第十八幕 銃と精霊銃
自分とヨーゼフは酒場に向かって歩いているとヨーゼフが口を開いた。
「ネモ。昼に行った狩りで銃を使ったな。銃弾は貴重だ。アニマと旅をするなら銃は適切な時に使うべきだ。」
ヨーゼフが言っていたのは最初の狩りに行ったときに自分が坂から落ちて悪魔に追い付かれそうになった時のことだった。
悪魔は坂の上から自分とアニマを捉えると真っすぐ追いかけてきた。
その時に咄嗟に肩に掛けた霧狼を使った。
結果は悪魔に当たることなく明後日の方向の消えてしまったが。
「悪かったよ。でもしょうがないだろ。精霊が使えない俺が使えたのは自分の肩にあった霧狼だけだったんだから。」
自分はそっぽを向いた。
あの時自分の取った行動は悪魔にとって無意味かもしれなかったが自分が選べた選択肢の中で最善の行動だと思っていた。
「そうだな。君にできた選択はあれだけだったのは確かに正しい。だがもしこれからアニマと旅をすることになったら自分の役割について考えなくてはならない。」
「何が言いたいんだよ?」
「自分のできることを見極めろということだ。」
「なっ・・・。」
ヨーゼフは自分に冷酷に断ずるように言った。
「何だよそれ。俺は何もできねぇって言いたいのかよ!」
「そうだ。」
ヨーゼフの言葉に少しだけ語気を荒げてしまった。
なぜならヨーゼフの言葉は父から嫌ほど聞かされた言葉だったからだ。
そんなヨーゼフの言葉を聞いて、反射的にヨーゼフを睨みつけていた。
「よく聞くんだネモ。人にはできることとできないことがある。君にもそれがあるように私にもできることに限界がある。君は空が飛べるのか?君は永遠に生きられるのか?悪魔を素手で倒せるのか?答えは全て否だ。それは私にも言えることだ。私たちは一度村や町を抜けて、精霊灯の守りから離れた場所に出るともうそこは人が定めた法が支配できる世界ではない。そこを支配するのは冷厳な自然の法だ。狼が兔を狩り、悪魔が人を狩り、そして私たちが悪魔を狩る。そのような生と死の逡巡の中で生きている。それを決して忘れてはならない。だから私たちはその厳しい世界で生きるために常に正しい選択を選び続けなければならない。それにはまず自分を知ることが肝要だ。自分の限界を知り、そして自分にできることを知って、死を回避する術を身に付けるんだ。」
ヨーゼフの灰色の目と自分の瞳が交錯した。
常に穏やかだったヨーゼフの瞳はそこに冷たさのようなものを孕んでいた。
「じゃあ俺は銃で何するんだよ?動物でも撃って、皮でも剥いで売り捌けばいいのかよ?」
「確かにその選択肢もあるが渡り狼は銃を持つのはな自分の身を守ることだ。」
「何から?動物からか?」
「そうだ。そして他の渡り狼からだ。」
ヨーゼフの言葉に困惑してしまった。
自分が聞いた鉄馬で村や町を巡って、そして一度渡り狼が集まると協力して悪魔を狩る、そこにある種の英雄像のような憧れを持っていた。
それはヨーゼフ達に出会って、一緒に狩りをしたことでそれが現実のものになったのだ。
しかし彼の言葉はそれを根底からひっくり返す言葉だった。
「なんで?あんたら仲良かったじゃないか?なんで他の渡り狼から自分の身を守るために銃が必要なんだよ?そもそも銃で何するんだよ?もしかして撃つのか?」
「そうだ。」
ヨーゼフは肩に掛けてある銃を手に取った。
「誰もがみんなヘッツェナウアーや他の連中のような人間だけではない。中には他の渡り狼に危害を加える者も存在する。村や町にも犯罪が起きることと同様に。」
「犯罪だったら教会の監視者が黙っていないだろう。」
「それは村や町での話だ。そこから出たら教会は手を出さない。いや出すことができないんだ。森での犯罪は概ね黙認されている。例え売りに出された精霊結晶を手に入れる過程で人が一人二人死のうとも殺されようとも村や町が享受する結果は変わらないからな。私たちは一歩暗闇の世界に踏み出すと動物も悪魔も人もそこに区別はない。互いに生きるために殺しあう獣として扱われる。」
