにが大丈夫だったんだよ・・・。」

俯いて零れるように呟いた。


「ねぇネモ。」

前のザラから声が聞こえた。


「あ?」

顔を上げた。


「動いちゃだめだよ。」

すると彼女の身体から精霊が飛び立って、横に飛んだ。


全員の視線がその精霊に注がれた。

次の瞬間、目の前に激しい閃光、そして連なった炸裂音が響き渡る。


するとザラの目の前にいた渡り狼が前のめりに倒れ、自分の後ろから何かが倒れる音が聞こえた。

振り返ると自分に銃口を突きつけていた渡り狼が頭から血を流しながら倒れていた。

頭には小さな穴がぽっかりと空いておりそこから血が滔々と流れ出た。


「ひぃ!」

横から甲高い男の声が聞こえ、横を見るとアニマに銃口を突きつけていた男が肩に手を当てて倒れていた。

肩から血が滲み出て、男は脂汗をかいており、顔は恐怖の顔に歪んでいた。


「お前もしかしてザラって名前。お前ザラ・マンデンか?!」

どうやら男は彼女の名前を知っているようだった。


「ええ。」

彼女は彼の問いに二つ返事で答えた。


「あの”早撃ちザラ・マンデン”か?!」

彼女を意味の分からない呼称で読んだ。


ザラが男に歩み寄ってくる。

男は後ずさり、一目散に鉄馬に乗った。

ザラがすぐさま銃を構えたが鉄馬は急加速し、明後日の方向に消えていった。


「弾がもったいないわね。ねぇネモ。」

「何だよ?」

「あんたの銃であいつ狙えない?」


ザラは視線で霧狼を示した。

渡り狼の死体から自分の霧狼を取った。

死んでも握り力は強いらしく手を解くのに手間取った。

霧狼を鉄馬で逃げている渡り狼に向かって構えた。


だがしかしここで引き金を引くべきだというときに引き切ることがどうしてもできない。

指は微かに恐怖で震えている。

今が自分の役割なのにそれをどうしても果たすことができない。


「あんた早く撃ちなさいよ。」

ザラに急かされた。


「・・・。」

銃口はあの渡り狼に向けているがどうしても引き金を引くことができない。


「やっぱりできない・・・。」

自分は霧狼を下げて諦めた。


「意気地なし。」

ザラの冷たい声が響き渡る。


「アニマ。大丈夫か?」

「ええ、ネモも大丈夫ですか?」

「ああ。」

自分はバツが悪そうに答えた。


「まあいいわ。」

彼女はナイフを取り出すと渡り狼の死体から精霊結晶を奪い取り、三つに割って自分とアニマに手渡した。


「あいつらは殺したのか?」

「ええ、見りゃ分かるでしょ?」

「こいつらはどうするんだ?」

「ここに置いてくわよ。」

「なんかどうにかすることはできないのかよ。」


自分の質問を無視して、ザラが問いを重ねた。

「あんたどうして撃たなかったの・・・?」

「殺したくなかった・・・。」

「自分とアニマが殺されるのに?可笑しなこと考えるわね。私がいなけりゃあんたたち殺されてたわよ。」


彼女の言葉は正論だ。

もしあの場にザラがいなければ自分たちは助かることはなかっただろう。


「ほらさっさと帰るわよ。」


再び鉄馬に乗ってその場を後にした。


再び町の入口に戻り、鉄馬から降りた。

しばらく押して歩いていると二人の監視者に呼び止められた。


「おい、お前らさっき六人で狩りに出かけていたろ。半分のやつはどうしたんだ。」

心が凍り付きそうになった。

自分たちはあの三人を殺してしまったのだ。

ぎこちない動作で振り向き、何とか平静を装うとした。


「い・・や・・・別「殺したわよ。」

ザラが悪びれずに平然と答えた。


「む。そうか。」

二人の監視者は少しだけ目を丸くしたが軽く反応するとすぐに見張りの仕事に戻っていった。

やはりヨーゼフの言う通り町村や街道の外での犯罪は黙認されるそうだ。


さっきまで色々な言い訳を頭の中でぐるぐると渦巻いていたことが無駄なようにあっさりと彼らは三人を殺した事実を受け入れたのだ。

そして再び門をくぐり、大勢の人間の中に戻っていった。


第二十八幕 早撃ちザラ・マンデン 完



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