第二十九幕 酒場の語らい
「ごめんなさい。私これ一つ。」
「なら私も同じものでお願いします。」
ザラとアニマが酒場の席で給仕に料理を頼んでいた。
「ならそれを三つでいいかい?」
「いや二つでいいよ。」
「え?」
「だから二つでいい。」
「分かったよ。なら二つで。」
給仕は不思議そうに顔を傾けたが何か言うことなく注文を取り、店の奥に消えていった。
「あんた食べないの?」
「ああ、食べる必要がないからな。」
「でも口あるじゃない?」
「線で彫ってあるだけで口は開かなんだ。」
唇の間をなぞって見せた。
「あら本当ね。食べる必要ないなんて便利な身体ね。」
彼女は自分の口を見て、口のへの字に曲げて不思議そうな顔をした。
給仕から料理が出された。
彼女たちは料理に手を付け始めて自分は机に片肘をついてそれを眺めた。
「ザラさんは渡り狼をやって長いんですか?」
しばらく黙って食事を取っていたがアニマが食事に手を止めて、話題を提供した。
「ええ、十歳の時に職人街を出て渡り狼になったからかれこれ五年くらいになるわね。」
彼女は指で数えながら答えた。
「二人は渡り狼に成り立てでしょ?」
「いや・・・俺たちは別に・・・。」
「別に渡り狼を語るのに資格なんて必要ないわよ。そんな大層な仕事でもないんだから。」
彼女は食事に手をつけながら答えた。
アニマとは対照的に行儀は少しだけ悪いように感じた。
霧の村の渡り狼たちを思い出した。
あながちこの小さな少女が五年も渡り狼をしているのはあながち嘘ではないと思った。
「ザラ。改めて助けて下さりありがとうございます。」
「お安い御用よ。ネモ。あんたは私に感謝しないの?」
「・・・助かったよ。」
「言えるじゃない。どういたしまして。」
彼女は料理をフォークで突き刺すと口に放り込んだ。
「ところでネモはアニマを無事教会に預けたとしてあんたは自分の家に帰るの?」
「いや俺も月都に向かうところだ。」
「そう、ならあんたも月都の人間だって言って教会に送ってもらったらいいじゃない。」
「嘘だとばれたらアニマに迷惑をかけることになるからそれはできない。」
「あっそ。やっぱり意気地がないわね。でもなんで月都なんかに?」
「それは・・・。自分のことを知りたいから。」
少しだけ顔を俯いて答えた。
「自分のこと?前の家でも行って懐かしいなあとか感傷に耽りたいわけ?」
彼女はフォークに刺した料理を口に運ぼうとしたが途中で止めた。
「いや昔の記憶がないんだよ。生まれてから今に家にいるまで。」
「そう・・・。それで自分のことを知りたいから月都に行くのね。でも記憶がないならどうやって自分のことを知るのよ。なんかアテでもあるわけ?」
「アテは・・・そうだな。」
ポケットから先生が書いた端書をザラに渡した。
「何これ?手紙?」
「いやそっちじゃなくて裏の方。」
彼女が端書を裏に返すと目を紙に近づけた。
目を細めて注意深く月都の地図を見ている。
「この研究棟という場所にあんたの手がかりがある訳?」
「ああ、そう書いてあるからな。」
「やっぱりあんたの身体月都のものなのね。」
「月都というより先生が俺の身体を作ってくれたんだ。」
「今も月都にいるの?」
「いや俺の家の中で死んだよ。年だったからな。」
ザラが今裏を見ているので自分には表の先生が自分に宛てた手紙が見えた。
「それにしても変ってるわね。その先生という人。」
「ああ、確かに変わってる人だった。いつも俺に知らない話をしてくれたよ。」
「そういう変わってるとかじゃなくてなんで月都から離れたんでしょうね。」
「どういうことだよ?」
「だって月都と言えばこのドゥンケルナハトの中心地よ。そこに住んでる人はもれなく贅沢な暮らしをしているのよ。そんな暮らしを捨ててなんであんたのとこで暮らしていたんでしょうね。」
「それは・・・俺にも分からない。」
彼女は訝しむような顔をした。
「それに研究棟の研究者とあんたとは何のつながりがあるわけ?」
「それは俺の身体を作ってくれたから先生と患者みたいな関係じゃないのか?後は親父が先生と知り合いだったんだ。」
「知り合い?あんたのお父さん月都で何してたの?」
「教会の監視者。」
「教会の監視者?その子供のあんたが渡り狼やってるなんてとんだ親不孝者ね。」
「昔の話だよ。今は農家をやってるよ。」
「それも不思議ね。」
彼女は給仕を呼びつけて飲み物を追加で注文した。
「まぁ、その秘密も月都に行ったら分かるかもしれないわね。そこら辺のこと分かったらまた会った時に教えて頂戴よ。」
彼女は最後の食事の一かけらを口の中に放り込み、皿には小さな食べかすしか残っていなかった。
それと同時に給仕が飲み物を持ってきたのでザラはそれを受け取ると一息で飲み干した。
「ごちそうさま。そろそろ宿に向かいましょうか。あら?」
ザラがアニマの方を見た。
アニマの皿にはまだ食べ物がいくつか残っていた。
「すいません。」
ザラが食べ終えたことに焦り、急いで食事を口に運んだ。
「そんなに急いで食べると喉詰まらせるわよ。ねぇおばさんこの子に飲み物持って来てちょうだい。」
ザラは子供を宥めるようにアニマに注意して、給仕に飲み物を注文した。
そしてしばらくするとアニマも食べ終え、飲み物を飲み干して酒場を後にした。
第二十九幕 酒場の語らい 完
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