Life Spring Infinity
「お手伝いありがとうございます」
緑青の色をしたおさげを揺らして、そいつは頭を下げた。
「暇だっただけだ」
俺はかぶりを振って、目の前にある巨大な箱の中を覗き込む。そこには巨大な歯車が何枚も噛み合わさっているが、今はその上に、大量の廃棄品が折り重なっていた。金属製の防護服や、銃のマガジン。そのどれもが、役目を終えたサルベージャーの装備品だった。ついさっき、ナナミと俺がこの部屋まで運び込んだものだ。
「危ないので、下がっていてくださいね」
ナナミの声に応えて、俺は数歩、後ろに下がる。それを確認して、少女の姿をしたアンドロイドの小さな手がレバーを操作した。それに応えるように、巨大な機械が唸りを上げ始める。これが何のために用いられるものなのか……説明は受けていないが、わかってはいた。そのつもりだった。
金属のひしゃげるやかましい音が、やがて機械の内側から響き始める。それがまるで最期にあげる悲鳴のように思えて――俺の脳裏に、いつか見た光景が再来した。戦友の一人が、巨象ほどもある自律式多脚戦車に踏み潰され、想像もできぬ苦痛に絶叫する。やがて彼は白目を剥き、血反吐を吐いて絶命し――。
「……ッ」
不意に視界がぐらついて、俺はその場に倒れ込みかける。それを、少女の細腕が平然と受け止めた。
「大丈夫ですか!?」
「……ああ、すまん……」
心配そうに見つめる人造の瞳に、青褪めた俺の顔が映る。バツの悪さを隠そうと、俺は務めて軽薄に言った。
「相変わらず馬鹿力だな」
わざとらしいほどに子供っぽく、ナナミが頬を膨らませる。
「もうっ。女の子にそんなことを言ってはいけませんよ」
「……褒めたんだよ」
ナナミから体を離して、機械の方を見遣る。破砕機は沈黙していた。異変に気づいたナナミが一時停止させたのだろう。面倒をかけてしまった。
「お前は怖くないのか?」
俺がふと口にすると、ナナミが首を傾げる。
「怖い……?」
「……多少はあるだろ。こんな物騒なモンに、もし自分が飲み込まれたら、とか」
「勿論、そうならないよう安全には気を遣っております。ですが、大事な仕事仲間でもありますから。皆様のおっしゃるような恐怖心を抱いたことは御座いませんよ」
「仕事仲間?」
「ええ。彼もナナミと同じですから」
錆び付いた破砕機の筐体を、ナナミの指が優しく撫でる。俺の方を振り返り、彼女は可憐に微笑んでみせた。
「それに……いつか、ナナミもお世話になるのです」
その言葉が意味するものに、俺は戦慄する。
「……何ふざけたこと言ってんだ」
「あっ、そうですね。勿論、外装や髪などについては、先に分別の必要はありますけれど」
「違うッ! そんなこと、この船の奴らが許すと思ってんのか!」
俺が声を荒げた事に驚いたのか、ナナミは目を丸くして――それから、困りきったように俺の方を見上げた。
「……では、どうしたらいいのですか?」
「どうする、って……」
「ナナミはこの数年間、ずっと15歳の女性を模した姿のままここにいます。ですから、もしかしたら、永遠の存在であるかのように錯覚されることもあるかもしれません。でも、ナナミにだって皆様と同じように、死があるのです」
当たり前のことだった。実際俺も戦場で、この廃都で、いくつも彼らにそれを与えてきたはずだった。だが、それを面と向かって口に出されたことで、俺は雷で打たれたような衝撃を受けていた。
「Armstrongナンバーアンドロイドの耐用年数は一般的に20年から30年とされています。人型筐体としては非常に長くはありますけれども、それでも人間の皆様の寿命に比べれば半分程度です。それに、交換用の部品も殆どが現存しておりませんし、何か致命的な故障が生じれば修理のしようがありません。勿論、この回路が焼き切れるまで、ナナミは皆様のお役に立ちたいと思ってはおりますが……その時間は、無限ではないのです」
