6 エンド

 今日もこの空間は相変わらずである。また無数にオブジェが浮かんでは消え、色づいたモヤが渦巻いている。


 その空間に床という概念を作って、ナイはべたっと大の字に寝っ転がっていた。さっきまでずっとやっていたあちこちの世界のボードゲームやデジタルゲームがその回りに散らばっている。


「暇だなぁ…」


 ナイがそう呟いても誰も答えない。


 ゲームも飽きてしまったし、どこかへ行こうかとも思わないのでナイはただ寝転がっていた。


 ナイは何を思ったのか、試しに息を止めてみた。人間は息をしないとすぐにころっと死んでしまう。


 ただ、ナイは見かけ上「人間」というものを模倣しているだけなので一向に息苦しくはならない。この姿でも、不便ではあるが水の中に入っていても全く平気である。


 が、こうしていても結局面白くはないのでぷはっと再びしなくてもいい呼吸を開始する。


 そして、ただ空間をぼんやりと眺めていた。


 玉響の音を響かせ、オブジェができては潰れ、弾け、次々と世界は造られていく。

 この空間ができて、今では世界が幾つあるのか分からないほどになってきた。でもこの空間はいっぱいになることは無かった。


 今度世界がいくつあるか数えてみるのもいいかもしれない。特に意味はないが暇つぶしにはなるだろう。


 ナイはそう思いながら、生まれた世界を見ていた。


 基本この空間にいるのはナイだけであった。

 特に寂しいことはないが一人だと退屈な時もある。そうした時に世界を散歩していた。


 この空間にナイが誰かを呼ぶのは可能だが、自分の他に誰かが急に現れたことはない。


 ないはずだった。



 パキンと、どこかで音がした。


 今までに聞いたことがない音であった。何事かとナイは直ぐに起き上がり辺りを見回した。


 そうすると、ナイのすぐ前方の空間が歪んだ。突如ブロックノイズのようなものが集まり始め、形を作っていく。


 それが形作ったものは……。


「……人間?」


 ナイは首を傾げながらそれに近づいた。その人物は床に倒れていて近寄っても動かなかった。


 やや長めのぼさぼさと乱れた髪がだらりと広がっていて、子供を模しているナイよりも遥かに大きな体をしていた。いわゆる青年といったところか。

 そこから見える顔にある目は閉じられていた。眠っているようだ。


 どこかの世界から迷い込んでしまったのだろうか。


 ナイはしばらくじっとそれを見つめていたが、特に何も起こらない。

 やがてナイはしゃがみこんで青年の体を揺すってみた。


「もしもーし?どうしたの?」


 揺すりながらそう呼びかけると、青年の体が微かに動いた。


 青年はうっすらと目を開けた。インクを垂らしたような混じり気のない黒い瞳だ。焦点はあってなくぼんやりしたものだった。


 青年はその目でナイの事を認識したようだったが、半身を起こしてもぼうっとナイのことを見つめてしばしの間なんの反応もなかった。


 ナイはしばらくどうしようかと考えたが、とりあえず話してみることにした。


「やあ、ようこそUnknown roomへ。」


 ナイは屈んでにっこりとしてみるものの、青年は無表情だった。通じているのかどうかも分からない。


 ナイは困って、眉を八の字に曲げた。


「えーと……僕の話してることはわかる?」


 ナイが尋ねると、青年はようやく口を開いた。


「…………わかる……」


 低い声でそうぼそりと呟いた。どうやら言葉はこれでいいようだ。


 ナイはよかったとにっこりと笑うと早速次に移った。


「名前は?」

「…………エンド……かな……」


 その間、青年の表情はほぼ無に等しかった。こんなナイでも訳の分からない空間に突然寄越されてしまったというのに、驚く様子もナイの事を不審がることもしなかった。


 ただぼうっとした目でどこかを見ている。


終わりエンドね……僕のと似たような感じかな」


 ナイはぼそりと呟いた。


 優子と出会った時に名乗った「ナイ」を結局今に至るまで使い続けてきた。響きが何となく気に入っていたのだ。


「僕はナイって言うんだ。よろしく。………ところでエンドはどっからきたの?」


 とにかく元の場所に返してやるにも、どこから来たかがわからないんじゃ何も始まらない。


 エンドから聞き出そうとするも、エンドはただこちらを見て動かない。


「?どうしたの? 」

「……………わからない」

「わからないって?」


 エンドは口を微かに動かして、言葉を紡いだ。


「どこにいたのか、誰といたのかも、わからない。…………起きたら……ここにいた。」


 エンドはそう言うとまた黙ってしまった。

 子供のような自分が知っている言葉を無理やり繋いでいる。

 そんな、たどたどしい口調だった。


 そう思うと、今の彼の様子は無垢な子供そのものである。右も左も、天も地も、何も知らない、真っ白で何色にも色づく可能性を持つ混じり気のない存在だ。


 そのとろりとした黒一色の目で世界をなんとか認識して形作ろうとしている。


「んーと、つまりは………覚えてないってことかな?」

「…………そう、なるね。ただ、知っているのは名前だけ。エンドっていうことだけ………」


 またエンドは黙ってしまった。


 こうなると正直今のところどうしようもない。世界を探そうにも情報が全くないし、下手にエンドの外見だけの様子だけでそれらしい世界を探して送り込んでしまうというのも危ない。


「本当に何も覚えてない?」

「うん、多分………」


 僅かな希望を持って聞いてみるも、想定していた答えが帰ってきた。

 ナイは立ち上がり、腕を組んでうーんと悩む。しばらく考えたが特にいいものは思いつかなかった。今はもう保留にしておいた方がいいかもしれない。時間はいくらでもある。


 ナイはよしと、呟いた。


「まあ、ぼちぼちやってくしかないかな……とりあえずゆっくりしてきなよ。何してもらっても僕は別に構わないからね」


 ナイはエンドに向かって手を差し伸べた。エンドはしばらく差し出された手をじっと見つめていたが、その手をとった。


 そして、ゆっくりと立ち上がった。やはりナイと並ぶとかなりの身長差があった。

 立ち上がっても、エンドはとろんとした目でナイを見ていた。


「とりあえずよろしくね。エンド」


 ナイはそう笑いかけた。


 これが二人の妙な出会いだった。





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Unknown Room ~僕の世界の回顧録~ O3 @shinnkirou36

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