第十九幕 変わらない物
「あら。ネモ。それにヨーゼフさんもヘッツェナウアーさんも一緒にいらしたんですか?」
「ああ。」
アニマがきょとんとした目で見つめていた。
一連の出来事には気づいていそうになかった。
「そうだこれ。」
腰巻に付いているホルスターから夜梟を取り出してアニマに手渡した。
「森で借りた時から返すのすっかり忘れてたよ。ごめん。」
「いいのですよ。ネモ。」
彼女は夜梟を受け取ると鞄にしまった。
他の三人の渡り狼はヨーゼフとヘッツェナウアーに近寄った。
「またヨーゼフに折檻されたのか?」
「そうだ。」
「懲りないな。」
「猟兵の目を使ったのか?」
「それなら一週間寝たきりだな。」
「いやネモの精霊銃を借りた。一時間もしない内に目覚めるだろう。このまま宿まで運ぼう。今日はお開きだ。」
時刻は恐らく眠りの刻が近いのだろう。
だんだん自分も眠くなってきたのでこのままみんなについていくことにした。
「あら、あなたネモ・ホフマン?」
自分の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
後ろを振り返るとさっきの二人の女性の気が強そうな一人が驚いたような顔を向けていた。
自分の顔を見られたと思い咄嗟に顔を隠した。
「やっぱりヴィルヘルムさんの所のネモ・ホフマンだわ。お久しぶり。」
自分の父を呼ぶ目の前の女性に本当に身に覚えがなかった。
ただ目の前の女性恐らく自分と年齢が近いように感じた。
自分はある予感がした。
それは自分が村を訪れた時にいじめた人間の中にいたという可能性だ。
そうなると怒りの気持ち湧いてきたがそれに勝るように恐怖のような感情が沸き上がった。
「お、俺はあんたの事のし、知らないよ。」
なんとか平静を保とうとするが声は自分の動揺を如実に表現していた。
「まぁ、そうよね。あんたが村に来たのも一回だけだったものね。」
目の前の女性は特に自分に対して気にしていないようだった。
「それにしてもあんた変わらないわね。見た時と姿が一緒だわ。あんた全身が義体なんでしょ。義体の背が伸びる訳もないわよね。」
女性は口に手を当てて笑った。
もう一人の女性に目をやるとあの目をしていた。
自分を気味悪がるような目だ。
自分を受け入れないそんな目をしていた。
そしてもう一人の子は自分に話しかけている女性の服を後ろから摘まんで「おねぇちゃん。もう帰ろうよ。」と小声で言っていた。
目の前の女性は特段気にした様子もなく自分に話しかけていた。
「ヴィルヘルムさんは元気してる?ていうか二日前に会っているから元気よね。」
「あ、ああ。」
「それよりあなたその恰好、渡り狼になったの?意外ね。」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に自分はただ頭を上下に振る事しかできなかった。
「それにしても変わってないわね。あなたそのいじいじして弱虫っぽい感じ。」
その一言は自分の奥深くを揺るがした。
「え?」
「あんたいじいじしているからみんなに虐められてドッペルマイスターの作業場に入れられたのよ。やり返えしもせず開けて開けてって言うだけで最終的にヴィルヘルムさんが来て、胸に飛び込んで泣きついてたじゃない。」
「・・・。」
「あんた渡り狼自体向いてないと思うわよ。他のみんなのようにそうねなんて言ったらいいのかしさビクつかないみたいな感じ。最低でも今のあんたが持っていないもんだわ。何の理由で家を出たか分からないけどすぐにヴィルヘルムさんの家に帰ってお仕事を手伝った方がいいわ。」
「俺は・・・。」
何とか否定しようと言葉を探すが見つからない。
最もな言葉が見つからないのだ。
「何よ。はっきり言いなさいよ。言えないってことはあんたに家を飛び出るちゃんとした理由なんてなくてちょっとしたことで家から出ていきたくなっただけでしょ。子供じゃない。そんなの我儘って言うのよ。あなたを見たのは六年前ね。その時は十歳よね?年相応のことをしているけど渡り狼になるなんて親不孝者よ。」
彼女は淡々と言った。
家を出る理由はある。
それはアニマを届けることだ。
そして先生の手紙帳の頁を頼りに自分の月都の記憶を取り戻すことだ。
だがそれを彼女の言葉に反論するのに相応しい言葉だろうか。
根本的な理由は彼女に先に言われてしまった。
自分にとって重大で神聖な理由を彼女は年特有のくだらない我儘だとあっさり断じた。
なんとか言葉を探すが彼女の考えを撥ねつけるような答えが見当たらない。
「俺は・・・!」
「ネモ。」
なんとか言葉をかき集めて口に出そうとしたがヨーゼフの声に中断された。
「もう日も変りそうだ。宿に行こう。いやぁすまないね。ヘッツェナウアーは宿まできちんと移送するよ。」
「いや私の家に送って頂戴。この人私のこと忘れてたのよ。もっと私のこと刻み込んでやるわ。」
「了解した。お手柔らかにしてやってくれ。」
ヨーゼフは他の三人の渡り狼の方を向いた。
「すまないみんな。そういう訳で私は失礼するよ。ネモとアニマを宿まで案内してくれ。」
他の渡り狼に促されて、その場を後にした。
心に抜けない棘のようなものをそこに残しながら。
第十九幕 変わらない物 完
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