1.9食目 誓いの親子丼
丼に盛られた白米に、卵の衣をまとった鶏肉と玉ねぎが湯気に乗せて出汁の芳香を惜しげもなく放ちながら乗せられる。中央に三葉も添え、目に星を宿しながら待ちきれない様子のシンシアの前に丼を置いた。
「ふおおおおお…これ、本当に食べていいの?」
「たんとおあがりよ。椅子とかなくて不便かもだけど」
「ううん、地べたに座って食べるのは夜営で慣れてるからいいの。それじゃあ遠慮なく…いただきます!」
スプーンを持って意気揚々と言い放つシンシア。というか、異世界にもいただきますの概念あるのか。そんなことを考えている内に彼女の口に僕の作った親子丼が運ばれていき、彼女の瞳に再び星が瞬いた。
「お……美味し~~~っ!お肉に、卵に、すごく良い香りのお汁が染み込んで…このお米との相性もバツグンのマリアージュ…!幸せの味ぃ…!」
恍惚の表情で感想を口走る彼女の姿を見ると、そんな些細な疑問などどうでもよくなってしまった。今まで自分のためだけに作っていた料理で誰かが喜ぶ。それは何事にも替えがたく幸せで達成感のあることなのだと知ったから。母もこんな気持ちだったんだろうか、などと思わず思いを馳せてしまう。
「ホクト?一緒に食べよう?」
「え、ああうん。食べるよ食べる」
時刻は気づけば1時になろうかとしている。明日が休みで本当によかった。そんなことを考えながら、自分としては食べなれた親子丼を箸で掻き込んだ。しかし今日の親子丼は、いつも食べる時よりも少し変わった味がした気がした。
~*~
「はふう……ごちそうさまでした……」
「はい、おそまつさん。…でも、君の世界にもいただきますとかごちそうさまみたいな言葉?概念?があるんだね。ていうか普通に日本語だし」
米粒1つ残さずに平らげた丼を水にさらしながら、俺は何の気なく話を振る。
「うーん、それっぽい意味を持つ言葉を喋ったからかな。私達騎士は世界を渡る『クロノマンサー』を追う以上、こんな風に文化の違う世界に来ちゃうことがあるの。そんな時のために、こうして言葉を翻訳する魔法を使ってるんだ。時空魔法の応用でね。ほら、良く見て。喋ってる言葉と口の動き、違うと思わない?」
確かにそう言うシンシアの桃色の唇は、少し違う動きをしている。最早なんでもありか、異世界。
「そんなだから、時空魔法で元の世界にいる仲間と通信が取れればもしかしたら帰れるかもしれない。向こうも私のことを探してると思うし。…だから、改めてホクト」
ちゃぶ台を挟んで畏まった体勢になるシンシア。
「元の世界に戻るまで、ここに泊めさせてください!ホクトのご飯おいしいし、優しいし!運命だと思ったの!お礼になんでもするから!」
「…シンシアさん。女の子がなんでもするとか軽々と言っちゃいけないよ。
でも、わかった。僕でよかったら協力する。こんな狭い、一人暮らし用の部屋でよければだけど…確か合鍵もあるし」
「や…やったぁ!!やっぱりホクト優しい!好き!!」
そう言うとシンシアは僕の腕に猫のように抱きついてきた。花のような香りと共に、腕に柔らかな感覚が走る。初対面だよ!?ご飯くれただけで全幅の信頼を置いたりスキンシップが多かったり、もし邪な男の所にいてしまったら取り返しのつかないことになっていたような気がする。
「じゃあ一宿一飯の礼として、まずは今晩……」
すると、シンシアは急に唇から小さく赤い舌を覗かせ、這うような動きで湿らせながら呟いた。その思わせ振りな態度に、思わず僕の胸も高鳴る。
「こ、今晩…?」
すると、急に立ち上がったシンシアは傘立てに立て掛けていた二本の剣を取り、部屋の中央に放りだした。
「寝ずの番をします!」
「い、いいよいいよ!疲れたでしょ、寝なよ!ていうかなんでその流れで舌舐めずりしたの!?」
「私、夜営前に飲むポーションが好きなんだよね。眠くならないし元気出るし…味もあの青臭いのがクセになるっていうか…。ホクトも飲む?」
そういうと、腰のポシェットから緑色の液体が満タンに詰まった瓶が取り出された。青汁を煮詰めたようなそれを飲む気にはなれず、僕は首を振るしかなかった。
「と、とにかく。明日は僕も休みだから、この近所を見て回ってみようよ。買い物の仕方とか、色々な仕組みやルールを教えてあげるから」
「わ、わかった。ホクトがそういうなら…。でも剣は枕元に置かせてね」
「それくらいならまあ…じゃあ僕来客用の布団出すから、シンシアさんは僕のベッド使ってね」
「え?一緒に寝ないの?私仲間とよく同じベッドで寝るよ?」
「シンシアさんはもう少し男を警戒しようね!!」
えー、とぶー垂れるシンシアを尻目に洗い物をすること10分。戻ってきた頃にはシンシアは幸せそうな無用心な顔でベッドで熟睡していた。見れば見るほど異国情緒溢れる、いや、この世のものとは思えないほど可愛らしい顔立ちだ。
「…明日、パジャマとか買わなきゃな」
こうして、僕と異世界からやってきた美少女剣士のおしかけ同棲生活が静かに幕を開けた。この生活がどんな結末を迎えるのかは誰もわからないが、僕の代わり映えしない日常に予測不能な変化が訪れるということだけはありありと思い描けたのだった。
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