第十幕 再来の霧の村

空は相変わらず夜の暗闇が支配している。

闇は地に降りてあらゆるものを黒に隠している。

だが空は星海、地に幻燈。

互いに空と地面を淡く照らしている。


鉄馬の前後二つの車輪が軽快に回り、活気強く唸り声を上げている。

鉄馬は当然生き物ではなく単なる乗り物だが、風を切って、精霊灯をどんどん追い越して進む様は元気に駆け回る生き物と遜色はない。


そんな街道を走り抜ける鉄馬に乗っている者は二人。

一人は鉄馬の舵を操りながら無表情な顔をしている少年ネモ。

そして彼の後ろに乗っている少女はアニマ。

彼女の銀の瞳は星の光を映し出し、銀色の髪は風でたなびいている。


「これが外か。」

ネモの心は好奇心に満ちていた。


「最高だ。」

無表情な顔に反して、顔から漏れ出た声はとても感嘆に満ちていた。

頬を激しく撫でる風、風を切り裂きながら進んでいく鉄馬。

限りなく広がる星の海はネモにとって何もかもが新鮮なことだった。


「まるで話に聞いた通り、渡り狼みたいに旅をしているみたいだ。」

自然彼の鉄馬の舵を握る力も強くなっていく。


「ネモ。あそこに村みたいなものが見えますよ。あれが霧の村なのですか?」

「多分そこじゃないかな。」

と街道の先に村のようなものが見えた。


見てみると周りは精霊灯で囲われており、そのぽつぽつとした光の中に明るい場所を見つけた。

時間的には目覚めの時から時間が過ぎており、昼に差し掛かる時間帯だろう。


ようやく村にたどり着き、鉄馬から降りて、押して行き、村の入口に入った。

村では人が三十人くらい居て、村人から他の渡り狼まで様々だ。

時刻は昼の少し前で人々は農作業や商売など様々な活動をしており、その仕事を手伝っている子供や自分と少し下の子供が精霊を出して、それを小さい子供が捕まえようとしている姿があった。

その子供は跳ねて、精霊を捕まえようとするが精霊を掴んだと思ったがすり抜けてしまい、転んでしまった。


他の渡り狼も自分と同様に肩に銃や精霊銃を掛けており、中には腰巻の部分に銃を掛けていた。

渡り狼が使う鉄馬を置く場所を見つけて、そこに鉄馬を止めた。


あたりを見渡して見ると家は自分たちの家を同じで木でできた家が多く、扉には精霊灯が掛けられており、町の中はとても明るく感じた。


アニマを見てみるとアニマもどこか楽しげだった。

「なんでアニマも嬉しそうなんだよ。」

「だって私も月都から出たことがありませんので。すごく新鮮です。」


ふと昔のことを思い出した。

前に霧の村に訪れた時のことだった。

村の人間は自分のことを気味悪がっていたようで特に自分と年の近かった子供は自分のことを化け物呼ばわりしていた。


「人形は作業部屋に戻してやる!」

と叫んで、自分を狭い場所に押し込まれたことがあった。

そこにあったのは動かない大人と同じ背丈をした人形が椅子に脱力したように上を向いて座っていた。

その人形を見て驚いてしまい、大声で「開けて!」と叫んでいたことを思い出した。


そんなことを思い出して、少しだけコートに顔を埋めて、手をズボンのポケットの中にしまって歩いていた。

だが自分に気づく人間は今のところいないらしく、特に何も言われることなく歩き回ることができた。

自分の体は自分が記憶を失くした時から変わっていないが他の人たちは変わっているのだろう。

自分をいじめた子供たちも今は大人の一人になって農作業や仕事の手伝いをしているのだろうか。

自分と同じ年齢の人間を探すが昔のことで顔も朧気なので自分が知っていそうな人間は見当たらなかった。


「ネモ。」

アニマが声をかけてきた。


「どうしたの?」

「ヴィルヘルムさんが渡した精霊結晶のこと忘れていませんか?」

「そういえば。」


自分のバッグの中から父から貰った精霊結晶を取り出した。

大きさは手のひらぐらいの赤色の透き通った結晶だ。

これを換金所でお金に換えて燃料を買うことを思い出した。


「場所はどこだ。」

辺りを見渡していて前方の注意が疎かになってしまった。


その時


「おい。」

声がしたかと思うと何かにぶつかって、転んでしまった。


「きゃっ!」

隣でアニマの短い悲鳴が聞こえたかと思うとアニマも転んでしまった。


「ごめんなさ・・・。」

といって顔を上げると二人の男が立っていた。

二人とも大柄で自分たちを見下ろすように立っていた。

二人はどこか素行が悪そうな顔をしていた。


「チッ。ぼやっとしてんじゃねえよ!」

と言って自分たちの後ろを通って行った。


自分もアニマも立ち上がってアニマは服についた土を払っていた。


「大丈夫かい。アニマ。」

「ええ大丈夫です。ネモは大丈夫なのですか?」

「俺も大丈夫だよ。」

とそう言って再び換金所を探し始めた。


そうしてしばらく歩いていると換金所のような場所に辿りついた。

他の渡り狼がすでに二人ほど並んでおり、鑑定しているのは小さい眼鏡をかけた偏屈そうな太ったおじさんだった。

ようやく自分の番が回ってきた。


「お兄ちゃん。あんたは何を持ってきたんだい。」

鋭く品定めするような目で睨みつけられた。


「ええとこれです。」

と言ってバッグの中を探したが精霊結晶はなかった。


「アニマ。君のバッグにさっきの精霊結晶入ってないかな?」

「ええと・・・。」

と言って彼女もかばんの中を探っているがどうやら見つからなかったらしい。


「売るもんがないなら出ていきな。」

手を前に振ってすげなく追い返された。


「どこにいったんだよ・・・。」

どこに落としたか思い出そうとしているとあの二人の男が思い浮かんだ。

あの男たちとぶつかった時に落としたのかも知れないと来た道を戻って二人とぶつかった場所を見ても精霊結晶は無かった。

どこに行ったのかと考えているともう一つの考えにたどり着く。

それはさっきの男たちに盗まれたということだ。


迂闊だった。

せっかくアニマを送り届けるために必要なものだったのにそれを盗られてしまった。

最初に家を出る時に父と約束したことを守ることができなくなった。


「アニマ。ごねん精霊結晶盗られた。クソッ!」

「ネモ。大丈夫ですよ。」

彼女は自分の肩を軽く叩いて安心させようとしていたが自分には何の気休めにもならなかった。


「どうしよう・・・。」

と呟きながら上を見上げた。

灯りと喧騒に満ちた村に対して空は星だけが静かに照らしていた。


第十幕 再来の霧の村 完


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