第3話 摩訶不思議な入学試験

汽車での3日の旅をして連邦本国に着いたアズサはその繁栄ぶりに驚いて腰を抜かしそうになった。彼女は生まれてこの方故郷を出たことがなかったものの、普及して久しい雑誌や映画で本国の文明的な生活を知っていたつもりだった。


 しかし百聞は一見に如かずとはまさにこのことである。東部の辺境とは何から何まで違う光景にただ目を回すばかりであった。


 まずアズサは市街のどこまでも終わりがないのに仰天した。鉄道駅からこれまた初めて乗る市電で宿まで向かったがいくら走っても建物が途切れないのである。


 数マイルも行けば人家もまばらとなる東部の州都と比べてアズサは連邦首都が他の都市とは一線を画した全くの別物であることを思い知った。


 人の多さもまた彼女の想像を絶するものであった。首都の大通りは広い歩道が整備されていたがそれでも歩行者は歩道から溢れんばかりであった。その中を縫って歩くのに慣れない彼女は困ぱいしてしまった。


 やっとの思いで宿に着いたアズサは長旅と首都で出会った様々な事象に疲れてくたくたになり、夕食もそこそこに寝てしまった。




 翌日、興奮してほとんど眠れない夜を過ごした彼女は朝早くに起き出して町を無茶苦茶に歩き回った。宿に戻ると一張羅いっちょうらである中等部の制服を着て身だしなみを整えた。


 昨日さくじつなまりの強い言葉と都の流行から遅れている服装を野暮ったく思い恥じた彼女は、せめて髪型だけはと宿の主人の妻から流行っていると聞いた髪の一部を浮かせた一つ結びにして、今まで気にかけたこともなかった眉を手入れした。


 宿の主人の妻は、この勢いだけで都に来てしまった右も左も分からぬ少女を自分が上京してきた頃に重ね合わせ、殊の外ことのほか親切にして化粧道具などを貸してくれた。こうして準備も万全にアズサは受験会場へと向かった。




 初めて乗る自動車であるバスで受験会場に向かう途中、アズサは急に奇妙な経験をした。乗客や車外の通行人の思考がまるで脳内を直接覗いているかのように読み取れるのだ。


 月並みの人ならば誰でも話し方や身振り手振りなどで相手の考えていることを察することができるが彼女の身に起きたことはそのようなごく一般のコミュニケーション手段とはおよそかけ離れたものであった。


 相手の表情が見えなくとも、さらにはその姿が直接確認できなくともその人が何を考えているか、またどこにいるのかが直接飛び込んでくるような感覚に襲われたのである。


 アズサは最初疲労や寝不足により過度な妄想に陥ってるに過ぎないと思い込もうとしたが姿が直接見えない人間の思考や更にはその居場所までもが分かることへの説明はつけられなかった。何か自分の体に恐ろしい変化が起こってしまったのではないかとの疑念と、どういうわけか故郷で公募に出会った時のような高ぶりを抱えて彼女は会場に入った。




 会場は市営の体育館を衝立で区切っただけの簡単なものであった。学校の校舎は市の中心から離れているうえに新設ゆえまだ完成していないためこのような処置をとっているようであった。その他は一見ごく普通の学校の入試と同じ様子であった。


 アズサは受付の女から願書を受け取り住所やその他の必要事項を記載した後に証明写真を添えて提出した。その後に待機用に大きく区切った場所で待つように言われてそれに従った。


 そこにはアズサと同年齢と思われる300人余りの少女が待機していた。バスの中と同じようにアズサは意図せずに他の受験生たちの思考を覗いてしまっていたが、やがてある2人の受験生が話しているのに気付いた。




