僕は私

黒井らて

僕を愛して

 僕は、人には言えない秘密がある。

親にも言ってないし、親友にさえ話せていない。

怖い。

それを知った相手の、私に向ける目が。

私は明かさない。

けれど、明かしてしまうかもしれない。

人が息を吸うように、当然のように言ってしまうのかもしれない。

 心地よい風が吹く夏の日のことだった。

中学3年生という、人生の小さな分岐点に立つ僕達からすると、欠かせない行事が始まろうとしていた。

それは、学園祭である。

今年で離ればなれになってしまう僕たちは、去年とは比べ物にならないほどのやる気に満ちていた。

あるものは、リレーで一位を取ると意気込み、あるものは、これを機にかわいい子とお近づきにと、邪な気持ちで臨もうとしていた。

僕はというと、正直どうでもいい。

どのブロックが勝とうが、どんなカップルが生まれようが、微塵も興味ない。

ただ、学園祭マジックというものには興味がある。

学園祭という特別な行事に酔って不思議と告白が成功するという面白いものだ。

なぜ興味があるか、それは気になっている人がいるからだ。

これが恋愛感情なのかどうかわからない。

ただ、一緒に会話をしていると、心が満たされてしまう。

どうしようもないほどに。

自分ではどうにもできなかった不安定な僕を、安心させてくれる。

僕はもっと近づきたい。

あの人のそばに。

近づいて、僕自身のことを忘れさせてほしい。

この醜い心の歪みから。


僕には仲のいい子がいる。

進藤春という。

去年から一緒のクラスで、学校でも話すし、家に帰ってからもメールでやり取りをするくらいには仲がいい。

そして、彼女はきっと僕のことが好きなのだろう。

僕から話すこともあるが、基本彼女から話しかけてくるし、何かと恋愛がらみの話をしてくる。

ただの世間話ならそうは思わないのだが、必ず恋愛の話になると、僕に彼女ができたか聞いてくる。

 「ねぇ、順平はさ、今年の学祭はどうする

 の?」

春が僕の前の席に座り、聞いてくる。

 「どうするって何が?」

 「ダンスよ。ダンス」

たしかに、うちの学祭では、全ての催しが終わると、最後にキャンプファイヤーの周りでダンスをする。

そしてそのダンスでは、必ず男女二人でペアを組み、踊らなければならない。

恋愛に飢えている中学生への、生徒会の粋な計らいなのだろう。

 「もし順平が踊る相手を決めてないなら、私と踊らない?」

春はそういうと僕の顔に近づき、両手を合わせてお願いをしてきた。

僕は断る理由もないので、そのお願いを了承した。

春は一緒に踊れると喜び自分の席に帰っていった。


 僕は喜びに満ちている。

いや、それよりも胸の高鳴りが大きいようだ。どうやら恥ずかしいらしい。

一緒に踊れるということだけでここまで喜んでしまうのかと、少し自分の心の単純さを笑った。

これから学祭期間であの人と一緒にいられる時間も増える。

そう考えるだけで口角が上がってしまう。

だけど、学園祭が終わってしまえば、またもと通り。

今までと何ら変わらない日々に戻ってしまう。しかも、僕たちは三年生、高校受験がある。勉強が忙しくて遊びになど行けないだろう。あの人は頭がいいから、きっと遠くの高校へ行ってしまう。

そんなのは嫌。

やっぱり、この学園祭でどうにかするしかない。


 そんなこんなで一週間の時が過ぎ、残り二週間。

時がたつのは案外早いものである。

といっても、たかが中学校の学園祭なので、

用意するものも少なく着々と進んでいる。

春との進展はというと、一緒に文化部門発表用の小道具を作ったり、ダンスの練習をしたりしている。

そして今週の土曜、一緒に映画を見に行こうという話になった。

特別見たい映画もなかったのだが、折角春が誘ってくれたので、いいよと頷いた。

そのあと気がついた。

これはデートというものなのではないかと。

日に日に増していく、春が自分のことを好きなのではという疑問と、

逆に考えてしまう、僕は彼女のことをどう思っているのかという疑問が、頭の中で、洗濯機に入れられた、洗い物のように、ぐるぐると渦巻いている。

そして一つ悩んでいることがある。

告白のことだ。

自分のポリシーとまではいかないが、告白はこちらからしたいと思っている。

こちらから告白したいと思える相手でなければ、

付き合っていける自信がないからだ。

ただ、厄介なことにそこにまた問題がある。

恋愛感情というものがわからない。

どんな気持ちになれば好きだと言えるのかもわからないし、心がときめくといった、感情に出会ったことがない。

じゃあ春のことはどうなんだというと、これもわからない。

一緒にいると、ほかの女性といるより楽しいということぐらいしか、わからない。

それが好きなのでは、という人もいるのかもしれないが、本当にこの感情がそうなのかと、疑問を抱いてしまう。

ただ、言えるのは、今のところ告白する可能性があるとすれば、彼女だけである。

そんな悩みを抱えながら迎えた金曜日の夜、春からメールが届いた。

(明日、楽しみだね。僕もだけど寝坊しちゃだめだよ!)

といった簡単な文章であった。

でも、どこかかわいらしくて、頬が緩んでいた気がする。

普通に返事をすればよかったのだが、ふと気になったことがあったので、こう返事した。

(そうだね。折角の映画がもったいないし、気を付けないと。あと、僕って打ち間違い?私じゃない?)

