第十二幕 ドッペルマイスター
「人形は作業場に戻してやる!」
自分と年が同じくらいの子供が自分の腕を引っ張って、小さい小屋に連れ込まれた。
中は灯りが点いていておらず、窓すらなかったので真っ暗だった。
そして自分を入れると扉を閉めたのだ。
「開けてよ!開けてよ!」
扉をいくら叩いても扉を子供が押さえつけているらしく開かず、外に聞こえるのは自分を閉じ込めた子と一緒になっていじめた子どもたちの笑い声がした。
「お父さん!お父さん!」
父を呼んでも父は来ない。
父はいまは仕事中でその隙をついてこの子たちが自分を連れ出されたのだ。
しばらく扉を叩きながら声を上げていたが疲れてしまったため中断した。
すると閉じ込められた小さなな部屋に何かがいるのを感じた。
手探りで手で探ってみるとすぐそばに壁のようなものがあった。
それは厳密には壁ではなく菱形上の網目が連なっている格子だった。
その格子を触っていると一つだけ穴ような場所を見つけて、そこに手を入れてみると何か服のようなものに触れてさっと手を引いた。
その穴を目を凝らしてみるとそこには人が座っていた。
だが実際はそれは人形ではなく自分と同じくらいの人形が椅子の上でだらんと座っていた。
そしてそれを見て自分は自分でも出したことのない声を上げて、扉にへばり着くように体を密着させて扉を激しく叩いた。
「誰かいる!誰かいる!助けて!助けて!」
五里霧中で叫びながら扉を必死に叩いた。
しばらくすると扉が開けられ、そこにいたのは父だった。
「お父さん!」
自分は父の胸の中に飛び込んでしばらく泣いていた。
「ネモ。帰るぞ。」
自分は父に抱えられながらその日は家に帰った。
そして今日までずっと村に行くのを躊躇ってきた。
村を嫌がったのは子供たちにいじめられたこともあるが、自分が近くにいる時は表面上ではいい顔をしていた大人が自分から離れると気味の悪いものを見ているような視線を投げかけていたのが原因だった。
あの場所に自分の居場所なんてない。
そんな事実を突きつけられたのが幼い時分にはとても辛く感じることだった。
先生の話を聞いて色々な世界を知ることができたが自分にとって世界とは自分の家と自分を受け入れない霧の町の二つだけだった。
・
「ここが作業場だ。」
ヨーゼフが示した場所を見るとそこは自分が閉じ込められた小屋だった。
扉は開け放たれており、暗闇がぽっかりと口を開けていた。
「アニマ、君から入ってくれないか。」
少しだけ躊躇いがあったのでアニマを身代わりにした。
「?ええ構いませんよ。」
彼女はそう言って作業場に入っていった。
中は狭くて二人がやっと入れるような広さだった。
なのでアニマと自分が中に入り、ヨーゼフが扉の前に立っていた。
「そこの椅子に掛けてくれ。」
中を見ると壁の一部が引き出されたような場所があり、椅子と同じくらいの高さだった。
アニマと自分はそこに座った。
目の前には例の格子があり、その向こう側にはやはり服を着た人形がぐったりとした姿勢で座っていた。
人形は動くことなく、斜め上を呆けた様子で見上げていた。
「そこにいるのがドッペルマイスターだ。」
ヨーゼフは座っている人形に指さした。
「この人形がどうするんだよ。」
「こうするのさ。」
言ってヨーゼフは自分の鞄から何かを取り出した。
それは普段留め置きなどに使う手紙帳だった。
ヨーゼフは手紙帳を捲ると白紙の頁を一枚取り外した。
するとヨーゼフは自分の精霊を体から出した。
精霊は自分たちの顔を照らしながら横切っていくと格子の所にたどり着いた。
照らされた格子を見てみると真ん中の上部分に灯りの外側に使われる丸い硝子の球体のようなものがあり、その下に硝子の管のようなものが伸びていた。
ヨーゼフの精霊がその硝子の玉の部分に入ると管の部分に青紫色の光が通っていった。
その光の出どころは精霊だった。
精霊の光が管に吸い込まれているようだった。
するとどこからともなく小さい鐘のような音が聞こえてきて、ぎしぎしと何かが軋み合うような音が聞こえた。
その時上を向いていた人形の顔が突然起き上がり、自分たちをまっすぐ見つめたのだ。
「うわっ!」
驚いて素っ頓狂な音を上げ、立ち上がってしまった。
「別に襲ってくるわけではないから安心するんだ。」
と諫められてすぐに座り直した。
すると自分の隣からふふっとアニマの笑い声が聞こえた。
「ネモは面白い子ですね。人形を見て驚くなんて。」
「しょうがないだろ。人形苦手なんだよ。」
「あら、ふふっ、可笑しい。」
と彼女は口を押えて笑っていた。
「うるさい・・・。」
顔を逸らして消え入りそうな声で答えた。
顔を逸らした先にはヨーゼフの顔があり、ヨーゼフは目を丸くしていた。
「君もしかして。顔は義体なのかね?」
驚いた様子で聞いた。
「ああ。」
自分は顔を隠すように答えた。
「ネモはね。体が全部義体なのですよ。」
アニマが答えた。
自分はそれを言わないで欲しかったのでアニマを止めようと思ったがもう言ってしまった後だったのですで遅かった。
「全身か?腕とか足とか体の一部を義体に換えている人間は見たことはあるが全身とは初めてだな。」
そう言って珍しそうに自分の方を眺めた。