 南部人らしい色黒の少女が言った




「この学校っていったい何のための学校なの?わたしったら受けることを決めたはいいけどそれを全く知らないのよ」




 彼女と話していた本国人の育ちの良さが一目で分かる少女が返した。




わたくしにも分かりませんわ。私だってつい先月ここの存在を知ったんですもの。でもここにいる子たちの幾人かに話を聞いてみたけれど皆様同じ様子ですよ」




「私はほんの3日前よ。あまりに急でここに来るのも両親にはまだ言ってないんだから。


でもよかった私と同じ人が他にいて。何か止むに止まれぬ衝動に駆られたのは私だけじゃなかったみたいね」




 南部人は早口にまくし立てた。悩みを打ち明けられずよほど心細かったのであろう。同じ仲間を見つけて安心しているのが外見でも伝わった。




「私だってそうですわ。それでレイディオでこの学校の公募を聞いて駆け付けたんですもの」




 本国人の令嬢がこう言ったとき、彼女はアズサの存在に気が付いてこちらを向いた。


 南部人の少女もつられてアズサを見た。話を盗み聞かれたのを不快に思ったのかもしれない。直接話をしようと彼女たちの元に歩いて行った。


 アズサは口を開いた




「ごめんなさい。私もなぜここに来ようと思ったか分からなかったから。つい聞き耳を立ててしまったの」




本国人の令嬢が答えた。




「私はそんなこと気にしておりませんわ。こんな不思議な体験をすれば誰でもそうなりますもの」




南部人の少女も続けて




「そうですよ。私だってさっき訳も分からずこの部屋に入ってきたところをこの人に声をかけてもらったのよ」




令嬢は




「ここには連邦の色々なところから来た子がいるけれどあなたのような子は見かけないわね。名前はなんとおっしゃるの?」




アズサは答えて




「アズサ ヨウミョウです。生まれは東部の辺境で、こことはまるで別世界ね。あなた方はなんとおっしゃるの?」




令嬢は名乗って




「申し遅れました。私ビブリア トレランティウスと申します。生まれも育ちも本国首都でそれ以外の土地は全く知らないのよ。私にとっての別世界はあなたのお国ね」




南部人も


「セクンダ カニーニウスです。生まれは南部だけど3年前に親の都合で本国に来たの。今回はとんだ災難だったけれどあなたのような人に会えてうれしいわ」




 それから3人は意気投合して銘銘めいめいの身の上話や年ごろの娘らしくこの頃の流行りやら好きなもの嫌いなもの、取るに足らない悩みなど様々な話をして待ち時間は矢のように過ぎていった。


 アズサは久しぶりに同年代の娘と気が置けない会話をして大いに楽しみ、こんなに楽しい思いをしたのは中等部入学以来だと感慨に浸っていた。




 やがて受験者は450人ほどにまで増え試験が始まる時間になった。教員というよりは役人と言う雰囲気の男がやってきて、3人ずつ名前を呼ぶから揃って指定の部屋に来るように言った。受験生たちは3人1組で呼ばれて部屋に向かったがどうもそれはおおよそ待機時間中に一緒になっていた者同士であるようだった。 試験官はたまたま距離の近かった者を選んでいるのか、それとも何か理由があるのか。アズサは初めて能動的にテレパシーを用いてその真意を探ろうとしたがそれを知る責任者が近くにいないためなのか叶わなかった。


 目的は果たせなかったものの気味の悪い超能力の底が見えた気持ちになり、アズサは少し安堵した。




 アズサたちの順番がやってきて、当初の予想通りアズサとビブリア、セクンダの3人が呼ばれて部屋に入るように指示された。彼女たちが入るとそこには背広の三つ揃えが良く似合う細身の紳士と、連邦政府のバッジを付けてがっしりとした威厳のある初老の男が座っていて如何いかにもその男が責任者らしかった。


 初老の男は並の教員が生徒にするように自然な笑顔を作りながら言った。




「みなさん遠いところをはるばるご苦労様です。私はこの度新設される国立第三首都高等学校の学長を務めさせて頂くことになりましたポストゥムス コルネリウス スカプラと申します。これからみなさんが入学するにあたっていくつかの試験を受けて貰います。他の学校のそれとは少し勝手が違うかもしれませんがどうかご了承ください」




 アズサは例の厄介な力でこの男が自分の名前を偽っていることに気が付いた。しかしその理由は掴み兼ねた。なぜこの学校はその設立目的や責任者の名前すらも隠すのであろう?




 その後に行われた試験はおおよそ学校の入学試験とは思えないほど奇天烈きてれつであった。


 彼女らはまず初めにこの学校を知ることになった理由を問われた。アズサとセクンダは公募を見て、ビブリアはレイディオを聞いてと答えた。すると背広の試験官は様々な絵画や音楽を次々と見せながら公募を見た時と同じ印象を受けるものはどれか聞いた。3人とも答えは示し合わせたように同じだった。


 ポストゥムス学長は自分の仕掛けが上手くいったようで満足そうな顔を見せた。


 次に、同じ形をしていて見分けのつかない2つの立方体を見せられて手を触れずにどちらが重いか答えるように言われた。アズサが正答できたのは当然であるが、驚いたことに他の2人も同じ答えを選んで正解した。試験は3度行われいずれも正解であった。


