第二十二幕 花畑の出会い

霧の村を離れて自分たちは街道を進んでいた。

目の前は平坦な道だ。

精霊灯が巡っては消えて、また巡っては消える。


「ネモ。次に行く町はどこにあるのですか?」

アニマが後ろから声を掛けてきた。


「この街道を真っすぐだよ。そろそろ見えてくるかも。」

「町に着いたらやっぱり教会に行くのですか?」

「もちろん。親父と約束したからな。」

「そうですよね・・・。」

彼女は少しだけ悲し気な声を漏らしていた。


「また会えるさ。」

「え?」

「俺も君を教会に送ったらすぐに月都に向かうよ。だからきっと会えるさ。」

自分はアニマの方を振り向いた。


「ええ。約束ですよ。月都に付いたら案内しますからね。」

「ああ。楽しみにしてるよって・・・わわ!」

鉄馬がちょっとした街道の凹凸に車輪をとられてしまい自分たちは激しく揺らされた。


「ネモ。ちゃんと前を見て運転しないとだめですよ。」

「・・・。ごめん。」


そういってしばらく運転に集中して、走らせていると街道の外れにあるものを見つけた。

それは地面を一杯に咲いた白い花畑だった。

星の光が白い花畑を照らして、花は儚げに輝いている。


「ネモ!あの花畑に行ってみましょうよ!」

花畑を見た彼女は心の底から喜んでいるようだった。


「分かったよ。」

まだ昼の時間帯だ。

特に急ぐような事も無かったので彼女のお願いを聞くことにした。


速度を落として街道から道を逸れて、花畑に入っていった。

そして花畑の傍に鉄馬を止めた。

目の前には一杯の白い花で埋め尽くされた花畑が白く淡く輝いていた。


鉄馬の横に掛けてある鞄から簡易的な精霊灯を取り出した。


「アニマ。頼めるか?」

「はい。」


彼女は精霊を出して精霊灯に灯りを点けた。


自分が光る精霊灯を持って、花畑に入っていった。

空は相変わらずの暗い星空だがそれとは対照的にこの花畑は淡い光を放って、空を照らしているように感じた。


「綺麗ですね。」

「ああ、俺も初めて見るよ。」


花畑の真ん中で自分とアニマは腰を落ち着けた。


「私もこんなに花が一杯ある場所は初めてです。」

「月都にはここみたいな花畑は無いのかよ?」

「ええ。月都で花を見たのは母が花屋から買ってきたものとか家に飾ってある花ぐらいですよ。」


彼女は嬉しそうに花を見つめていた。


自分は白い地面の中から花を一つ取ろうとした。


「駄目ですよ。ネモ。」

それをアニマが自分の腕に手を添えて止められてしまった。


「どうして?」

「なんだか仲間外れにされてるみたいですもの。」

訳は分からなかったが彼女に言われて茎から手を離す。


開いた無機質な白色の手の真ん中には白い花が一輪。

同じ色なのに自分の手はこの花畑に溶け込むことは無い。


するとふと遠くから地鳴りのような音が聞こえた。

音は小さいが確かに大きな何かが地面を鳴らしている。


辺りを見渡すと森の方向から黒い巨大な何かが近づいてくる。

音は次第に大きくなる。


花畑の前に巨大何かが止まった。

それは悪魔だった。

見た目は形容するなら馬に近い。

身体に比べて細いが貧相さを感じない四つ足。

筋肉質な身体。

普通の馬と比べて倍ほどの大きさがある。

そして驚くことに頭には空を衝くような鋭く、長い角が一本生えていた。

もしあの悪魔が頭を降ろしたなら自分たちに刺さってしまうかもしれないと思ったほどだ。


そして閉じられた目が明けられた。

目が赤く怪しく輝いていた。


「アニマ。」

自分はアニマの前に立った。


精霊灯を持っている限り、悪魔は襲ってくることはない。

じりじりと少しずつ後退して、少しずつ鉄馬の方に退いていく。


「夜梟を抜くんだ。」

「は、はい・・・。」

アニマは緊張を孕んだ声で答え、鞄から夜梟を取り出した。


自分たちと悪魔は相当距離は開いているが目の前の悪魔にとっては一歩で追いつけるだろう。

安心だと分かっていても緊張してしまう。

しかもこの悪魔が放つ迫力は今まであった悪魔とも違う。

理性を失くして獣のように襲い掛かる悪魔とは違う、まるで自分はこの悪魔の巨大な手のひらの上にいて少しでも不興を買うと命を簡単に握りつぶされるようなそんな感覚に陥った。