「あんまり見るもんじゃねぇよ。」
「別にいいじゃないか。特段恥じ入るようなものでもないだろうに。」
「そうもいかねぇんだよ・・・。」
ヨーゼフは取り出した手紙帳の頁を一枚格子の開いてある部分に入れようとした。
目の前のには机のようになっており自分と人形が同じ食卓を囲んでいるように向かい合った状態になっており、その真ん中は格子で仕切られているとう状態だった。
そして目の前に件の隙間があった。
そこに紙を入れると人形の手が伸びて紙を自分の元引き寄せた。
そしてもう片方の手には精霊を使って書く止まり木を持っており、それを使って文字を書き始めた。
きしきしと軋むような音が鳴っている後ろでは連続した金属の音が聞こえた。
それは良く聞くと音楽のような音色だった。
懐かしいと思って記憶を手繰り寄せているとそれはオルゴールの音色だと分かった。
小さい音の連なりが静かに響き渡り、目の前のドッペルマイスターは硝子の玉に入った精霊の光を頼りに文字を書いているようだった。
本当に生きているように感じた。
しかもとても早く腕を動かして紙を文字で埋め尽くしていった。
五分ほど時間が過ぎた時に
ドッペルマイスターが筆を動かすのを止めて、文字の書かれた紙を隙間を通してこちらに戻した。
すると人形は再び体を最初のだらんとした座り方に戻って動かなくなった。
そして部屋になっていた軋む音とオルゴールの音が止まり、静かな部屋に戻った。
ヨーゼフは自分の精霊を戻して、置かれた紙を取り出して、自分たちに見せた。
紙にはドッペルマイスターで書かれた文字で埋め尽くされていた。
文字を見てみると、箇条書きで文の始まりには日にちが書かれていて、その日に何があったのか詳細に書かれていた。
「これがなんなんだよ。」
「このドッペルマイスターは記憶を写すために使うのだよ。」
「何のために移すんだよ。」
「精霊銃で消費するためだ。」
「記憶を消費する?」
「そうだ。精霊銃は普通の銃と違い銃弾を必要としないんだ。その代わり精霊を通じて、自分の記憶を弾丸に換えて打ち出す。その時に弾丸に使った記憶は失われる。だからこのドッペルマイスターに何があったのか予め書いておいて記憶がなくなってもそれまでの記憶を再認識することができるんだ。」
「そうなのか。」
この怖かった人形にはちゃんと意味があったのかと納得した。
「次はネモがやってみるといい。」
「いや俺精霊が出せないんだよ。」
「何だと?精霊が出せないのか?だったら精霊器を使うこともできないじゃないか。」
「ああ。」
するとヨーゼフは少しだけ困ったような顔をした。
「それは困ったな。悪魔狩りには精霊銃が必要だ。」
「普通の銃じゃ駄目なのか。」
「ああ、銃の弾丸はあまり悪魔には効かないんだ。」
「それは本当に困ったな・・・。」
それは今の自分では狩りに参加できないことを暗に意味していた。
せっかくお金を稼げる絶好の機会を手に入れたのにそれが叶わない事実が言い渡されてしまい、気が沈んでくる。
「だったら私もネモと一緒に行きます。私は精霊使えますし、精霊銃もありますから。」
彼女が手を上げた。
「駄目だアニマ。危ないよ。ヨーゼフさん。囮でも何でもやるから俺だけ狩りに参加できないかな?」
「駄目です。ネモ。あなただけ危ない目に合わせるわけにはいきません。だから私も一緒に行きます。」
「なんで?」
「それはあなたが私の友達だからです。」
彼女は自分の目を真っすぐ見つめて答えた。
「ネモが鉄馬を操作して私が悪魔を撃ちます。だからネモと一緒に狩りに参加させて下さい。」
鞄の中から父から貰った精霊銃の夜梟を取り出した。
ヨーゼフは少しだけ考えて答えを出した。
「いいだろう。」
「ありがとうございます。」
ヨーゼフの回答を聞いてアニマはお辞儀をして感謝の言葉を伝えた。
「いいのかい?アニマ。」
「いいのですよ。それに何だか楽しそうではありませんか。」
自分の心配に反してアニマは狩りに対して嬉しそうな表情をしていた。
ヨーゼフに手紙帳の頁を渡されるとアニマは格子の隙間の中に入れて人形側に渡した。
そして精霊を出した。
アニマの精霊を見てヨーゼフは少しだけ驚いた。
「見たことのない色の精霊だな。普通精霊の色はみな一緒の青紫色をしているのに。」
ヨーゼフも自分の精霊を出した。
部屋にはヨーゼフの青紫色の精霊とアニマの黄色の精霊が戯れるように飛んでいた。
「体が人形のネモに変わった色の精霊を持つアニマとは色々驚かされることばかりだな。」
感嘆したような声を上げて自分の精霊を戻した。
アニマはヨーゼフのやったように精霊を動かし、ガラスの玉のような所に入れて再びドッペルマイスターを動かした。
さっきと同じ要領で動かし、そしてすぐに終わった。
返ってきた紙を見てみると昨日と今日の分だけ書かれていた。
そして作業を終わった人形は再び眠りについた。
あれだけ熱心に筆を動かしていた人形が今は糸がきれたようにだらんとした姿勢で呆けたような空っぽの目で空を見つめていた。
第十二幕 ドッペルマイスター 完
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