春は、

(ごめん、うちミス!なんでこんな間違いしたんだろう!じゃあ私寝るね。おやすみ!)

といったので僕は、

(うん。おやすみ)

といってベッドにもぐりこんだ。


 明日楽しみだな。

二人で出かけるなんて初めてだし、緊張しちゃうな。

やっぱり気にしているかな、あの事。

いいや、気にしてもしょうがない。

明日思いっきり楽しもう。


 次の日、僕は三十分早く映画館に付いた。春の姿は見当たらない。

三十分早いのだから仕方ないと思った矢先、

 「順平、来るのが早いね!ごめんね。またせちゃった?」

走ってきたのか、呼吸が乱れている。

 「いや、俺も来たとこだよ」

と、彼氏でもないのに、それっぽく言ってみる。

じゃあ行こうかと、春は朗らかな足取りで、映画館に入っていく。

今日見るのは恋愛映画だった。

人に言えない秘密を持った女性と、優しい主人公の物語である。


 見終わり春のほうを向くと、泣いていた。

その泣き顔を見たとき、何とも言えない気持ちがした。

 「感動したの?」

と聞くと、

 「ううん最後のヒロインが報われなくて。」

悲しいの。

といいたそうな顔をしている。

たしかに、結局ヒロインは主人公に明かした秘密が受け入れられず、結ばれることはなかった。

そんなヒロインに、同情しているのだろう。

僕も、あんなことで断った主人公に腹が立った。

しかも、なぜかわからないが、主人公のことが頭に浮かぶたびに嫌悪感が増していく。

春と行けたのは楽しかったが。

映画の内容のせいで、あまりいい日にはなれなかった。

その日の晩、春からメールが届いた。

(今日はごめんね。楽しい一日にしようと思ったんだけど、映画の内容が悲しい話だと思わなくて)

(全くもって大丈夫だよ。)

(変なこと聞くけどさ、もし私が秘密を隠していたとして、それが人付き合いに対してあまりいいことじゃなかったらどうする?)

(どうもしないよ。春は春なんだから僕は気にしないし、どんな秘密でも受け入れると思うよ)

(そっか、順平は優しいんだね)

(優しくはないよ)

(ううん。順平は優しいよ)

(悪い気はしないし、素直に受け取っておくよ)

(今日はありがとう。おやすみ)

(こちらこそありがとう。おやすみ)

そんなこんなで、楽しいような悲しいような一日は終わった。


 今日は楽しかったな。

一緒に、映画を見られて。

映画の内容は悲しいものだったけど、それ以外はとても楽しかった。

秘密か。

あの人にも秘密はあるのかな。

僕もいつかは言わなくちゃ。

いつまでだって隠していたら何も始まらない。がんばれ私。


 何もないまま日曜が過ぎ、一週間が過ぎ、二週間目も過ぎた。

いよいよ本番前日。

最後の学園祭に臨むにあたって、しっかり準備をしてきた。

ここまで来たらあとは、楽しむのみ。

春ともいっぱい楽しもう。

 学園祭は順調に進み、一生の記憶に残るかもしれないほど満足のいく達成感であった。だが、人生はそううまくは事が運ばなかった。

僕はあの映画の日から、心に決めていたことがあった。

告白。

恋愛感情は分からない。

そういった。

しかし、だからこそ一回気になる人と付き合ってみて、確かめてみるべきだと思った。

フィナーレを飾るダンスが終わり、僕は、春を人気の少ない場所へ呼んだ。

そして、僕は告白を、しようとした。

だが少し沈黙したのちに先に口を開いたのは、春だった。

 「あのさ、この前話した秘密なんだけど。」

僕は黙っていた。

 「実は本当にあるんだ。」

僕は沈黙を貫く。

 「それはね。」

春は緊張しているのか、手を強く握りしめている。

 「私、Xジェンダーなんだ。」

一瞬、思考が停止した。

たぶん、聞きなれない単語を聞いたからだろう。

でも、聞いたことはある。

たしか、女性か男性か定まりきらない人のことだとか。

 「急でわけわかんないと思うけど」

春の声は震えている。

 「僕、こんなだけど君が好きなんだ」

緊張してか、主語が変わってきている。

 「僕は、君といるときが一番好きで」

涙が流れている。

 「でも、僕普通じゃないから」

顔を両手で隠した。

 「誰にも言ったこともなくて」

 「もう、大丈夫。」

僕は、春を優しく包む。

 「春は春だから」

そういうと、春は泣き崩れた。

それもそうだろう。

今まで隠してきて、平穏に暮らせていた生活を危険にまでさらして、告白したのだから。

僕に嫌われるかもしれない、そう言ったことだってあり得た。

だから僕は受け入れる。

君のそんな勇気を尊重して。

ただ僕は思ってしまった。

普通ではないと。

そして思い出した。

あの主人公を。

秘密を受け入れられずに逃げた主人公を。

きっと僕も彼と同じなのだろう。

僕は受け入れた。

けど、彼と同じことを思った。

そして一度、君を否定した。

そんな僕が君を幸せにできるのか。

わからない。

でも、できるかじゃない。

幸せにしないといけないんだ。

そう思った。


私であり僕である君を。

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僕は私 黒井らて @kuroirate

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