ものいう瞳

蓮実

第1話

 夢の中で、いつも彼は饒舌だ。


 饒舌といっても、おしゃべりなわけではない。夢の中の彼は、存在しているだけで多くを語っている。その手の動き、瞳の色、快楽にそばだつうなじの後れ毛などが。

 私は夢の中で、彼の広い背中に爪で四本の虹のような線を描く。その虹は七色に輝かないかわりに、紅い生命の奔流をそこに記すだろう。私の透明なマニキュアが塗られた爪から、彼の血液が侵入してくるのがわかる。私はめまいを覚えて、思わず声を上げる。

 ああ。


 夢から覚めて、私はとっさに枕をつかんだ。ここのところ夢ばかり見ているせいか、だんだんと夢うつつの境が曖昧になってきているのだ。

 私は毎晩夜の闇に潜んで、彼とみだらな交接を繰り返す。朝日が昇るころには、彼は私の身体という身体に感触だけ残して、また朝靄と一緒に消えてしまうのだ。

 彼のいないシーツは夜より冷たく、やがて顔を出した朝陽がいくらそれを暖めても、私の身体は冷えたままなのだった。

 

 私はまったく朝というものの無神経さにはあきれ果てる。幻の彼を抱いたあとの朝焼けほど、私のこころを裏切るものはない。

 夢の中の彼はあれほど優しい瞳をしているのに、目覚めを繰り返すたびに彼への不信感が募ってゆくのはどういうことだろう。

 そしてそれに反比例するかのように、私の中の情という情が、彼に向かって押し寄せてゆくのがわかる。

 愛情。熱情。激情。そして憎しみの情までもが。


 私は、彼を愛し始めてしまった。

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ものいう瞳 蓮実 @Hasu-mi

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