「・・・。」
「だからアニマと今後とも旅を続けるなら彼女を守る必要がある。もし他の悪意ある人間が君たちに牙を向ける時がくれば決して引き金を引くことを躊躇ってはいけない。その時銃を持っているのは君だ。君が君たち自身を守りたいならその瞬間正しい選択を取らなければならない。」
瞳は真っすぐと自分の中を貫いていくほどの強さを秘めていた。
そして彼は腰巻から銃弾をいくつか取り出した。
「それに銃弾も無限にある訳ではないし、安易に使える訳じゃないんだ。」
「銃弾は高いからな。」
「そうだ職人の工房で作られた銃弾は一つ残らず教会に独占されている。そして教会はそれを渡り狼や住人に対して高価な値段で売りつける。」
「そうなのか?」
「そうだ例えば今君が持っている精霊結晶を売ったとしよう。そしてそれで手に入れたお金で手に入るのはせいぜい5発だ。今回の狩りは成果は中々良いものだった。だが普段の狩りはそうもいかない。手に入る精霊結晶は一番等級が低い白色がほとんどだ。それは一人で悪魔を倒した時に手に入る精霊結晶で一発買えるか買えないかくらいだ。だから普段は銃弾を買うこともままならないだろう。」
銃の話は分かった。
自分はアニマや自分を守るためにいつか銃を抜く時が来るかもしれない。
だがその時が来て、本当に抜けるだろうか?
悪魔は明らかに自分たちの敵で咄嗟に銃を抜くことができたが自分たちに敵意がある渡り狼がいたとしてそれは人間だ。
銃を抜くこととは即ち必要になれば人を殺す必要があるということだ。
そんなことができるだろうかと少しだけたじろいでしまった。
「あんたは銃で人を殺したことがあるのか。」
「ある。」
ヨーゼフは躊躇いもなく答えた。
「人を殺すのはどんな気分なんだ?」
「あまりいいものではないな。狩るのは悪魔や動物だけに留めておきたいたいところだな。」
「そう・・・だよな。」
しばらく歩いていると酒場が見えてきた。
一つ疑問が浮かんだ。
それは精霊銃のことだった。
「なぁヨーゼフさん。」
「今度は何かね?」
「精霊銃で人を撃つとどうなるんだ?」
「精霊銃か?」
「そう、悪魔のあんなでかいからだを貫くぐらいだし、銃よりも危険じゃないかなと思ってさ。」
「いやそれが実は逆なんだ。」
彼の言葉に目を丸くした。
「どういうことなんだ。」
「精霊銃は人に無害・・・という訳ではないが人を傷つけないんだ。」
「傷つけないのに無害じゃないってどういうことだとだよ。」
「それは・・・ん?」
ヨーゼフは何かを見つけたようで足を止めた。
ヨーゼフに見ている先を見てみるとそこには三人の人影があった。
三人は互いに距離が近く、目を凝らすと真ん中の人影が両隣の人影の肩を抱いていたのだ。
「ねぇ~いいでしょ~。」
「やめて下さい。」
「気安く触んじゃないわよ。」
一人は男の声で二人は女の声だった。
男の声はどこかいやらしく、女性の声は嫌がっていたり、怒っていたりしていた。
その男の声は聞き慣れた声だった。
灯りに照らされて三人の姿が照らし出された。
二人の女性はどうやら若い村の女性だった。
そして真ん中にいる男はヘッツェナウアーだった。
「なにしてんだよあいつ・・・。」
ヘッツェナウアーは村の女性に絡んでいたのだ。
まだ酔いが抜けていないらしく顔は赤かった。
「ねぇ~ねぇ~お姉さんたち。一緒に呑まないか~。」
「いいえ・・・結構ですので、あの・・・離してくれませんか?」
「あなた私の妹が嫌がっているじゃない!それにあなた私のこと忘れてない?!」
ヘッツェナウアーの精霊が三人の周りを飛んでいた。
青紫の光は彼女達の周りを八の字を描くように飛んでいる。
