第二十幕 星の輝き、精霊の輝き
ヨーゼフとヘッツェナウアーと別れて、三人の渡り狼に案内されて、宿屋にたどり着いた。
部屋の中に入るとそこは自分の部屋と比べて少しだけ狭く感じた。
部屋には二つの寝台と机がと椅子が一つだけ置いてあった。
それが部屋を窮屈にしていた。
中は灯りがついておらず部屋は窓すらないので今の所は通路の灯りだけが照らしていた。
扉を閉めると完全な暗闇だった。
「アニマちゃん。今日はありがとね。楽しかったぜ。また明日。」
「ええ、私も楽しかったです。また明日。」
三人と別れを告げると別の部屋に消えていった。
「暗いですね。」
アニマが自分の精霊を出して、灯りを点けた。
部屋はぼんやりと照らされた。
あまり質のいい精霊灯ではないらしく。
灯りとしてはあまり頼りなかったがどうせすぐに眠るので寧ろ都合が良かった。
もう意識もふわふわしていた。
そろそろ眠る時間だと体が動きを止めようとしていた。
自分の意識を手放す前に荷物を整理して明日の準備を整えた。
そして準備を終えるとベッドに身を投げた。
後は意識を次第に薄めるに任せるだけだった。
本当に色々あった。
大変だったことや楽しかったこと、新しく知れたこともあった。
だが最後のことがもやのように自分の穏やかな眠りを妨げた。
「それにしてもドッペルマイスターの書いた端書はすごいですね。まるで自分がそんなことをしていたような気がします。」
彼女は作業場でドッペルマイスターが書いた手紙帳の頁を見ながら感心したような声を上げていた。
「記憶を失くすのってどんななんだ?」
「ネモが一番知っているのではありませんか?」
「ん~。真っ暗じゃないけどもやみたいなのが頭の中にある感じ?」
「そのような感じです。」
ズボンのポケットから先生の書いた紙を取り出して見た。
表には自分に宛てた手紙と裏には月都の簡単な地図と自分の記憶の手がかりがある場所が書かれていた。
だがそれを見ても自分にとっては懐かしい記憶も何一つ思い起こすことがなかった。
自分はすぐにポケットに戻した。
自分とは対照的に彼女は食い入るように手紙帳を眺めていた。
「そんなにすごいもんなのかよ?」
「ええ、記憶には無いんですけどこれを見てみるとそんなこともあったような気がするんですよ。」
「そうなのか?」
「そうです。確かにこの手紙帳に書かれたものは自分の記憶だなと分かるのですよ。」
「そっか。」
視線を天井に移してそこからぼんやりとしていた。
後は眠るまで天井のシミでも数えることにした。
しばらく天井を眺めながらいるとアニマが話しかけてきた。
「ネモ。何かあったのですか?ヨーゼフさんと別れてからずっと落ち込んでいるみたいですけど。」
「いや何もないよ。」
「何もないことはありません。ちゃんと言ってみてください。私たち友達じゃないですか。友達が悩んでいるのに放っておけることなんてできません。」
彼女は自分のベッドに座った。
彼女が自分のベッドに座ってしばらく時間がたった。
彼女はベッドに座って動かなかった。
体は動かないのに頭は冴えていた。
互いに自分たちを見ておらず、彼女は彼女のベッドの方を見ているはずだし、自分は天井を見つめていた。
自分の悩みを打ち明けられずにいた。
彼女は自分が何があったのか聞くまで自分のベッドから離れるつもりはないようだ。
沈黙に耐え切れず、口を開いた。
できるだけ自分の悩みを打ち明けず、それ解消するための質問をすることにした。
「なぁアニマ。」
「ようやく言う気になりましたか?」
「いや、もしさ落ち込んだり、何か悩んだりした時にさ。アニマはどうするんだ。」
「私ですか?」
彼女はどうするか悩んでいるらしく体を微かに揺らしているのが見えた。
どうやら話題を逸らすことに成功したようだ。
