第26話きっとあの子なら大丈夫

久々ですねえ


――――――――――――――――――


いよいよアディリィとの別れの時間が近づいてきた。初めてあったときはとても幼い子供がするような顔をしていなかった彼女は、今ではすっかり年相応の笑顔を浮かべている。しかし、日の傾きかけた空と、海の狭間を見つめると、またもとの笑顔の消え得た表情に戻ってしまっていた。


「そろそろ……帰らなければなりませんわね……」


ニノンだってこのために滞在期間を伸ばしたわけで、王都に戻ればもう、帰らなくてはならない。


「一気に寂しくなるわ」


やんわりとアディリィの髪を撫でて、リアはため息を付いた。アディリィをこのまま家になんて返したくない。母親からの仕打ちを知ってしまったというのに。このまま王都に引き取ることができれば、どれだけいいだろう。誰もがそう思っている。だが、アディリィはもうすっかり僅かな休息に満足して、母親の機嫌が治っていればいいな、と考えている。


「ね、アディリィ、私達のこと、忘れないでね!」


思わず涙が出そうなのをこらえて、リゼルは飛び切りの笑顔を見せた。またいつかどこかで会えるかもしれない。のぞみは薄いけれど、彼女がもう少し大きくなれば、ある程度自由が効くようになるかもしれない。どこかの家に嫁げば、そこで自由が得られるかも。


「もちろん! 私、今日ほど嬉しいって思った日はないもの!」


大きく手を広げて、破顔するアディリィ。つられてオスロー以外も笑顔になった。オスローはというと、彼も若干表情が柔らかい。


「アディリィ、帰るときは気をつけろ。なにかに巻き込まれることのないようにな」


珍しくオスローが心配の言葉をかけたので、リゼルは驚いて目を見開いた。


「あら驚いた、あなたにも心配するって気持ちがあるのね」


「人並みにはあると思うが」


「そう? わたしあなたがそんなに心配そうにしているところなんて……」


そこまで言いかけて、リゼルの頭の中にある記憶が蘇った。前にリアと一緒にいった森で、足を滑らせたときのこと。あのときのオスローはいままでに見たことがないぐらい必死な顔で、リゼルの名前を呼んでいて……


「〜、ないわ! ないわよ! あんなの知らないわ!」


急に真っ赤になってむきになるリゼルに、ニノンはすべて察した。あ、リーゼは前にオスローに心配してもらったことがあるのね、と。しかもきっと、かなりきゅんとする一場面だったに違いない。


「そのお話、後でゆっくり聞かせていただきましてよ……」


楽しそうなほほ笑みを浮かべて、ニノンはぼそりと呟いた。


「まあとにかくアディリィ」


オスローがアディリィの方に向き直る。そしてしゃがみこんで目線を彼女に合わせ、ゆっくりと彼女の頬を撫でた。


「またいつか。その時は今日よりもっと明るい姿を見せてくれ」


その様子は、さながら引き離されてしまう年の離れた兄妹のよう。アディリィとオスローはどこか似ている、とリゼルは思った。具体的にどこが、と聞かれれば、返答に詰まるが。


「じゃあそろそろ行きますね、私」


きらきら輝く水面を背に、その橙色の空に溶けてしまいそうな表情を浮かべて。


「さようなら、リゼルさん、リアさん、ニノンさん、オスローさん」


アディリィはゆっくりと、白い砂浜の向こう側へと消えていった。


「いってしまいましたわね……」


大人しくても、あまり子供らしくはなくても、小さい子供がいなくなれば随分静かになった気がした。きっと彼女以上に、リゼルとニノンが騒ぎ立てていたからだ。


「大丈夫かなあ……」


その声に心配をにじませて、リゼルが眉をひそめる。そんな不安になる彼女の頭を、リアがゆっくりと撫でた。


「あの子、そんなんじゃへこたれないと思うわ。いいことじゃないけど、世界の誰よりもお母さんのことわかってるはずだもの。だから、ね?」


「ん……」


そうやって彼女の温かい手の感触を甘受しているところに、もう一つ、彼女よりも大きな手が重なる。


「っな、」


驚いて、リゼルは振り返った。そこにいたのは、少し優しい雰囲気のオスロー。なれないぎこちない手付きで、リゼルの頭を撫でていた。


「何するの! あ、あなたに撫でていいなんて言ってないわよ!」


「だめなのか」


「別に、そういうわけじゃ……」


問われてリゼルは言いよどんでしまった。だって、心地いいのだ。この不器用で、剣を振るうためにあるような武骨な手に撫でられるのが。くすぐったくて、心が満たされるような……


「寂しくはなるが、私はこれからもいつもと同じようにリーゼのもとに来る」


「何言ってるのよ、別にいつもだって呼んでるわけじゃないわ! あなたが勝手にきてるんじゃない!」


そう、リゼルが呼んでいるわけじゃない。勝手に来て、勝手に次の日も来る約束になっていて、そろそろ仕事をくびにならないか心配なほどにいつもいつも。


「だが」


さらりとリゼルの髪に、オスローの指が通る。


「私はリーゼのところにいるのが心地良い……家族でもできた気分だ」


あ……と、リゼルの顔が陰る。確か彼の家にはなにか良くないことがあったような。家族、なんて言うけれど。血の繋がりのない家族ごっこの今のほうが、どうしてこんなにも毎日が愛おしくなるのだろう。


――――――――――――――――――


ええ。ちょっと精神面に問題があっておやすみしておりました。今日から再開します。

相変わらず情緒ジェットコースターで笑っちゃうなあ


次の更新予定日は六月二日です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る