「だからって……スクラップにする必要は……」
「でしたら、博物館の展示品のように、機能を停止したナナミをずっとこの船に安置し続けるのですか? 何も出来ずに永遠と重荷になるなんて……ナナミはその方が、ずっと恐ろしいです」
俺の手を、優しく包み込むように握って、ナナミは微笑む。
「忘れられてしまっても、ナナミは構いません。ただ過去に、皆様の喜びに寄与することができていた……その事実だけで、十分です」
この――「馬鹿」がつくほどに健気な機械に、俺は何を言うべきかわからず、ただ、黙り込んでいたのだ。
「……仕方ないわよ、それは」
俺の隣で欠伸をしながら、明るい夜の色をした女は言う。
「アンドロイドの倫理観が完全に人間と一緒だったら、業務の遂行に少なからず支障が出るでしょ。確かに私達から見たらズレを感じるかもしれないけど」
「……そう思うように仕向けたのも人間なんだろ」
「……まあね。確かに少なからずエゴは感じる、け、ど……」
カグヤはしどけなくベッドの上に身を投げ出した。艶やかな髪と、純白のネグリジェの裾が、月の重力でふわりと宙に舞う。由来もわからない華やかな香りが、周囲に広がる。……それから琥珀色の瞳が、冷ややかに細まって俺を捉えた。
「あなただって一緒じゃない?」
「一緒……」
「あなた、昔言ったじゃない。背中を預けはしても、気を許すような存在じゃないって。エルが同じこと言ってたら、多分そこまでショック受けなかったでしょ。ナナミちゃんが可愛い女の子の形で、付き合いも長いから……そんな気持ちになったんじゃないのかしら」
「……」
その指摘は、おそらく図星を突いていた。俺が俯くと、カグヤは悪戯っぽく微笑む。
「……あなたのそういう内省的なとこも、好きよ」
「……そうかよ」
カグヤはもう1つ欠伸をして、天井を睨みつけた。まるでその先に、憎むべき何かがいるかのように。
「けどやっぱり、気に食わないわね」
「……ナナミがか?」
「馬鹿、んなわけねぇでしょ。もっと根本的な話よ。何もかもが有限って事」
わけもわからず沈黙する俺に構わず、カグヤは滔々と話し続ける。
「物事には終わりがあるから美しいなんて、私はクソ喰らえだと思うの。命に限りがある事だって納得してない。自分が成し遂げたことは自分で最後まで見届けたいし、誰かに自分の後を託したいとも思わない。死後に訳知り顔して神が出てきたりするなら槍の1つも喰らわしたいくらい。そんな気はさらさらないけどね」
「……相変わらずだな、お前は」
「単なる愚痴で言ってる訳じゃないわよ。私は永遠になりたいの」
俺は、寝そべるカグヤの横顔を見つめた。初めて出会った時から少しも変わらない、輝くばかりに純粋な美しさがそこには、確かにあって。俺は馬鹿馬鹿しくも、うっすらと思った。――この女なら、本当に。
「神にでもなろうってのか?」
俺が嘯いたその時、白い腕が伸びて、俺のシャツの裾を掴み、引き寄せた。ベッドに倒れこんだ俺の目の前に、あの、同じ人間であることすら疑うほどのかんばせが迫った。
「その時は、あなたも一緒に連れて行っていい?」
囁いた彼女の指先が、俺の頬を撫でる。決して短くはない時間を共に過ごしているのに。その吐息が、体温が、上等なアルコールみたいに芯まで惑わすのを感じた。
「悪くないと、思う」
取り憑かれたように呟く俺に向けて、可憐な花が綻ぶ様に、月の人は笑った。
ツキノヒト-fragment of lunarian- 鍵虫 @Neo-teny14
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