愛と平和を語る奴らを語ろう

夏山茂樹

愛と平和を語る奴が嫌いな男の娘

 家庭の喧騒から逃げた先の湖水浴場で出会った少年と恋に落ちて、しばらく経ったころのことだった。


 あれは忘れもしない、八月十五日の終戦記念日が近づく頃のことだった。戦争が終わってから七十年以上経過しようという夏、夜の湖水浴場で俺は恋人に平和のことを話していた。


「親父がよく『戦争は良くない』って言うんだけどよお、そうよく言う奴ほど好戦的なのはなんで何だろうな?」


 すると恋人は口元に手を当てて考え込み、俺から目を背けた。某名探偵のように、目を伏せた様子で考え込むその姿が愛おしくて仕方がない。


 出会ってからまだ日が浅いからだろうか。震える睫毛が彼の心を表現しているようでならない。いつもは白いワンピースを着た、少女のような服装の彼がこの夜は珍しくショートパンツを履いて、スニーカー姿で砂の上で横になる。

 体つきは俺と同じ少年のはずなのに、どこか少女らしい膨らみを持っている彼の体に俺は触れた。すると彼は笑ってやっと答えを導いた。


「お前の親父さんはきっとアレなんだよ。自分に見合った生き方を知らねえだけだ。きっと俺との関係も知られたら、別れさせられるかもな」


 別れさせられる。自分に虐待をし続けてきた上に、あと一年で中学だというのに受験を強いてきたあの親父に。そう考えたら吐き気がして、夏なのに寒気がしてきた。

 俺は思わず、恋人の体温にすがりたくて彼を抱きしめた。


「な、なんだよいきなり」


 いきなりの行動に驚いた様子の恋人を抱きしめて、俺は知らず知らずのうちに叫んでいた。彼の体温は温かくて、ヒトらしい温もりがあった。


「琳音……。おれさ、どうすればいいんだよ! 親父は絶対受からない受験を強制するし、おかんは不倫を見せつけてくるし、家庭はめちゃくちゃだ。おれの周りに平和なんて無いんだよ!」


「そう言えるようになっただけ、お前は幸せものだよ」


 琳音は冷たい表情で俺を見つめる。まるで氷のように冷たい、無機質な何か。そんな気さえ起こさせる顔に、俺は琳音からゆっくり離れて隣で泣きじゃくった。


「ああ……ああ……、もう……!」


「おれさ、愛と平和を騙る奴って嫌いなんだよね。嫌いな奴が多すぎて、もう生きていけねえ。ははっ」


「じゃあ、何で生きてるんだよ。楽しみがないまま生きるって死んでるのと同じだよ……」


「おれは……。おれが生きてて『嬉しい』って言ってくれる人のために生きてる。冗談でも戯言でもなくて、本当におれが生きてて嬉しそうな顔をしてくれる人のために」


 クールな琳音がどこか嬉しそうな顔をした。その表情には柔らかさが微かに現れ、隠したいようだがバレバレだ。

 俺以外にもそんな人がいたなんて。思わず受ける衝撃に耐えきれず、おれは彼にすがりついた。


「なあ琳音、おれの前から姿を消すなよ……。お前が消えても、探して追いかけるから……」


 すると、彼の柔らかい手が俺の頭を撫でて優しく返した。


「愛してるって言わなくても、お前の心はよく分かるよ。だから、追いかけてくれよ。おれがいつか消えたとしても」


「約束だ。いいな?」


「ああ、好きだから。お前のこと」


 そう言うと琳音は俺を起こして、そのまま抱きしめると何か知らない言葉で歌を歌い始める。知らない国の言葉で歌われる歌に困惑しつつ、ひばりのような歌声の琳音に身を委ねてうとうと意識を失いかける俺がいた。


「愛してる、真夏……」


 琳音の声でそうささやく声が聞こえて、俺は意識を失った。

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愛と平和を語る奴らを語ろう 夏山茂樹 @minakolan

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