飛んでいるというよりは纏わりついていると言った方が正しいだろう。
蝶というよりかはあれは蠅と呼んでも差し支えないだろう。
今までヘッツェナウアーを嫌そうな顔を向いていた女性が前で止まっている自分たちに気が付いた。
「ヨーゼフさん!この馬鹿どうにして頂戴!」
ヨーゼフを見ると彼は片手で頭を押さえていた。
すると彼は何かを思いついたように三人組に視線を向けた。
ヨーゼフはいたずらを思いついたような顔をしていた。
「ネモ。君の持ってる精霊銃を貸してくれないか?」
「え?持ってるのはアニマだぜ。あ。」
自分の鞄の中を探ると夜梟が入っていた。
狩りの時に借りたまま返してなかったのだ。
それをヨーゼフに手渡した。
ヨーゼフは自分から貰った夜梟を軽く眺めた。
「使い込まれた精霊銃だ。これをどこに手に入れたんだ?」
「親父がアニマにあげたんだよ。親父は元々月都の協会所属の監視者だったからな。その時使ってたやつだと思う。」
「いい精霊銃だ。鞄に閉まっておくのはもったいないな。精霊結晶をお金に換えたらアニマに精霊銃を入れる腰巻を買ってやるといい。」
「渡したけどどうするんだよ?」
「話が脱線したようだ。済まない。」
「そこのお嬢さん達。少しの間ヘッツェナウアーを動かないようにしてくれないか。」
ヨーゼフが二人の女性に向かって叫んだ。
女性の一人が何かを勘づいたようでヘッツェナウアーの腕を抱きしめるように抑えた。
もう一人の女性は何が何だか分からないようだったがもう一人の女性と同じように抑えた。
「やっぱり~ようやく俺と飲む気になったの~。さぁ酒場に行こう~。ありゃ?」
ヘッツェナウアーは抑えられていることに気付いた。
「なんら~そんなに俺と離れたくないんだな~。よしよし~。」
ヘッツェナウアーは自分の置かれている状態に気付かず呑気に女性の頭を撫でながら交互に見ていた。
するとヨーゼフはヘッツェナウアーに向けて精霊銃を構えた。
精霊銃に飾られた精霊結晶が橙色に淡く光始めた。
「おいどうするつもりだよ?」
「精霊銃で人に撃つとどうなるか今教えよう。それを教えるのに丁度いいのもいるからな。」
精霊銃は光を充填しきったようで光は最初より少しだけ炎のような激しさを感じさせた。
「ヘッツェナウアー」
「ふえ?」
ヘッツェナウアーがヨーゼフの声に気付いて顔を上げた。
「少しはしゃぎ過ぎだ。」
閃光が銃口から解き放たれ、ヘッツェナウアーに向かって真っすぐ進んだ。
「ふがっ!」
光はヘッツェナウアーの頭に綺麗に吸い込まれ、大きく首を仰け反らせ、そして立ったまま項垂れてしまった。
そこから顔を上げることはなかった。
「おいおい大丈夫かよ?!」
自分は走ってヘッツェナウアーの元に駆け寄った。
近寄ってみるとヘッツェナウアーを見てみると気を失っていた。
彼女の近くに纏わりついていたヘッツェナウアーの精霊も消滅していた。
「人は精霊銃で撃たれるとしばらく気を失う。その時に外に出ている精霊も体の中に引き戻されるんだ。」
ヨーゼフがヘッツェナウアーに近づいて彼女たちからヘッツェナウアーを貰い、おぶった。
そして精霊銃を自分に返した。
「いやあ、いつもすまないね。」
「別にいいわ。お酒を飲まなきゃいい男なんだけどね。」
「また絡まれたら私を呼ぶといい次は自分の猟犬の目を使おう。」
「またお世話になるわ。ありがとヨーゼフさん。」
事が終わると騒ぎを聞いた人がぞろぞろ遅れて現れた。
酒場からはその人の中に他の三人とアニマが出てきた。
「今日はお開きだな。」
気が付くと時刻は眠りの刻は近い。
ヨーゼフの声で一連の出来事は終わりを迎えた。
第十八幕 銃と精霊銃 完
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