「そうですね悩んだ時はお菓子を食べたり、美味しいご飯を食べたりしますね。」
「俺はご飯食べられないから無理そうだな。」
「ネモは逆に落ち込んだらどうしてたんですか?」
「先生に話してたかな。」
「先生とはヴィルヘルムさんですか?」
「いやそれは親父だよ。ヴァイスマン先生だよ。一緒に葬式したじゃないか。」
「そ、そうでしたね。すいません・・・。」
「まさか記憶を使ったのか?」
「すいません・・・。」
彼女は申し訳なさそうに謝った。
それで彼女は本当に精霊銃に記憶を使ったのだと実感した。
「いや大丈夫・・・。とにかく俺は先生によく相談したよ。」
「何を相談していたのですか?」
「親父のことかな。悩みは大体親父絡みだよ。手伝いで失敗したり、勝手に鉄馬に乗ったり、森に入ろうとしたり・・・。それでしょっちゅう怒られたよ。そんな時はいっつも先生に親父の愚痴を言ったっけなぁ。」
だがこれはもう自分の解決法にはならない。
先生はもういないのだから。
「他には何か無いのかよ?」
「なら空を見上げて星を見るのはどうでしょうか。綺麗ですよ。」
「星空なんてドゥンケルナハトじゃいつも見れるじゃないか。目覚めの刻から眠りの刻までずっと空なんて変わらないじゃないか?」
天井に視線を戻した。
木の天井の木目はずっと変わらず自分を見つめていた。
ドゥンケルナハトの空はいつも暗くて照らしているのは星空だけだ。
たまに雲に隠れて、雨が降ったり、霧が出て真っ暗になることもあるがそれだけだ。
寝ても覚めても空は暗闇。そこから変わることは昨日も今日もそして明日もない。
「いいえ違いますよ。今日見える星の場所と星の光の色は明日には違うんです。だから見上げた空はいつも違うから綺麗で飽きないんですよ。」
「見てどうするんだよ?」
「見てるだけだけです。見てるだけいいんですよ。今からでも外に出て見に行きますか?」
「いや体は動かないからいいや。」
「そうですか困りましたね・・・。あ、そうだ。」
彼女は何かを思いついたらしく彼女の体から精霊が出てきた。
彼女の精霊は自分の視界の中に入ってきた。
今まで無機質な天井の景色が黄色く仄かに照らしながら自分に近づいていった。
そしてアニマの精霊は自分の鼻先に止まった。
「自分の精霊を出して、どうしたんだよ?」
「ふふ・・・。」
彼女は自分の方を見て微笑を浮かべていた。
すると目の前の精霊が一瞬だけ光を増した。
すると自分に変化が訪れた。
「ん?!」
口の方を抑えた。
口の中に何か変な感覚が突然現れて吃驚した。
感じたことのないような感覚だった。
口の中に変な感覚が大量に混じって、押し寄せてきた。
その感覚に吃驚してベッドから飛び上がった。
「何したんだよ?!」
「私の食事の記憶を流したんです。どうですか?」
「どうって言われても・・・。よく分かんないな。ところで記憶を流すってどういうこと?」
「私の精霊は人に自分の記憶を流すことが出来るんです。だから今日の食事の記憶を流せばネモの悩みも消えるかなと思ったのですが。」
「記憶を流すなんて聞いたことないな。アニマは不思議だな。」
「そうですか?ところでネモ。食べ物の味はどうですか?」
「あまり分からないけど悪くはないかも。」
「そうですか。喜んでもらえて良かったです。」
最初は口の中で起こった感覚に戸惑ったが悪くは無かったと感じた。
今まで悩んだことは解決しなかったがもやのようなものは少しだけ晴れた気がした。
その後は急に心地いい眠気が訪れた。
「ありがとう・・・。アニ・・・。」
そのまま穏やかな微睡に身を任せて意識を手放した。
第二十幕 星の輝き、精霊の輝き 完
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