 ビブリアとセクンダの2人は正解が分かってしまうことに戸惑いを隠せない模様であったが、学長にとっては想定の範囲内であるようで試験官に次の試験の準備をするよう指示をした。


 最後の試験はまさに超能力テストのような内容で、中の見えない箱にどのような道具がいくつ入っているか答えよというものであった。ここまであれこれの経験をしていたアズサはもう驚かなかった。試験は2度行われ全員正解した。学長もこれまでの受験者で不合格の者がほとんどおらず慣れていたのか、入学試験を全てパスしても特に動揺した様子は見せなかった。そして曰く




「みなさんお疲れさまでした。3人とも合格ということになりましたので晴れて我々の学校にご入学いただけることになります。正式な合格通知と説明会は後日ということになりますので説明会の告知を受付で受け取ってください。それではお気をつけてお帰り下さい」




ビブリアとセクンダの2人が一礼をして退室しようとしたとき、アズサは意を決して学長に言った。




「学長先生、僭越せんえつですがポストゥムスというお名前は本当のお名前ではないのではないでしょうか?」




 これまですべてが予定通りといった感じで顔の色を崩さなかった学長はそれを聞いて急に青ざめた。背広の試験官も思わずアズサを凝視した後に学長のほうを向いてその顔色を覗った。


 時間にしてみればほんの数秒であったもののずいぶんと長く思えた沈黙の後、学長はアズサの顔を直視できないまま絞り出すように問うた。



「それでは君…いったい私の名は何だというのかね…」



部屋中があっけにとられて何も言えない中、アズサはこの面の皮の厚い男の本性を引き出せたことを少々得意として丁寧に、しかしはっきりと答えた。



「本当のお名前はフロレンティヌスとおっしゃるのではないですか?」



「そうだ、その通りだよ君…まさか、いやそんなことが…あり得ない…」



 アズサたちには目もくれず、うつむいて独り言を始めた学長に代わって背広の試験官は部屋から出て行くよう目配せした。アズサは2人と一緒に一礼して退出し、会場を後にした。


 会場から市電の駅に向かうまで、3人は無言であった。ビブリアとセクンダはアズサがなぜ学長の嘘を見抜けたのか聞き出せずにいた。駅に着いた後、入学後はよろしくという簡単な挨拶をして3人は別れた。 





-登場人物等の紹介-




ビブリア トレランティウス カールス プルケル


 本作の主人公の1人。トレランティウス一門は代々連邦議会議員や高級官僚を輩出する建国以来の名門。本国首都で生まれ、現在の当主である父により薫陶を受ける。一族に世継ぎとなり得る男子がいるもののその英明さから次期当主となることが衆目一致である。6月27日生まれ




セクンダ カニーニウス


 本作の主人公の1人。南部のルジアニア属州の出であるが、材木商の父に連れられて本国に移住した。なお後述の理由により連邦市民権は保有していない。アズサ同様学校の公募の魔力に惹かれて首都の入学試験を受験しにやって来た。2月8日生まれ




フロレンティヌス コルネリウス スカプラ


 連邦首都に新設された国立首都第三高等学校(仮称)の学長。設立目的を明らかにせず受験生を募る上に名乗る上で偽名を使う等その行動は理解不能で多くの謎を纏う人物。


 元々は連邦文科省に勤めていて、その際に先進教育の実証実験として当該校の設立を進言したとされるが詳しいことは明らかになっていない。




背広の紳士


 今話では試験官として登場。フロレンティヌスの文科省時代からの右腕とも言われていて当校の設立にも大きく関わっている。




連邦首都


 連邦の首都で最大の都市、連邦本国の首都でもある。連邦の政治、経済の中心。人口はおよそ600万で2億4000万の連邦国民の40分の1、3000万の本国市民の5分の1を占める


 市政を敷いており市内には市電や鉄道が張り巡らされる他、地下鉄の各路線が目下建設中であり前市長の代から続く市街大改造計画で幹線道路の整備が進む。




連邦市民(連邦市民権)


 連邦の国政に参画する権利のことで本国人とそれ以外の属州人を分ける。両親のどちらかが連邦市民権を持つ子ならば無条件に与えられて、それ以外の人間にも本国で官職を定年まで勤めるか連邦政府が特に認めた者に与えられる。




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桃園日記 K TANABE @tanabe82006

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