第十一幕 渡り狼 ヨーゼフ・ヴァッカー
「どうしよう・・・。」
途方に暮れていた。
燃料を買わなければ次の町まで燃料が持たないからだ。
その燃料を買うために必要な精霊結晶が手元にない。
「アニマさっきの二人組を探しに行こう。」
「ええ、分かりました。」
村の中を探してみるがあの二人の男が見つかることはなかった。
そして村の別の出口を見つけた時に村から遠ざかっていく二つの鉄馬を見つけた。
見てみるとあの二人組だった。
そしてその一人の手には父から貰った精霊結晶を持っていたのだ。
「待て!」と言おうとしたが自分の声が届かない場所まで行ってしまった。
すぐ二人を追うために自分たちの鉄馬が置いてある場所に戻ってきた。
そして鉄馬に跨った。
「待ってください。ネモ。」
とアニマに止められた。
「どうしたんだよ?アニマ。あの二人を追わないと。」
声は焦燥に満ちていた。
あの精霊結晶が無ければ自分たちは次の町へ移動することができない。
「あの二人の方向は私たちが向かう町とは別の方向です。追いに行ったら帰れなくなるかもしれません。」
と止められてしまった。
自分は諦めて、鉄馬を停止させて、降りた。
「アニマ。本当にごめん。自分がもっとしっかりしていたら・・・。」
アニマに向かって頭を下げた。
「いいのですよ。ネモは悪くありませんから。」
と自分を宥めた。
「でも本当にどうしよう・・・。」
自分の精霊結晶の居場所は分かったが分かったところでどうなるという訳でもなかった。
ふと自分の肩に掛けてある銃が目に入った。
これを売ればもしかしたら次の町への燃料台を手に入れられるのではないかと思った。
「さっきの換金所に行こう。」
「え?なぜですか。」
「霧狼を売りに行く。」
「駄目ですよ!ヴィルヘルムさんから貰った銃なのに。」
「大丈夫だよ。それより君を月都まで届けられないことに比べたら・・・。親父も許してくれるよ。」
「他に方法があるはずです。」
と彼女に霧狼を売るのを止められてしまった。
「他に方法なんて何があるんだよ。」
「それは・・・。」
彼女は目を右往左往して考えたがどうやらこの問題の打開策を出せそうになかった。
やはり父から譲り受けた霧狼を売りに行く。
先生から弾丸も費用が高いと聞いたことがあるのでそれも含めて売りに行ったらなんとか町への燃料台を捻出しようかと考えた。
「それか狩りに出かけるとかはどうかね。」
と自分たちの後ろから声が聞こえた。
後ろを振り返ると男が立っていた。
年は自分の父と同じかもう少しくらい、背丈は高いが痩身。
髪は灰色で目の色も同じ灰色だった。
自分と同じような白いシャツを着ていて、上には黒のチョッキを着て、その上に黒の外套を羽織っていた。
肩には二丁の長い銃を提げていた。
「あんた誰なんだよ。」
「私か。ヨーゼフ。ヨーゼフ・ヴァッカーだ。渡り狼をしている。」
ヨーゼフは微笑んで自分の名前を紹介した。
「君たちは渡り狼だろう。これから狩りをやるから一緒にどうかと思ってね。」
「狩りって動物でも狩りに行くのか。」
「いや悪魔を狩りに行く。」
村や町を放浪する渡り狼たちの役目は精霊灯に守られた村や街道から離れて悪魔を狩猟して悪魔の体から精霊結晶を取り出して売りに行くことにある。
彼はその悪魔狩りの提案をしてきたのだ。
だが自分は悪魔なんか狩ったことはまだない。
「いいのか?俺は悪魔狩りを一度もしたことがないけど。」
「ああ、構わないとも。狩りのやり方は私が教えよう。」
「もしかして鉄馬に乗って狩りに行くのか?」
「もちろんそうだが。」
「俺の鉄馬は燃料が少ないんだよ。だから行けないよ。」
「ふむ、見せてくれ。」
ヨーゼフに燃料が入っている場所の蓋を開けて中身を見せた。
ヨーゼフは中身を覗き込んで、燃料を確認した。
「このくらいの量だったら行きも帰りも大丈夫だろう。なにせ村からそう遠く離れていない森に行くから問題ない。どうするかね?」
「あんた本当に渡り狼かよ。」
「そうだが。」
さっきの声でこの男の話を「はいそうですか」と信じることができない。
このまま狩りに行こうか思案した。
「言っておくが換金所で銃と弾丸を売る事は禁じられている。持って行っても追い返されるだけだ。私は善意で君を狩りに誘ったのだがどうする?信じるも信じないも君の自由だ。もう坊やじゃないだろう。自分の判断で決めたまえ。」
ヨーゼフの態度は特にさっきの悪人のような雰囲気を感じさせなかった。
それにしても彼の話は本当だろうか。
「なら試しに換金所に行くことにする。それであんたの話が本当かどうか確かめる。」
「いいとも。私も同行しよう。なんなら換金所の場所まで案内しようか?」
「結構だ。場所は分かる。」
「そうか。それなら行くとしよう。」
しばらく三人で歩いているとようやく目当ての換金所に戻ってきた。
また受付のようなところには太ったおじさんが不貞腐れた顔で座っていた。
また自分の分が回って、銃と弾丸を出した。
おじさんは銃を見るが特に何もしなかった。
肩肘を机について頬を手で押さえていた。
そこからただ自分の顔を見ているだけ何も言わないし、動かない。
「なぁ、おじさん。俺銃売りたいんだけど?」
「・・・。」
自分を見る目が段々不機嫌になっていくが微動だにしなかった。
