第二十三幕 白亜の町で

花畑からしばらく鉄馬を走らせていた。

すると目の前に精霊灯の灯りが地平線の境目にずらりと並んでいることに気付いた。

そして近づいていくごとに横並びの灯りが壁だということが分かってきた。

町の壁は高く、壁は目の前を覆い、視界を完全に遮断した。


聳え立つ白亜の壁は何もかも覆い隠している。

町は村よりも栄えていて、人が多いと聞いたが今見渡している限りではそれも疑わしいと思ってしまう。


町に近づくと人影のようなものが見えた。

人間は二人いて同じ青い立派に仕立てられた服を着ていた。

服には皺がなく、人を寄せ付けないようなそんな雰囲気を感じさせる。

その二人の肩にはそれぞれ鏡映しのように同じ長銃を掛けていた。

それは自分の霧狼と近しいものだった。

そしてベルトにあるホルスターには小さい銃も入っている。

恐らく先生の話に聞いた教会の監視者だろう。


二人は自分たちに気付いて一瞬だけこちらを見たがすぐに視線を元に戻した。

そんな二人を通り過ぎると耳に入ったのは人の声と何やらよく分からない音だった。

町に近づいていくごとにその騒がしさが増していく。


壁の近くまでたどり着くと目の前にあるのは巨大な門だった。

巨大な空洞のような門がぽっかりと空いていた。

それを潜り抜けるとそこに広がっているのは無数に建っている家と溢れんばかりの人だった。

霧の村とは較べようがないほどの無数の人と建物の数に圧倒される。

町の向こう側を見ると壁があり、この町を囲っているように覆っていた。


自分も口が開いたら塞がらないだろうと思うほどの過多な情報量に圧倒される。


町は灯りで埋め尽くされ、どこも明るい。

家は所狭しと並んでおり、窮屈な印象を感じるほどこの広大な壁の中には人が溢れていた。


「すごいな。」

そんな言葉しか出ないほど町の凄さに圧倒された。


通りは人で埋め尽くされており、少しずつ進むのがやっとなほどだ。

鉄馬を押してしばらくアニマと並んで歩いていた。

「教会はどこかな?」

「どこでしょうか。」


すると他の並んでいる家とは異なり、ひと際大きい建物があった。

壁と一緒で石でできており、厳めしく感じる。

中から町の門にいた青い制服を着た人間が数人ぞろぞろと出てきた。

その中の一人に声を掛けてみることにした。


「なぁ、あんたここ教会か?」

「ああ。」

「お願いしたいことがあるんだけど。」

「悪いな。弾の賃下げは出来ねぇんだわ。」

「ちげえよ。」

「そうなのか。なら中の受付のやつに言ってくんねぇかな。今俺ら急いでんだわ。」

監視者の一人が投げやりに言うと人混みの中に消えてしまった。


「ちょっと、おい、待てよ!なんだよ。態度悪いな。」

少しだけカチンときて、小さく舌打ちをした。


「ネモ。行きましょう。」

彼女が自分の外套の裾を少しだけ引っ張った。


「分かったよ・・・。なぁアニマ。」

「はい・・・。」

アニマの顔を見つめた。


「悪かったな。付き合ってくれて。」

「いえ、短い間でしたが楽しかったです。」

「次は月都で会えるといいな。」

「いいなじゃなくて絶対会いましょう。それに・・・。」


「ネモ、あなたは離れても私の大切な友達ですよ。」

彼女は静かに微笑んだ。


「ああ、俺もアニマを友達だと思っているよ。」

「ええ、だから約束です。絶対月都で会いましょう。」

二人で些細な約束を済ませると教会の扉をくぐった。


中はそこそこ広く、監視者以外の姿もちらほら見かけた。

自分たちはその中で空いている場所を見つけた。


そこには監視者が一人、黙々と何か書き込んでいるようだった。

その監視者に話掛けることにした。


「なぁあんた。」

「ああ、はい。いかがなさいましたか?」

机に座っていた監視者が筆を書いている手を止めて、顔を上げた。

先ほどの入口で話した少しだけ口調が軽い監視者とは対照的に折り目正しく誠実そうな印象を受けた。

制服のせいかその生真面目さにさらに磨きをかけている。


彼は自分の顔を見ると少しだけ驚いた様子だった。

部屋の中は灯りが辺りで付いており自分の顔がはっきりと見えたのだ。

「あなた顔は義体なのですか?」

「ああ、そうだけど。」

「狩りか何かでそうなったのですか。見たところ渡り狼をしてらっしゃる人だと見受けられますが。」

「まぁ、そんなもんだよ。ところでお願いしたいことがあるんだけど。」


その人間にことの顛末を話した。

アニマが月都から何故か霧の村の自分の家の近くに倒れていたこと。

そしてそれまでの記憶がなかったこと。


それを聞いて監視者はまた少しだけ驚いた様子だった。

しかし、その驚きは少しだけ嘘のように感じた。


「月都に住んでいらしたのに霧の村で倒れていらしたなんて大変だったでしょう。」

「そうなんだよ。だからこの子を教会で月都まで送ってくれねぇかな。」

「お名前は何て言うのですか?」

「アニマ・フォン・アインホルンです。」

彼女が答えた。


「分かりました。でしたらこの町に来た人間の情報を調べて参りますのでしばらくお待ち下さい。」

彼はアニマの名前を聞くと真剣な眼差しになって、自分たちに待つように伝えると部屋の奥に消えていった。


しばらく待っていると監視者が戻ってきた。

「お待たせしました。」

「引き取ってくれるのか?」


彼は少しだけ沈黙してなぜか少し威圧的な態度で答えた。

「いいえ。」


三者の間には重い沈黙が圧し掛かった。


第二十三幕 白亜の町で 完








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