第69話


「氷の刃よ、彼の者を切り裂け!」


初めに動いたのはアイシャ。

先に作り出した自分の世界を、ジルを仕留める為だけに作り替えていく。

触れるだけで肌が裂けそうなほどに鋭い氷の刃がジルを容赦なく囲う。


「まずは小手調ってところか?」


さっきの戦いではお互いにグエンを巻き込みすぎないように省エネで戦っていたからか、ようやくエンジンが温まってきたというところか。


左右上下から繰り返し遅いくる刃を時にいなし、時に横から叩いて砕き、時に正面から切断する。


舞台の中央で氷の礫を舞い散らしながらも怪我の一つも負わない姿はまるで舞いでも踊っているかのよう。


「いいな、段々と温まってきた」


刃をいなしながらジルは呟く。

この攻撃が自分に通じないことはアイシャにもわかっているはずだ。

だからといって無駄というわけでもない。


この氷の刃にはジルの体を傷つけ得るほどの魔力が練られている。

それがわかっているからこそ、ジルはこの止む事の無い攻撃を捌き続ける。


「そう? それじゃあ、次ね」


アイシャが呟くと同時、多数の茨が生えてくる。


「…これか」


先程の試合で使われていたものと同じ魔法。

けれども、この魔法も同じようにジルを傷つけられるように魔力が込められていた。傷つけられたが最後、体温を奪われ低体温症になる。


ジルは茨に当たらないように高速で動きながらアイシャに肉薄する。


「もらった!」


アイシャが目で追えるかどうかの速度。これで終わりかとジルは思っていた。

今までのアイシャだったらその通りだろう。


「甘いわ!」


アイシャが右手に生み出したレイピアでジルの剣を弾く。

ジルはそれに目を見開くも、アイシャは涼しい顔で笑っている。


前まではこの速度についてくることはできなかったのに。

アイシャも成長しているということか。


ジルも同じように笑う。


それから数度切り合う。

ジルが攻撃し、アイシャが弾く。

度々アイシャが魔法を絡めて反撃し、ジルはそれを避ける。


が、このままではジルが勝つこともアイシャが勝つこともない。


では、どうするか。簡単な話だ。


「少しギアを上げるか」


ただ単純に魔力の強化率を上げる。

物理的に動きを早くし、自分が攻勢に出るための余裕を生めばいい。


「ふふ、まだまだ始まったばかりじゃない」


そう早く決着をつけることもないでしょう。

そう言いたげにアイシャは笑い、次の魔法を発動する。


ジルが攻勢に出ようと足を踏み出した一歩。その一歩目を踏み出した瞬間に視界が闇に閉ざされた。


「ふうん?」


「まずはお手並み拝見といったところね」


アイシャはジルを氷のドームで覆った。

そしてそのドームの内側に向けて全方位から鋭い氷の礫が飛び出す。


目を開いても閉じても変わることのない暗闇の景色。

その中で飛び交う無数の礫。しかもご丁寧に風の抵抗を減らすために厚さを薄くしている。


「…悪くはないな」


だが、それでもまだジルには届かない。


そもそも、王国を裏側から守ってきた影に生きている家の一員であるジルが暗闇になった程度で視界が効かなくなるということはない。


なのにどうしてアイシャがこんな方法でジルを攻撃したのかわからなかったが、とりあえずは飛んでくる礫を弾き飛ばそうと剣を持ち、礫を弾いた瞬間ジルは自分のミスを悟った。


「あいつ…本当に性格《たち》が悪い!!」


弾いた瞬間、微かに散った火花。同時に鼻をつくような嫌な匂いがしたと気づいた瞬間、爆炎がジルを包んだ。





「やっぱりそうすると思ったわ。今まで氷の魔法しか使っていなかったからそこまで警戒していなかったわね」


轟音が響き渡り砕け散った氷のドームを見てアイシャは自分の作戦の成功を感じた。

これがジルに効くかどうかはわからないが、効かなかったとしても時間稼ぎとしては十分だ。


「…ああ、最悪の気分だよ」


「あら、無事だったのね? よかったわ」


「白々しいこと言いやがって…!」


アイシャが仕込んでいた魔法。

氷の礫はただの水で作られたものではなかった。


周囲を囲んでいた氷のドーム、そこから生み出された氷の礫。それらは引火しやすい液体を元に作られていた。

それが、高速でジルの下に飛んでくる。ジルは基本的に攻撃に関しては全て逸らすか、躱すか、それとも弾くか。


ジルの周りに守るべき人がおらず、簡単なゲームのような攻撃であれば弾く可能性が高いと踏んで今の作戦を立て、実行し、成功した。


けれど、結果は失敗。


黒煙の中から現れたジルは傷一つついていない。髪の毛からは多少焦げ臭さを感じるが、それ以上は特に問題はない。


「強化が間に合ってなかったら大分痛いことになってたぞ…」


「あら、それがジルを倒すのに一番の難問だもの。あなたのその異常な反応速度をどうやって突破するか…まあ、結果は失敗だったわけだけど」


できることなら今の攻撃で戦闘不能とまではいかなくても怪我の一つくらいは負わせておきたかったというのがアイシャの本音だ。


ジルの異常な反応速度を突破するための作戦が失敗し、警戒レベルが上昇した今、先程のような不意打ちはもはや通用しない。


となれば、正面から突破する他ない。


「それじゃあ、第二回戦といきましょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王女の影騎士 くろすく @kurosuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