第68話


それからグエンの猛攻が始まった。

存在を消す魔法をジルとアイシャの両方交互にかけつつ、意識を撹乱、そして転移で二人の隙をついて攻撃をする。


その度にアイシャは氷の属性強化で身に薄氷を纏い防御し、ジルは超人的な反応速度でなんとか回避し続ける。


ジルとアイシャ、どちらがグエンと相性が悪いかと言われると、現時点ではジルになるのだろう。

それが明らかなので、グエンもジルを中心に狙いつつアイシャには牽制をする程度だ。


その理由の最たるものが、グエンの攻撃力不足。

グエンのメイン武器は普通のナイフ。それでは、アイシャの属性強化を貫くことができないのだ。

しかし、ジルはアイシャの属性強化を貫いて攻撃することができる。


予期せず、最終戦は相性の部分でも三つ巴になったというわけだ。


アイシャが攻撃すればそれにジルが負けじと対応し、そうかと思えばその隙をついてグエンがジルに攻撃、そこで生まれたグエンの隙をまたアイシャが狙う。


三者ともお互いに高度な戦闘技術を持っているからこその戦い。


しかし、その戦いもそこまで長くは続かなそうだった。一番初めに限界が近いと感じ始めてきたのはグエンだ。


それもそのはず、彼は常時二つの魔法を連続で使い続けていると言っても過言ではない。

アイシャやジルのように人並み以上の魔力を持っているのならいざ知らず、魔力消費の少ない特化型だとしても魔法の連続発動は消耗が激しい。


(どうして、こんなに動き回っているのに、有効打が与えられないんだ!)


グエンの焦りが徐々に見え隠れし始める。


「そろそろ息切れかしら?」


まだまだ自分は舞えると余裕を見せるアイシャ。

焦りから攻撃は単調になり、戦いの初めの頃のように多彩なフェイントはなりを潜めてしまった。


「自分で言うのもなんだけど、よく持った方だと思うよ。俺も何回かヒヤリとした場面があったしさ」


そうは言いつつも、危なげなく全ての攻撃を対処し続けるジル。


「っはあ、はあ…正直、自分っ、でも…そう、思います」


既に肩で息をして魔法を使う体力すらなくなりかけているグエン。

酷く眠い。息切れもしているしこのまま泥のように眠ってしまいたい。

グエンが日頃眠そうにしているのは、魔法を使うと眠気が襲ってくるからだ。


それは特化型の宿命と言ってもいいもので、特化型は魔力が比較的常人より少なく、それを回復させるためにすぐに眠気が襲う。

それでもグエンが魔法を使うことができているのは、単に消費する魔力量が少ないことと、彼個人の精神力によるもの。


それがわかっているジルとアイシャはグエンに素直に称賛の目を向ける。

口に出して言うようなことはしないが、態度がそれを表している。


「本当にここまでよく頑張ったと思うわ。けれど、それだけではまだ私たちには届かないわ」


その言葉と同時に、アイシャは本日二度目のニブルヘイムを発動させる。

会場に再び現れた銀世界。


それを避けることができずにグエンはまともにくらう。

決して温情をかけることを良しとしない白が、彼の体温を容赦なく奪っていく。


アイシャがわざわざニブルヘイムを発動させたのは、ここまで頑張った彼への褒美のつもりだった。

彼は強い。戦う場によってはアイシャもジルも負ける可能性がある。が、大きな弱点があった。


ニブルヘイムはそれを突く最たるものの一つ。

広範囲を無差別に攻撃する魔法。しかも逃げ場はほとんどない。


こういう魔法にも対応ができないとこれから先は生き残ることはできないのだと体で教える。

現にジルはニブルヘイムをただ魔力で体を覆うことで対処している。


そもそもただの魔力でニブルヘイムに対応していることすらおかしいし、アイシャには到底理解ができないのだけど、できてしまっている以上認めるしかない。


「お疲れさま」


その一言がグエンの耳に入っていたかどうかは彼にしかわからない。

その一言と同時に、彼は医務室へと強制的に転移された。





白い世界で、この場にはジルとアイシャの二人だけ。

最初からほとんどわかっていた。


今この会場に、自分とアイシャに匹敵するような相手はいないだろうと。

今この場に、自分とジルだけが互いを敵に成りうる存在だと理解していると。


実際に敵になるようなことはまずない。が、お互いに譲ることのできない矜持がある。


ジルはアイシャを守る騎士だ。絶対に抜かれてはならない盾であり折れることのない矛だ。故にそんな自分より主人が強いだなんてことは認められない。


アイシャはジルを支えるために強くなった。それは、自分とジルの関係を周りに認めさせるため。ジルがいなかろうと自分は負けないのだと証明するため。


お互いがお互いに負けるわけにはいかないと思っている。

だからこそ、この試合は全力で臨むと決めていた。


「私が先に場を作ってもよかったのかしら?」


「心配するなよ。それくらい丁度いいハンデだ」


有利な条件でごめんなさいとアイシャが言えば、それくらいでも自分が負けることはないとジルが軽口を叩く。


いつもの二人のようでいて、少し違う。


「…まあ、そのハンデもいつまで保つかわからないけどな」


ジルの周囲では雪が溶け出していた。彼の纏う魔力の濃さに、アイシャの魔法が負けているのだ。


「本当、嫌になるわね。それ、反則じゃないのかしら?」


アイシャのように場を作って自分が優位になるように進めていく魔法使いにとって、そもそもそんな場を無効化してしまうジルのような存在は天敵だ。


「でも、それくらい本気でやった方がお前も嬉しいだろ?」


ジルが不敵に笑う。


悔しいけどその通りだ。

今の状況は、ジルが自分と戦うつもりでいることの証。


「そうね、やっとここまできたと言ってもいいかもしれないわ」


長かった。こうしてジルと対峙するまでに10年はかけてしまった。

彼に追いつくのかと不安になった時もあったし、血反吐を吐くような辛い思いもした。

それほどに辛かったが、ジルはそれ以上に過酷な修行をしてきたことを知っている。だから、アイシャは弱音を吐かなかった。


父に止められても、兄に邪魔をされても、ジルと一緒に歩もうとすることをやめなかった。その結果がもうすぐわかる。今、この瞬間が集大成だ。


「邪魔は何もない。舞台は既に用意された。俺らがこんな風に戦える機会なんてそうそう無い」


王女とそれに仕える騎士。

そんな二人が大手を振って戦うことのできる数少ない場。

観客は充分、お互いが力を見せ合いお互いを認めさせたい。


ジルは自分がいれば大丈夫。敵は全てねじ伏せ、アイシャに危険が及ぶことはないと。


アイシャは自分はついていけると。護られるだけの存在ではなく、隣に寄り添うことができるのだと証明したい。


「だったら今、ここで全力をぶつけるわ!」


「ああ! 心置きなくやろう!」

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