第八幕 変わるものと変わらぬもの
扉を叩く。
「はい?」
と扉越しからアニマの声が聞こえた。
「俺だよ。ちょっといいかい?」
「ネモですか?どうぞ?」
扉を開けるとアニマがベッドの上で体を半分だけ起こしていた。
アニマは自分を心配そうに見つめていた。
「どうしたのです?」
「少し話しがあって。」
部屋の中に置いてある椅子を持ってベッドの前に持っていき座り込んだ。
「話しとは?」
彼女は不思議そうな顔で見つめた。
彼女にある提案をしようとしたが中々口に出せないでいる。
いざ自分の中で決心ができても中々動き出すのはとても難しい。
特に他人が関係することは特にだ。
だが彼女の次は父だ。
その前に諦めるわけにはいかない。
「アニマは明日親父と一緒に教会に行くよな。」
「ええ。教会に送ってそのまま月都に帰らせると言っていました。」
「そうか・・・。」
「ネモ。どうしたのですか?」
顔を俯いて地面を見つめる。
そして再びアニマの方を向いて意を決して口を開いた。
「なら俺がアニマを教会まで送っていくのはどうだ。」
アニマの目を見た。
アニマはしばらくぽかんとしていたが
「ええ。構いませんよ。」
彼女は了承してくれた。
「本当か!それは良かった。」
自分は彼女の答えに胸を撫でおろした。
「でもなぜネモが私を送りたいのですか。」
「それは俺も月都に行きたいんだ。」
彼女に先生のくしゃくしゃになった手紙を見せた。
「これは?」
彼女は手紙の方を不思議そうに見つめた。
「いやこっちじゃなくて本命はこっちなんだ。」
手紙の裏側の月都の地図を見せた。
「これは月都の地図ですね。これは研究所ですか?」
彼女は手紙を見て、心当たりがあるような顔をしていた。
「何か知ってる?」
「ええ。研究所は月都の重要な施設ですので。」
「そこに自分が月都にいた頃の記憶を取り戻す手がかりがあるそうなんだ。」
「それで私に案内してほしいのですか?」
「いや君は教会まできちんと届けるよ。そうだな言い方は悪いかも知れないけどここを出る口実が欲しいんだ。」
彼女は自分を見てくすっと微笑んだ。
「分かりました。もし月都で出会えたら案内しますし、他にも自分のお気に入りの場所に連れていきますね。」
「そうかそれは良かった。」
彼女とは約束ができた。
椅子から立ち上がり、部屋を後にした。
・
外で父はまだ火が燻っている先生を葬った場所に立っていた。
父は自分に気がついて振り向いた。
「どうした。ネモ。もう寝る時間だ。」
父はいつものように自分に寝るように促した。
「親父話しがある。」
自分は意を決して口を開いた。
「いや話しなんてないさ。ネモ。」
「まだ何も話しちゃいないだろ。」
「いや答えは決まっている。ネモ。」
親父は無表情で静かに断じるように言った。
「まだ何言ってないだろ。」
「お前の話しは俺の代わりにアニマを外に送り届けることだろ。」
父は淡々と自分が言おうとしていたことを代弁していた。
「それは表向きな話だ。お前は自分の昔のことを調べるために月都に行くつもりだろ?」
そして自分の父に隠すはずだった本当の目的も話されてしまった。
「なんで分かるんだよ。」
「分かるとも。」
父は薪の方を見つめた。
燻っていた薪も次第に光が薄まっていき。
再び辺りはいつもの暗さを取り戻した。
「ヴァイスマンから死ぬまえに話しを聞いたのだろう。それか手紙帳の一部を受け取ったか?」
父はこちらを見つめた。
父の炎のような赤い目も暗闇の中では冷たくなっており、自分の無機質な赤い目と視線がぶつかった。
「本当の所はお前は月都だけじゃない外の世界に行きたいんだ。」
「そうだ。」
「だが行ってどうなる霧の村の人間みたいにお前を気味悪がるやつしかいない。」
「それにな・・・。」
「月都には何もない。」
「お前の由縁はそこにはない。」
「いやあるさ。」
「何故わかる。」
「親父が嘘をついていること自体。俺にも分かる。」
「いや俺は嘘はついていないさ。昔のことなんざ掘り起こしたところでそこには何も無いんだ。」
「そんな行ってみないと分からないだろ。」
「俺はあんたみたいに目と耳を塞いでこの家で塞ぎこむことはもう辞めたんだ。」
「だから俺は月都に行く例え何もなくてもその事実は自分の目で確かめにいく。」
父の顔を睨むように目を細めた。
「本当に行くのか?」
「ああ。」
「外の世界をお前を傷つけるかもしれない。」
「構わない。」
「そしてお前が記憶を取り戻したことでお前にとって傷にしかならなくても。それでも行くのか。」
「ああ。」
「そうか」
と父は火の消えた薪に目をやった。
火は完全に消えている訳ではなく、燃えた木の中に赤色を閉じ込めていた。
そして自分は限界が来て。
視界が暗転し、地面に倒れこんだ。
「ネモ!」
とアニマが家の扉から飛び出し、倒れたネモの元に駆け寄った。
「大丈夫だ。」
ヴィルヘルムはネモが倒れてもそれはまるで日常で起きているかのように動じなかった。
「え?」
アニマにはヴィルヘルムの落ち着いた様子に困惑した。
「ネモは眠りの刻になると強制的に眠りにつくんだ。」
「そうなのですか?」
「ああ、別に死んだわけじゃない。こいつをこのままここに置き去りにするわけじゃない。」
とヴィルヘルムはネモを片方の肩で担ぎ、家に戻っていった。
アニマもヴィルヘルムについていき家に戻った。
「アニマ。君はそのまま俺のベッドで眠ってくれて構わない。」
「よろしいのですか?」
「ああ、俺は目覚めの刻までやることがあるからな。」
「あ、ありがとうございます。」
「逆に君は良かったのかネモと一緒に行くのに。」
「はい。」
「そうかネモには必ず君を教会まで送り届けるよう約束させる。」
「ええ。それも信じています。」
「それと君が両親と無事に再開できることを願っているよ。」
「ええ。ありがとうございます。ヴィルヘルムさん。」
「じゃあ、また明日。」
そう言うとヴィルヘルムは自分の部屋を後にした。
ネモの部屋にはベッドで眠っているネモとそのそばにはヴィルヘルムが立っていた。
「移ろうことを恐れるな、か・・・。」
ヴィルヘルムは窓を見やった。
「マルガレーテ。」
そう呟くとズボンのポケットから折りたたまれた紙を取り出し、広げた。
紙はとても古く、黄ばんでいたが文字は女性的で流麗に知性を感じさせるように書かれていた。
そして再び紙を戻してネモの部屋を後にした。
第八幕 変わるものと変わらぬもの
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