「なぁおじさん。聞いてんだろ。どうにか言ってくれよ。」
「俺が黙っているのは帰れっていうのが分かんねぇのか?兄ちゃん、さっき来た時言ったが売るものがないなら帰れ。あほたれめ。」
「どうやら私の言ったことは信じてくれたかな?」
後ろからヨーゼフの声がした。
「おお、ヨーゼフ。この何も売るもんがねぇガキ寄越したのはお前か?」
「いや、すまないね。狩りに誘おうとしたが怪しまれてね。銃と弾丸を売るって聞かなかったんだ。」
「そうか。ならこいつは新米の渡り狼ということか。おい兄ちゃんよく聞けよ。教会と工房以外での銃と弾丸の取引は違法だ。狩りなら都合がいいな。森に行って悪魔に食われちまいな。」
店主のデブの罵詈雑言で店から追い出された。
「さぁ、どうする?私の言うことは本当だった。私と一緒に狩りにいかないか?」
「分かった行くよ。」
しばらく考えたが自分は覚悟を決めてそう答えた。
「良かった。別の所に他の渡り狼を待たせてある。そこまで自分の鉄馬を持ってくるといい。」
ヨーゼフに言われて自分の鉄馬を置き場所から押して村の中を歩いた。
しばらくヨーゼフとアニマと自分は村の中を歩いていた。
「そういえば君たちの名前を聞いていなかったな。最初にそこのお嬢さんから聞こうじゃないか。」
「アニマです。アニマ・フォン・アインホルンです。よろしくお願いいたします。ヨーゼフさん。」
「ああ、よろしく。しかし名前にフォンがあるなんて君は土地の有力者の親族か何かなのか?」
ヨーゼフは不思議そうに見つめた。
「いえ、私の家族は月都の教会で働いています。」
「なるほど月都の住人だったのか。なぜこの村にいるんだ?服装も月都にいる人間の服じゃなくて村娘の恰好をしているなんて。」
「ええ。この霧の村の少し離れたところにある森で倒れていたんですよ。自分がなぜ森に倒れていたのか憶えていないんです。」
「そうなのか。で今は渡り狼として旅をしているのか。それは難儀だな。」
「いえ、今はネモに教会まで送ってもらっているんです。」
「ネモっていうのは誰だい?」
「俺だよ。」
「君か?」
「ネモ・ホフマンだ。この霧の村のはずれにある家で親父ともう一人同居人のヴァイスマン先生と一緒に暮らしていたんだ。」
「ほう。なぜ村のはずれに住んでいるのかね?このドゥンケルナハトじゃ村や町などで生活をしていないと危険だろうに。」
ヨーゼフの質問の返答に困ってしまった。
「それは・・・。」
と言葉に詰まってしまった。
「まぁいいだろう渡り狼をやっている人間は色々な事情を抱えている場合が多い、詮索はしないさ。」
「そうなのか?」
「そうだとも。渡り狼は正式な職業ではなく、色々な理由で村や町などの共同体から居られなかったものに由来する。犬が野に放たれると狼になるように共同体という囲いから外れて、私たちは村や町を渡る渡り狼となったわけだ。」
ヨーゼフが空を見ながらそう話した。
自分はそう聞くと何か悲しい気持ちになり、鉄馬の舵をぎゅっと握りしめた。
「なんか悲しいな。」
「確かに名の由来を聞けばそう感じるかもしれないがこうして過ごしてみるとそんなに悪いものではない。渡り狼には悪魔狩りなどの役割があって、町や村にとっても必要な存在だ。悪魔から狩れる精霊結晶は今村を照らしている精霊灯や私たちが悪魔狩りで使っている精霊銃や他の精霊器や精霊機に加工されて、私たちの生活を支えている。だから完全に共同体に排除されているわけではないさ。」
「それに渡り狼は色々な場所を巡ることができる。悪いことばかりじゃないさ。」
ヨーゼフの話ぶりはどこか先生を思い起こさせた。
とても紳士的そして知性的だ。
そして不思議な魅力のようなものを感じた。
「他の渡り狼を待たせてあるって聞いたけど仲間と一緒に旅をしているのか?」
「いや私は基本的には一人で旅をしているよ。一緒に狩りに行くのは私の知り合いの別の渡り狼たちだ。たまたまこの村に集まったんだ。」
「狩りに行く時は基本的には集団で行くことが多い。そして狩った悪魔の精霊結晶を分けるんだ。一人で狩ると成果を独り占めできるが危険がある。お金も命には代えられんものさ。特に渡り狼を生業にしている人間は命を大事に考える。」
確かにあの悪魔を一人で狩るのはとてもじゃないが無理だ。
森で自分たちを襲った悪魔のことを思い出した。
「ところで狩りが初めてならドッペルマイスターの作業場の使い方も教えないといけないな。」
「ドッペルマイスターって?」
「記憶を残すオートマタだ。」
「?」
オートマタ。初めて聞く言葉だった。
「オートマタってなんだよ。」
「機械や精霊を使って半自動で動く人形のことだ。ちょうどあそこに作業場がある実物を見れば分かる。」
ヨーゼフの視線を追っていくとその先に小さなな小屋のようなものがあった。
それはなぜか懐かしいと感じた。
そして懐かしさの奥に苦々しい何かが浮き上がってくるような感じがした。
自分はそれを知っていた。
前に自分が閉じ込められた怖い人形が入った小屋だった。
そしてその小屋の扉は開いており、は自分たちを飲み込むように口を開けていた。
第十一幕 渡り狼 ヨーゼフ・ヴァッカー 完
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