第二幕 森の中の眠り姫

「行くぞ。」

と言われて父とは反対の方向に精霊灯の見回りに行った。

精霊灯は悪魔が近寄らないようにするもので村や町では外にいくつか木の柱かなんかに吊り下げて置いて、身を守っていた。


悪魔は一度遠目から見たことがあった。

他の動物とは違って、身体が大きくて、色が黒く、何より禍々しかった。

自分が見た悪魔は自分と父を見ているようだったがすぐにそっぽを向いてのそのそと緩い足取りで森の奥に消えていった。

精霊灯から離れると襲ってくると聞いたことがあったが本当だろうか。

でもあんなでかい身体で襲われると一たまりもないだろうなと思った。


自分達の家の周りにも長い木の棒を突き刺してそこに精霊灯を提げて、悪魔から家を守っていた。

精霊灯は先生が灯りを点けたみたいに身体から蝶みたいなものを出して灯りを点けて使うものだ。

この蝶みたいなものは精霊と呼ばれており、人なら誰もが持っており、扱うことができた。


精霊灯は家からそう離れてない所に置かれていて家と森の境目にいくつも置かれており、

精霊灯を一本の線で繋いでいくと家を取り囲む円の形になるように置かれていた。


森の淵をなぞるように歩いていた。

自分のすぐそばにある精霊灯は淡く輝いていた。

奥の方にも置かれており、暗闇の中にぽつり点のように光っていた。

そうして暗闇の中を等間隔に置かれた点に目をやりながらそれを頼りに歩いていく。


一度森の方を見てみるとぞっとするくらい暗かった。

家の周りは星の光が入ってきて明るかったが反対に森は森の木が星の光を遮っているため精霊灯で照らされても五歩分くらいの距離しか詳しく見ることができなかった。

森の方からは虫や動物がときたま鳴き声を出しており、風がひゅうひゅうと耳の近くで鳴っている。

そして耳に入るものは自分の足が草の上を歩いている時に出るさくさくとした軽快な音だった。

そんな軽快な音も歩みを進めていくごとにざくざくと刃の鋭さが落ちたナイフで切るような音に変わったような気がした。


しばらく等間隔の光に沿って歩いていくと次の光が遠い場所にあるような気がして歩いていくと光が消えた精霊灯を見つけた。


「親父!見つけた!」

と声を上げて父に知らせた。

すると自分の後ろからざくざくと草を踏みながら歩いていく音が近づいてきた。


「ああ。」

と父は自分の前に出て灯りの消えた精霊灯に向かって腕を出した。

人差し指を上に向けて蝶を止める止まり木のようにした。

すると人差し指の先から青紫の蝶のようなものが現れて、精霊灯に向かってふらふらと飛んで行った。

これが父の精霊だった。

先生と一緒で身体から出せる精霊は皆青紫色をしているらしい。

精霊が精霊灯の中にすり抜けるように入ると小さな灯りが灯って、それが次第に広がって辺りをほのかに照らした。

その後精霊灯から精霊が出てくるとまた父の指先に止まって、姿を消した。


なぜ父を呼んだのかというと自分は精霊を扱うことができないからだ。

精霊が無い訳じゃない。

でも自分の精霊は自分の身体の中にあり、精霊を出すことができなかった。

だから代わりに父の精霊を使って、精霊灯の灯りを点けてもらう。


「これで全て確認したな。ネモ帰るぞ。」

父はそう言うと後ろに翻って、家に戻ろうとした。


だが灯りは森の方も薄く照らした。

すると森の方に何かが見えた。

暗くてそれが何か分からなかったので目を凝らしてみる。

するとそれは人のような形をしていた。


「おい親父!森の中に人が倒れてるぞ!」

と声を上げてすぐさま精霊灯で区切られた境界を踏み越えて、人影の方に駆けていった。


「ネモ!迂闊に森に入るんじゃない!」

そう父の忠告を無視して人影に向かって走った。


人影のすぐそばまで近づいた。

膝を地面につけてその人影が大丈夫かどうか調べた。


「おい大丈夫か!」

人影に声を掛けた。


近くで見てみると木に寄りかかるように倒れており、背丈は自分より小さく子どものようだった。

自分はその子どもの肩を揺すって生きているかどうか確認した。


その時木々の葉が風に揺れて、うっすらと森の中に星の光が入り込んだ。

そしてその光が子どもの人影を照らした。


影が取り払われて目に映ったのは少女だった。

髪は銀色で流れるように長く、肌は透き通るように白かった。

服は汚れて、転んだか走ったかしたのだろう。


すると彼女は肩を少しだけ震わせて、目を薄く開いた。

目も髪の色と同じ銀色で綺麗に加工した水晶のような瞳が自分の目とあった。


「あ・・・な・・たは・・・?」

と小さく呟くように言った。


「俺はネモだ。お前は誰なんだ?なんでこんなところにいるんだよ?」

「ア・・・ニ・・・マ・・・。」

と呟いて糸が切れた人形のように意識を失ってしまった。


「おい・・・。おい!」

と声を掛けるが彼女は動かなかった。

よく見ると息はしているようで胸が薄く上下に動いていた。

気を失っただけのようだ。


するとすぐ横でがさりと木の葉を踏む音が聞こえた。

父だと思い振り返った。


「おい親父!女の子だ!女の子が気を失ってる!」

と音のする方に振り返るがそこにいるのは父親でも誰でもなかった。


それは大きな影だった。

自分の身体の倍ほどの大きさで上を見ると光のようなものがあった。

それは目であり、二つの目が蘭々とこちらを見つめていた。


第二幕 森の中の眠り姫 完

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