第27話このままで、いいとは思えないから

「さて、ここでしんみりしていても仕方がありませんわ。屋敷に帰りましょう?」


ニノンがにっこりと微笑む。


「ここを満喫できた気がしたのはこれが初めてですわ……」


夕日はもう水平線の彼方に沈みかけていて、空の色はほとんど群青色に変わっていた。きらきら、星がまたたき始める。


「夜ご飯何にしましょうか」


「なにか屋台に買いに行きましょ?」


すっかり屋台料理が気に入ったリゼルが、一番に駆け出した。


「す、少し待ってくださいませ! リゼルったら本当に……ふふ」


ニノンがぐっとスカートの裾を持ち上げる。そして、意を決したように一歩踏み出した。


「ああ、楽しいですわ!」


ひらひら、彼女の髪が舞う。全てから開放されたこの地で。ニノンはリゼルとよく似ていた。その、鳥籠から解き放たれるのを望んでいるところが。



「んん~! このオムレツ、すっごくおいしいわ!」


近くに会った屋台で買った、野菜たっぷりのオムレツを一口食べてリゼルが目を輝かせる。どうやら人気の屋台料理の一つらしいが、リゼルは見たことがない。年中城にいたからだろうか? どちらにせよ、こうして新しい食べ物を知るのは楽しい事だ。


「何の野菜を入れても合いますの、帰ってから作ってみればよろしいわ?」


軽い食事にぴったりだと料理長も気に入っておりましたもの、とニノンが笑った。確かにこれなら簡単に作れる上に野菜も卵も食べられる。私って食べるの好きだったのかしら。こんなに美味しいものに出会ってしまってはもう、城の料理では満足できない気がする。大好きな人と一緒に作った温かい料理のほうが、たとえ簡素なものでも美味しく感じるから。


「ぜひ作ってみたいわ! ねえ、お母さん!」


「そうねぇ」


目を輝かせているリゼルをにこにこと眺めながらリアが返事をした。


「私もご一緒してもいいだろうか」


「はあ!?」


そんな突飛な申し出に、リゼルは思わず声を上げる。一緒に!? 料理を!? できるの!? 失礼な考えである。


「あなた、料理できるの?」


「野営するときに簡単なものは作るから、できないことはないだろう」


ああ、なるほど、と彼女はうなずいた。よく考えたらオスローは騎士団の団員なのだ。近衛騎士団だからほぼほぼここを離れることはないだろうが、たまにはそういうこともあるのかもしれない。


「それに、昔はよくしていた」


ふと、彼の顔が陰った気がした。昔。辺境の土地で暮らしていたとき……その話を、リゼルがオスローの口からしっかと聞いたことはない。いつか話してくれる時が来るのだろうか。この関係のままずるずると引きずっていれば、一生話してくれることはなく、彼はそのことを一人で抱え込んだまま生きていくというのだろうか。


「いいわ、あなたも来なさいよ。言っておくけれど、私のほうがきっとできるわ! なんたってお母さんの伝授ですもの!」


「ああ、なんて羨ましいの〜!! わたくしもうエルミュールに帰りたくありませんわ!」


「叔母上が心配されるぞ」


「野暮なこと言わないでくださいませ」


ピシャリとニノンが、オスローに強い言葉を浴びせる。だって帰りたくないのだ。やっと幸せになろうとしている従兄を放って、なんの報告も聞けないままのうのうと暮らしているのが嫌なのだ。ずっと幸せを願ってきたのは、誰よりもニノンなのに。


「なら、また来たらいいのよ、ニノンちゃん。ちゃんとね、たくさんお母様にお土産話をして差し上げて? きっと喜ばれるんじゃないかしら。それから、またここに来ればいいの。私達はいつだって待っているから」


「……ええ、そうしますわ。わたくし……わたくしも……」


波が寄せる音に乗せて。


「ちゃんと、向き合うべきなのよ……」



それから四人はもう一泊して、朝一番に馬車に乗り込んだ。帰り道も、行きと同じように長旅だ。


「もうこの緑ともお別れだなんて、嫌ですわ……」


はあ、とニノンがため息を付いた。本当はため息なんて行儀の悪いこと、人前でしてはいけないのだと教えられているのだけれど。もうこの面子では打ち解けすぎて、そんなこと忘れて肩の力が自然に抜けてしまうのだ。


「でも、本当に楽しかったわ! 私、こんな思い出を作ることができるだなんて今まで思ったことがなかった」


そよ風に吹かれながら、リゼルは少しだけ外に身を乗り出す。そもそもお姫様なんてものは大体城の奥にいて、外になんて出ないのだ。せいぜい中庭。リゼルは別に、そこまで反抗的な姫ではなかったから、こういうのは本当に滅多にないことで。


「これからきっと、たくさんできるわよ、リーゼちゃん」


ふわりと微笑んだリアにつられて、リゼルも笑顔になる。リアの笑顔は魔法だ。見れば自分も嬉しくなって、自分も笑顔になれる。ああ、そんな素敵な人のそばにいられて、自分は少し、幸せすぎやしないか。


「当たり前よ! お母さんと、色んなところに行きたいわ。また森にも行きましょう!」


眩しいほどの笑み。そんな太陽みたいな少女につられて、リアはいつだって心の底から笑うことができるのだ。


――――――――――――――――――――


はい。お久しぶりです。夏休み忙しすぎて二か月も更新さぼってしまった。大変申し訳ありません。ゆるゆる再開しようかなーと思っております。相変わらずこの作品は情緒ジェットコースター。

次の更新予定日は、九月十三日です!

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城出王女と近衛騎士〜王女様は嫁ぎたくないので城出することにした〜 森ののか @Nonoka_Ephemeral_Elfilion

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