第25話 回復

差し出した紙を手にとって、広げてみるといきなり大きくかかれた見出しが飛び込んできた。


「侵略者から母なる世界・人類を守り抜こう!」


 青い地球が描かれた絵にかぶせるように大きなゴシック体のスローガンが載っている。

 さらに


「協力者を排除せよ!」


「弱腰政府を打倒せよ!」


 さらに――


「裏切り者の帰還者は出て行け!」


 最後に「地球解放同盟」(ERC)と書かれた

 スローガンがかかれている。


「な、なんだこりゃ?」


「異世界からの来訪者たちとそれに対する私たち委員会・政府の姿勢に不満を持っている人たちがいるのよ。そいつらが、こういう活動を始めている」


「こんなもの……馬鹿馬鹿しい――」


「それが――このビラがこの町の家庭や掲示板なんかに貼られたりしているのよ」


「昨年出現した直後からこういうスローガンに掲げる連中が出てきて、最初はただの集まりだったけど、徐々に組織化されてきているらしいのよ。協力的、同調する人がそれなりにいるってことなのよ」


「今はまだ、目立った活動にはなっていないけれど……そのうち過激な行動にでるかもしれない」


「あのイツキのような暴れ回る子がでてくればくるほど、こういう連中も活発になる。それに……」


 その先は静香さんが言わなくてもわかった。

 この町にも、これに同調している人間がいるってことだ……。このビラを椋が見たら……。

 ニュースは、どこかの山の紅葉が始まったとか、秋刀魚の陸揚げが始まったとかそんなのばっかり。

 目に見えて、政治とか社会のニュースが減っていた。

 双葉の親父に関するニュースはどこにも無い

 警察も、帰還者には手出しできないのだ。

 そういえば、ニュースでも流れないし、聞かない。

 情報統制かよ。

 薄々感じてはいたが、現実に突きつけられると慄然とするものがあった。

 今この悲惨な事態を訴えようにもどこにもその場が無い。


「さて、そろそろお話はこれぐらいにしましょうか。何かあったら、そこまで連絡を頂戴」


 さっき静香さんから渡された名刺を指さした。

 そこには連絡先が載っていた。


「あの子が待っているわ」


 そうだ、椋、今は椋のことが大事だ。

 座っていたベンチを立ち上がった。



 部屋に戻ると、電気のついていないリビングに、うごめく気配があった。


「椋!」


 椋が部屋から出てきていたのだ。


「しゅう……いち……」


「大丈夫か……」


「う、うん……もう大丈夫」


 目のしたには隈ができて、いかにもやつれていた。

 実際にはほとんど眠れていなかったともとれる。

 寝て起きたばかりなのに、ぐったりと崩れるようにソファに深く腰掛けている。

 本能に抗したことがどれだけ辛かったのか察せられる。

 その苦しみがどれほどのものだったのか俺には知る由もないのがもどかしかった。

 だが、今、自分ができることをするしかない。


 部屋を掃除した。

 むせかえるような匂いに意識が飛びそうになる。

 雄を引きつけるフェロモンを発し続け、それらを吸い込んだ寝具や、床や壁ーー。

 あわてて窓を開けて換気して新鮮な空気を吸う。

 毛が多く抜け落ちていて、若干の動物の臭いも鼻をつく。

 一応マスクもしたが、あまり効果がない。

 それでも俺は掃除を続けた。


「ごめん……」

「いいよいいよ、気にするなって」


 昼も過ぎたが、布団をバルコニーに出して干す。

 夕方には太陽の殺菌力で、心地よい日光の香りにかわっているわずだ。


 簡単に食事をさせだした。

 スーパーで買っておいた秋刀魚を焼いて食べる。

 こんなこともあろうかと、別の臭いで駆逐する作戦だ。


「いい匂いだねーー」


 その頃には、元気を取り戻し、うまいうまいと食べてくれた。

 骨も内蔵も皮もぺろり、だ。

 今の椋にとっては、炭水化物よりもやっぱり肉類が良いみたいだった。

 まだ半分残っている俺の皿をじーっとみる。


「食うか?」

「い、いや……いい」


 慌てて目を背けた。

 けれども、またじーっとまたちらり、とみる。


「食えよ、遠慮するなって、ここ最近食べてなかったんだろ?」

「う、うん」


 ようやくこくり、と頷いて皿に手を伸ばす。

 やっぱり骨まで平らげた。

 食欲も旺盛になっていた。

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異世界から帰ってきたネコミミts少女は俺の幼馴染 安太レス @alfo0g2g0k3lf

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