第25話手が届かない、届きそうなのに
支払いを終わって、移動中。リゼルが今しがた買った首飾りを見て、嬉しそうに頬を緩める。
「ふふ、みんなでおそろいって感じがしてすっごく嬉しいわ」
「こんなことやったことなかったから新鮮ねえ」
引き続きオスローに抱き上げられているアディリィも、とびきりの笑顔を見せた。
「きらきら、綺麗です!」
そんな姿にリゼルは少し安心して、人知れずほっと息をついた。この笑顔は心の底から笑っているときのもの。無理して、何かを思い出すように作った笑顔ではない。だからこそ、いつまでもこの手の中に留めて愛情の中で育てばいいのにと思ってしまう。
「せっかく海に来たんだもの、今から行かない?」
そう提案すれば、みんな賛同してくれたので、昨日と同じく再び一行は海辺へと向かった。
ざん、と音を立てて、波が押し寄せる。白い砂浜は相変わらず柔らかくて、思わずリゼルはしゃがみ込んでその砂で遊び始めた。
「素敵ね、ここの風景って」
はるか遠くを見つめて、ぽつりとそうもらした。彼女の目の前に広がっているのは、何もない広い深い青。フォルカ王国にはない風景だ。太陽の光を浴びて水面はきらきらと輝いていて、まるで穢れを知らない。
「オスローが統治してるところがこんなにいいところだなんて思っても見なかったわ」
「まあ、これでも私が直接かかわっているからな」
大した自信ね、と思わず苦笑してしまった。それから、彼が立っているであろう後ろを振り返って、動きを止めた。まるでこの海のように深い深い青に、心を奪われてしまったから。こんなに自分のことを惹きつけておいて、絶対に手の届かない存在。それはもちろん二重の意味で。不愛想なくせにアディリィを気遣って、まるでその姿は親子だ。彼はいったいどんな家庭を築くのだろう、と考えれば、心臓がずきずきと痛み出してしまった。
「あなた、ずるいわ……」
ニノンやリアはとっくにアディリィと水遊びを始めている。なのにこの空間だけ時空のはざまに取り残されたかのように動かない。動けない。
「変じゃない。どうしていつまでも私にかまうのかしら」
あなたにとってはただのそこらにいる平民の癖に。素直に言えない自分には少々腹が立つが、この際その責任はオスローに押し付けてしまおう。
「おかしな人」
「それは、そちらのことだと思うが」
突然のことに、リゼルは思わず目を見開いた。というのも今までただ突っ立っていたオスローが、いきなり自分の前にしゃがみこんだのだから。目の前に突然美しい青が現れて、驚かないわけがない。
「な、何するのよ! いきなり前出てきて、驚かさないでちょうだい!」
「む」
自分ばかり翻弄されていて、本当に馬鹿みたいだ。この人は何も考えていないのに。散々視線を泳がせた後また彼を見上げれば、やっぱりその瞳に心を奪われる。そっと彼の手が彼女の髪をすくって耳にかけた。
「いけなかったか?」
「そ、ん、なこと、言って、な、い、わ……」
ずるい。この人はずるい。世界で一番。決して手に入らないのに、すぐに届きそうだと勘違いしてしまいそうになるから。
「あなたたち、そんなところで何をしていらっしゃいますの? 今アディリィと遊んでおかなければもう機会はありませんのよ」
ニノンに声をかけられ、リゼルは慌てて立ち上がった。そうだ。今はこんなところでしんみりしている場合ではない。アディリィはもちろんニノンとも、一緒にいられる時間は限られているのだ。
「そうね、アディリィ! 私とも遊びましょう?」
ぱっと立ち上がって、彼女はアディリィに駆け寄る。それを見届けてからニノンは、とりあえず立ち上がったオスローを見てため息をついた。
「その無表情、どうにかなりませんの?」
「残念ながら」
返答を聞いてニノンは追加でため息をついた。
「そんなに消極的でしたらなにも伝わりませんわ。無駄なことは考えずに気持ちを前に出せばよろしいのに」
「もともとこういう顔だ」
そういうことじゃないのだけれど、とニノンは落胆する。現状、お互いの気持ちを知っているのはニノンだけである。それがゆえに彼女にとってはどうにも二人がもどかしくて仕方がない。きっとそれは余計なことばかりを考えているせいだ。
「奥手すぎるのも考え物ですわ。せっかく初めて気にかけた方ですのに」
「だが私には!」
思わず大きな声を出してしまい、オスローははっとして、声をおさえた。
「私には、」
「もったいないことをなさったこと。あれは嫌気がさして折れた貴方のせいですわ。どうせまだなにも話が進んでいないのですから、やめてしまえばよろしいのに」
変に責任感があるのも困りものですわね。そのニノンの言葉に、オスローは何も返すことができなかった。その代わり、残ったのは後悔。それから、自分が背負う、大きな責任。
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ニノンちゃん好きだなあ……
次の更新予定日は二月七日です
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