第67話


ジルは氷の薔薇に取り込まれつつ状況を黙って観察していた。

特にグエンが使っていた魔法。あれは使い方によっては誰であっても殺すことができる可能性を持っている。


目の前に人がいても一瞬で気配を感じることができなくなる魔法。暗殺者にはピッタリじゃないか。

見たところ対象は一人らしいけれど、悪くない。


「あらジル、そんなところで固まっていてどうしたの? まさか、それで終わりなわけじゃないわよね?」


「そんなわけないだろ」


ジルは氷の薔薇をまるで何も感じていないかのように壊して抜け出す。

もともと捕まえる用に使用された魔法だったからか、殺傷力はなく怪我することはなかった。


けれど、簡単に抜け出すジルをアイシャは面白く思わなかったのか、不満を顔ににじませる。


「即席だったとはいえ、そう簡単に抜け出されるとなんだかおもしろくないわね…」


「例え即席だったとしても、俺の動きを一瞬でも止めることができるのはすごいと思うけどな」


「…もう、仕方ないわね。それにしても彼の魔法、おもしろいわね。目の前にいたはずなのにまったく認識できなくなったわ」


「へえ。やっぱりそうなのか」


認識できなくなった。ということは気配を消しているのか、こちらの意識をいじっているのか…どっちかわからないな。


「…そっちは、一瞬であんな魔法を使うことができてすごいね」


グエンが声を出した瞬間、アイシャがぴくりと反応した。

なるほど、解除条件の一つは声を出すことなのかもしれないな。


「これくらい、頑張れば誰にでもできることよ?」


「…少なくとも僕にできないね」


グエンの使用できる魔法は二つしかない。それ以上も以下もなく、理由もわからずその二つしか使うことができない。

その代わりなのか、グエンはその二つの魔法を息をするように扱うことができる。


「なるほどな。お前、特化型か」


「珍しいわね」


魔法使いにはジルやアイシャ、その他の友人のように基本的にどんな属性であっても使うことができる万能型と、特定の魔法しか使うことができない特化型が存在する。

万能型に比べて特化型は珍しく、絶対数が少ない。


そんな特化型に出会うことができたというのは運がいいのかもしれない。


「やっぱり、僕みたいなのは珍しいのか」


ぽそりと呟くグエン。


「まあな。でも、極めれば他の誰にも使えない魔法が使える分強いとも言える。そもそも特化型っていうのはそれ自体が強みみたいなもんだ」


「…不良品、ではなく?」


「不良品? 誰がそんなことを言ったのかしら?」


「育ての、親」


「そう。その人にとっては不良品なのかもしれないわね」


アイシャの言葉に、グエンは黙って俯いた。

やはりこの人も、あいつと同じように自分を不良品だと思うんだ。


「けれど、私はそうは思わないわ。だって、他の人と違うことができるんだもの。それは素晴らしいよ」


才能。


たった二つの魔法しか使えない自分にそんなものがあるのだろうか。

ただ自分の存在を殺す魔法と、自分の視界内の任意の場所に転移できる魔法。


この二つだけがグエンが使うことのできる魔法だ。

その他の魔法は使えないし、全て自分の技術で補うしかない。


「それで、あなたはその才能で私に何を見せてくれるのかしら?」


ゾクリとグエンの背筋が震えた。

それは恐怖からかもしれないし、自分が認められたと認識した喜びかもしれないし、はたまたその切り札で今の自分に何ができるだろうかという不安からかもしれない。


けれどこの人は、今の自分を見ている。

自分は、間違いなく認識されて、戦うべき相手として見られている。


「それは、これから証明します」


はっきりとグエンは言い切った。

今までは俯いて小さな声で呟くように話していたが、今は前を向いている。


「お前ってこういうところが生まれながらにして上に立つ器って感じがするよな」


「生まれながらにして決められているものなんてないわ。もし気に食わないことがあるのならそれは自分の力で切り開くものよ?」


軽口を叩きながらアイシャはジルに向かって攻撃をする手を緩めない。

ジルもそれを軽々と躱しながら、アイシャに近づくべきかグエンを牽制するべきかと考えている。


そう考えていた時、ふと自分が何を考えていたかがわからなくなった。


何かがおかしい。そうわかっていても何がおかしいのか自分で判断ができない。

その違和感がジルから拭えない。


すると、急に目の前にナイフが現れる。


「っ!?」


「…すごい反応ですね。普通あそこから避けられないはずなんですが」


まさに目の前に現れたナイフだったが、視界内に現れたお陰で逆に対応することができた。


グエンは標的をアイシャからジルに変えており、自分の存在を消し、ジルの元へと転移で移動、そしてナイフをジルの目に突き刺そうとしたのだった。


その動きの滑らかさから、先ほどまで狙われていたアイシャも反応ができなかった。逆に言えば、それほど魔法を息をするように使えているということだ。


「なるほどな。お前が使える魔法、一つは見当がつく。存在を消す。それも、本当にを消すんだな」


「どういうことかしら?」


「認識できないようにするってことだ。魔法を使った瞬間に、こいつのことを考えていたらそれ自体が無かったことになる」


「確かにそうね。彼のことを忘れてジルの方へ意識が向かってしまったわ。それで次はジルが狙われたと。でもそれは私には見えていた。


ということは、存在を消す魔法は誰か一人にしかかけられないってことになるわね。けれど、もう一つの魔法のお陰で魔法の効果が切れた場合でも効果が切れた一瞬の隙を狙って動けるというわけね?」


手の内が晒されたグエンは魔法を使うのをやめ、二人の前に立つ。


「その通りです。僕の魔法は自分の存在を殺す魔法と、視界内に転移する魔法の二つ。正直、この二つであれば負けないと思っていたんですが、お二人とも対応能力が普通じゃないので防がれてしまいました」


それは、褒められたんだろうか。多分褒められたんだろうな。


種が分かればなんてことはない二つの魔法だけれど、組み合わさることで鬼に金棒と言ってもいいだろう。

正直、一対一や暗殺だったらほぼ負け無しになるんじゃないだろうか。


「僕の手札がバレてしまった以上、ここからは本気で行きます。覚悟してください」


そう言ってグエンの姿が空気に溶け込むようにして消えた。


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