話す

 彩子と沙耶は民泊に着くと、早速天体観測用の道具と宿泊道具を分け始めた。

 望遠鏡と、洗顔料。星座早見盤と沙耶の化粧道具。小さな懐中電灯と彩子の好きな太宰治の「斜陽」の文庫版。良い子と悪い子を分けるように、沙耶のベッドと彩子のベッドに左と右に分けていった。そして天体観測用のほうがあっという間に埋まっていった。天体観測の道具を並べていたのは彩子の方のベッドだった。

 この場にてんびん座の逸話にあるようなアストレアの天秤があったなら、確実に彩子の方に傾くだろう。まるでこの天体観測へ向ける哀愁と歓喜の重さを比べるように。

 背中に天体観測の道具を詰め込んだリュックを背負ってみる。こんなに重かったっけ? とも思ったがなんだか軽い気もする。天体観測の時いつも背負っていたから、もう慣れてしまったのか。もしくはその感覚すらも受験という名のストレスの前の中へと取り込まれてしまったのか。どちらにせよ、その忘れているという感覚が彩子の胸の内が昔から持っていた火種に似た何かに火をつけて、ぐつぐつと煮えだっていった。いくら冷やそうとも、どこか火種は残ったままで空気に触れると燃え上がり、今までの火種にまた火がついていく。そんなどうしようもなく、体の内側を燃やすような炎を彩子は沸騰しそうな鍋に蓋をするように蓋をした。

「沙耶、持ってみて」

 元々自分が持つ予定だが、自分に何かあって沙耶が持つことになって「持てない」ということになったら(沙耶は彩子より体力があるからそういうことはほぼないと言っても過言ではないが)一大事―――という言い訳を自分自身に言い聞かせながら―――彩子は沙耶にリュックを渡した。

「うん、いつもよりちょっと重いかも。彩子、気合はいってたもんね。その気合がまるまるこのバッグに詰められている気がする。気がするだけだけどね」

 沙耶がそういえば、彩子は自分の感覚の輪郭が見えた嬉しさより、この熱量が沙耶に筒抜けだったという事実に彩子は羞恥心を覚えた。顔から火が出そうだというのはこういう事を言うのだろう。彩子は顔が熱くなるのを感じていた。密かに抱えていた恋文が、抱えていた腕から溢れ出て好きな人に拾われてしまった女学生の気持ちはこんな気持ちなのだろうか。

「何で、何でバレたって顔してるの? わかるよ。何年一緒にいたと思ってるの。服を握りしめるくせも、お守り代わりの好きな色のバッグも、二人で買った本物のお守りも。全部出てるもん。高校と大学の受験や英検や、試験の時と一緒。彩子、自分で気づいてた?」

 全然、気づかなかった。

 リュックサックの色は、夜空の紺色。リュックサックのポケットに入っている、地球から見た流れ星みたいな真っ白のお守り。それに気づいた彩子は、今も服の二の腕を力強く握りしめていた。

「沙耶、ごめんね少し荷物少なくするから」

「大丈夫。ううん、少し安心したの」

「安心?」

「そう、安心」

 リュックのポケットに入っているお守りを自らの愛子のように撫でながら―――彩子はその姿に神聖性を感じながら―――こう、言葉を続けた。

「一人で舞い上がっててもかっこ悪いかなって。もう私も彩子も高校生だし、子供みたいに昨日は楽しくて眠れなかったっていうのも、大人になったら漫画やドラマの中のお話になっていくでしょ。だからこの天体観測はあくまでも「普通の天体観測だ」って思うようにしたの。いくら最後だっていっても普通の、あくまで普通の天体観測だって。彩子と私だけで行く最初の、どの星も集まっていない時の天文部みたいな。でも彩子がいつもより気合入っているのすぐわかったからさ。少し嬉しかったの。あ、自分だけがこんなに不安だったり、楽しかったりって忙しいわけじゃないんだなって。変だよね、おかしいよね。自分と同じなんだって気づいたら急に安心するなんて、彩子を利用しているみたいで自分でも嫌になっちゃう。ごめんね、大好きだよ。最後の天体観測、心の底から楽しみたいから。抱きしめさせて、もう一回。私はずっと、彩子のことが大好きだから」

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