第七幕 隠された思い

先生の葬儀が終わって、再び家に戻った。

薄暗い廊下を歩いて、自分の部屋に戻ろうとした。


「あの・・・。ネモ・・・。」

後ろからアニマの声がしたので振り返るとアニマは申し訳なさそうに顔を俯いていた。


「残念ですね。先生のこと・・・。」

「ああ。」

そう呟いて再び歩き始めた。

アニマは何かを言おうとしたが何も言い出せない様子だった。

特に言うことが無ければ、話す必要はない。


「大丈夫・・・じゃないけど。気にしないで。」

自分はそう言って彼女と別れて自分の部屋に戻った。


部屋は暗く、灯りを点けようかと思ったがもう眠りの刻が近かったのでそのままにした。

部屋は静かだった。

星の光も雲か何かに隠れて部屋の中は暗く、静かな場所になった。

そして再び先生にはもう二度と会えないと自覚した。

心が張り裂けてしまい、何か溢れそうな気分になる。


「うう・・・。」

こんな時普通の人は泣きながら涙を流すのだろう。

涙を流さない自分はそんな人よりかは悲しんでないのだろうか。

いや絶対に自分の方が悲しい気持ちは負けていないと思いたかった。

そして自分から何かが溢れてしまいそうな気持ちを止めることができなかった。


このまま寝てしまって朝起きたら先生が生きていることを願った。

きっとこれは悪い夢で寝て起きたらまた先生の部屋から本を捲る音が聞こえて食事を持っていったらまた色々なことを話してくれるだろう。

心からそう願うが先生は炎の中に消えてしまった。


しばらく泣いていると気持ちが少しだけ落ち着いてきた。

そんな時にふとズボンのポケットの中に先生から受け取った紙を入れていたことを思い出した。


ポケットを探って紙を取り出した。

紙は小さく折りたたまれており、広げると文字で何か書かれていた。

紙は手紙帳の頁が使われており、字は精霊使って文字を書く止まり木で書かれていたため字がかすかに光を放っていた。


手紙にはこう書いてあった。



ネモへ


儂がお主に向けて手紙を書いていることはもう自分の終わりを悟り始めたということだ。


これを渡す時はもう儂はお主の前にはいないだろう。


ただ死は完全な消失ではない。


例え儂という魂は消失してもお主やヴィルヘルムの中には儂の言葉や思い出が宿り続けておる。


お主たちが儂を想う限り、そこに儂は在り続ける。


この手紙を宛てたのはその一環だ。


肉の体を残し続けるには限界があるがこうして言葉や文字を残すことで例え体が無くなってもあり続けることができる。


お主には謝りたいことがある。


それはお主に満足な体を与えることができなかったことだ。


儂は自分の全て注いでお主を作り上げたが人と同じようにはしてやれなんだ。


食事をすることや温かさを感じること、精霊を扱うこと。


そして人の命より限りは少ない。


申し訳なかったと思っている。


到底許されることではないと思う。


だがお主には心がある。


感じる心は感情を生み、考える心は意思にもなる。


この二つはお主に精霊灯の輝きや銃の弾丸よりも力を与えてくれるものだ。


だからお主の中に人と同じ魂が宿っていることを努々忘れるでない。


そしてもうひとつは儂とヴィルヘルムはお主に嘘をついていたことだ。


お主の月都の記憶は義体を取り換える手術を行った際、失敗してしまい、お主の記憶が無くなったと話していたががそれは嘘だ。


儂はお前の記憶を故意に消したのだ。


すまないと思っているがそれはお主を守るためだった。


真実を伝えねばと思っていたが自分には出来なかった。


このままひた隠しにしてしてしまおうかと思った。


しかしお主には知る権利がある。


そして真実を受け止められると思った。


だからこの手紙に一つの目的地を示しておくことにする。


そこにはお主が忘れた記憶を取り戻す鍵が隠されておる。


そこに行けばお主は真実を知ることができる。


最後に儂はお主と共にある。


例え心がどれだけ暗黒に包まれても光はあり続ける。


ヴァイスマン



手紙はそこで途絶えていた。


自分は手紙を胸に寄せた。

また何かが溢れそうになる。

手紙を握りしめる力は強くなり、ちぎりそうになるほど紙を握りしめていた。


ふと紙の後ろに何かが書かれていることに気づいた。

見てみるとそこには月都の簡単な地図が書かれていた。

そしてその中に矢印で示された場所があった。

そこは研究所という場所にある研究室の一つだった。


月都に行けば自分のことが知れるかもしれない。

そう思うと自分は再び扉に手をかけ、ある決心をした。


第七幕 隠された思い








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