2食目 ゴミ捨て場のヒーロー

そんなやり取りがあり、シンシアに日本の暮らしを一通り教えてから数週間。彼女の学ぶ姿勢は目を見張るものがあり、日本文化やマナーのみならず電子機器の使い方まであっという間に覚えてしまい、知識は留学生と言っても過言ではない水準にまで達していた。

なので、ただ食事を出してもらったというだけで素性のわからない男の家に上がり込むものじゃないということもよくわかったはずなのだが、それでも僕のことを「ホクトはいい人だから大丈夫」といって聞かない。嬉しいことだが若干心配だ。

もっと言うならその応用力が災いし、自分が元の世界で行っていた生活様式……特にポーションという薬品をやけにゴリ押ししてくるようになってきたことが不安の種だ。シンシアは普通に素直で裏表のない快活な少女で嘘はついていないが、やはり異なる世界のものを取り込むのは少し抵抗がある。だが、今食べるものはこの緑飯しかない。香る草の味も噛みしめながら、手早く作ったおかずと味噌汁を食し、食後のコーヒーもしっかり飲んでから玄関に向かう。


「それじゃあ行ってくるよ、シンシアさん。あと悪いんだけど、ゴミ出し頼めるかい?」


「うん!今日は燃えるゴミの日だよね」


「そうそう。すぐそこのゴミ捨て場にね。頼んだよ」


行ってくる。そんな言葉を口にするのは実家にいた時ぶりだな。そんなことを思い返しながら、僕は駅に向かって歩き出した。



~*~

ホクトの留守を任されるようになったのは、出会ってから3日目の朝だった。最初は散歩したり部屋の掃除をするくらいだったけど、今ではこうした外出も含めた活動ができる。「私」も少しずつこの世界に適応し始めてるんだと思うと、知らない世界に来てしまったという戸惑いも薄れていくように感じた。


紙や生ゴミが満杯になったゴミ袋を持ち、道路を挟んだ先にあるゴミ捨て場へと歩いていく私。すると程なくして、道路の向こうから小さな人影が近づいてくるのが見えた。


「あ、外人のおねえさん!」


「はろー!はわゆー!」


英語という、地球上では最もポピュラーな言語で話しかけてくる子供たち。この道は小学校の通学路らしく、朝になると子供たちが元気よく学校へ向かう様子が見れる。私の国でも子供たちは地域の教会などで勉強を教わっていたので、国や世界が違ってもそこは変わらないということに安心したものだ。だから私は、一杯の笑顔で迎えることにしている。


「はい、こんにちは。私の名前、シンシア。そろそろ覚えてくれないとお姉さん悲しいなぁ」


「ご、ごめんなさい…し、シンシア、さん」


「素直でよろしい。じゃ、いってらっしゃーい!」


子供はどの世界でも素直で尊いものだ。私の振るう剣も、巡ってはこの子達のためになるんだと思うと、いつも勇気が湧いたものだ。


すると、遠くからけたたましい鳥の鳴き声が聞こえた。同時に子供の怯える声も聞こえる。恐らく、もう1つある隣の町内会のゴミ捨て場だ。

そこへ走っていくと、ゴミ捨て場を取り囲むように黒い鳥が留まっており、そこの手前で二人の女の子が目に涙を浮かべて固まっていた。

あれはカラスというらしく、ゴミを漁っては人を襲う厄介な鳥という触れ込みだった。クロノマンサー以外にも魔鳥や怪鳥とも戦った私からすればこの程度の鳥はなんとも思わないけれど、子供を怖がらせるような鳥は容赦しない。1羽のカラスが塀から足を離した瞬間、私は気づいたら子供達の前まで駆け出していた。


「ガッ!?」


そして、私の手は無意識にカラスの嘴を握りこんでいた。振りほどこうともがいているが、その程度じゃ私は離さない。

剣さえあればすぐに仕留められるけど、ホクト曰く、日本では剣を持ち歩くのは罪で、捕まって臭い食事を与えられてしまうらしい。そんなのは嫌なので、素手でなんとか倒すしかない。


「お、おねえちゃん…!」


「大丈夫、無闇に怖がる事はないよ。目は合わせないでサッと行けば大丈夫。さあ、行って!」


「う…うん!おねえちゃんかっこいい!ポリキュアみたい!!」


「ありがとう、おねえちゃん!」


カラスを鷲掴みする私にお礼を言いながら去っていく子供達。それを見届けると、私はそのカラスを茂みに向かって投げ飛ばした。


「さあて。子供達が泣かせた罪は重いよ。カラスは人の顔を覚えるというけれど、じゃあ私の顔を覚えなよ!相手になるからさ!」


「ガアッ!!」


一羽のカラスが背後から飛んでくるのがわかる。狙いは後頭部。嘴が通過する瞬間に腰を沈め、拳を腹部目掛けて突き上げた。さらにもう一羽来たが、やはり顔狙い。正面に立ち、向こうの足が届くより速く脚を振り上げて蹴り飛ばした。剣がなくても、ただの鳥ならこのくらい楽勝だ。


「ア、アボ……」


「さあ、まだやる!?」


ファイティングポーズを取った私に恐れをなしたか、三羽のカラスは散り散りに空へと飛び立っていった。達成感を示すように、何の気なく額を拳で拭ってみる。


「…ふう。これにて一件落着!」


やはり人助けはいいものだ。そんな気持ちを新たにした朝だった。



~*~

その夜。帰って来たホクトは食事をしながら私と話をする。


「そういや、今日この辺りでカラスが子供を襲いかけたらしいんだけど…」


「うんうん!」


「なんか、通りがかりの女性格闘家がカラスをパンチやキックで追い払ったらしいって噂になってるよ。そんな漫画みたいなことあるんだなあ、ははは」


「へ…へえ~~…そうなんだ…私は見てないなあ」


なんとなく、この正体が私と知ったら怒りそう。いや、もう知ってるのかもしれない。そう感じた私はひとまずしらを切ることにした。

ばれずにヒーローやるのも楽じゃない。そう思わずにはいられない一幕だった。

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