悪魔は花畑に踏み入ることなくただこちらを見つめていた。

全ての身体の集中はこの悪魔に吸い込まれる。


「きぃきぃ。」

「あ?」


だが悪魔から小さい鳴き声が聞こえてその緊張が上滑りするように霧散していく。

悪魔が足を折って地面に座った。

どしんと音を立てて花畑を少し揺らした。


すると悪魔の背から小さな無数のリスが顔を出した。


「まぁ。」

後ろに立っていたアニマが間の抜けたような声を出した。


リスが悪魔の黒い巨大な背の中で走り回っていた。

悪魔はそれを少し痒がるように頭を振って追い払っていた。

リスはそんな悪魔の頭をからかうように避けた。

するとリスの一匹が悪魔の背から飛び降りた。


そして花畑の中を這いまわった。

身体は小さく、花の中に隠れては飛び出してを繰り返している。

悪魔の視線がその小さなリスを追って右往左往している。

まるでそれは子を見守る母親のようで自分たちには興味は無いようだった。


「うふふ」とアニマがクスっと笑うと自分を通り抜けて花畑で遊びまわっているリスに近づいていった。


「おい。」

アニマの方に手を伸ばすがアニマに手が届くことはなかった。

自分もアニマの後を追った。


アニマはリスの元に歩み寄り、リスを上から覗き込むように身をかがめた。

リスも突然陰ったことに気付き見上げてアニマに気付いた。

小さなリスは鼻をひくつかせながらアニマに近づいた。


「かわいいですね。」

彼女はそんな呑気なことを言いながらリスに向けて手を差し出した。


星光の下、白い花畑の中で銀髪の少女がリスに手を差し出す。

絵になりそうな光景が目の前に映っている。


すると悪魔の方が小さな鳴き声がした。

それを聞いたのか小さなリスは踵を返して悪魔の方に戻っていった。

親リスが子供を呼び戻したのだろう。


「あら、戻ってしまうのですか?」

彼女は残念そうに呟いた。


「アニマ。鉄馬に戻ろうぜ。」

自分がアニマに近づいた時に手を滑らせてしまい精霊灯を落としてしまった。


精霊灯は地面に当たって派手な音を鳴らして砕けてしまった。

そして割れた瞬間激しく光を放って消えてしまった。

辺りは暗闇に包まれてしまった。


「しまっ・・・!アニマ!」

彼女の方に向かって叫んだ。


その時悪魔の方から鋭い殺気のようなものが飛び込んで来た。

今まで出会った悪魔が向ける殺気とは違う、確実自分たちを仕留める気でいるようだ。

全ての感覚が悪魔に持っていかれて、殺されるような気がした。

今までこちらに興味のなかった悪魔がこっちを向いている。

赤い目が自分とアニマを捉えていた。


「ひっ・・・。」

彼女も悪魔の殺気に当てられたようでその場でへたり込んでしまった。


悪魔はこちらを見つめたまま立ち上がった。

自分は咄嗟にアニマの前に立って霧狼を構えた。


「アニマ、夜梟を抜くんだ!」

「あ、あ・・・。」

彼女は腰を抜かしたようで何かをしようとする思考すらアニマにはなかった。


残る弾丸は三発。

だがこれをあの悪魔に当てたとしても意味はないだろう。

二発目は使う前に恐らくは・・・。

そんな半ば絶望的な状況を理解しつつもアニマの前に立って霧狼を構えた。


引き金に力が入る。

視界は悪魔にだけ集中する、いや引き込まれている。

引き金は最初に撃った時よりも重く感じる。


暗闇の中赤い目だけが輝いている。

あと少しで引き金は引き切り、弾が発射される。


しかし弾が発射されることなくすんでの所で引き金を引くのを止めた。

悪魔は何を思ったのか踵を返して自分たちとは反対の方向に進んでいった。

そしてリスたちを乗せて森の中に消えていった。


「アニマ。大丈夫か?」

あの悪魔が完全に視界に消えたことを確認すると後ろに振り返って、アニマに手を差し出した。


「え、ええ。」

アニマは自分の手を取り、何とか立ち上がった。


「とりあえず急いで鉄馬に戻ろう。」


自分たちの鉄馬まで戻り、アニマに灯りを点けてもらった。


「なんとか助かった・・・。」

鉄馬に備え付けられた精霊灯の灯りを見て、一安心した。

平和な花見になるはずだったがとんだ災難に見舞われた。


「アニマ、ごめん・・・。」

「大丈夫ですよ。ネモ。二人とも無事だったので良かったのではありませんか。」


「でも・・・。」

彼女は悪魔が消えた森の方を見つめた。

森はあの巨大な悪魔を飲み込みでいて、真っ黒く塗りつぶしたかような暗黒が広がっている。


「まぁ、いいか。そろそろ出発しよう。」

再び鉄馬に乗り込み、街道に合流した。


街道に戻った時、最後に花畑の方に目をやった。

白い花畑は相変わらず星の光に照らされ、静謐に光輝いていた。

そして街道に視線を戻し、花畑に別れを告げた。


第二十二幕 花畑の出会い 完














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