祝宴 #1
その日は朝から街中がどこか浮かれているような雰囲気だった。あちこちに色とりどりの飾り付けがされ、外では子供たちははしゃぎ回っている。
ユーリが寝台から起き上がると、ジェイクはすでに身支度を整えて、何やら手紙らしきものに見入っていた。
「おはよう」
「……ああ、早いな」
こちらを見つめる灰色の双眸は穏やかだ。窓の近くのテーブルに座るその人の横に立つと、外の賑わいが
「ずいぶん賑やかだな」
「祝祭の日だからな」
家中を飾り付け、御馳走を用意して家族で過ごす。子供たちにはささやかながらも贈り物が用意され、子供たちはそれを楽しみに夜を過ごす。彼女の故郷にも似たような風習があったが、どちらかといえばもっと厳格な儀式のようなものに近かった気がする。何しろ祭りのようなものには参加したことがなかったので、彼女が知らないだけかもしれなかったが。
今日はそんなわけで、クロエと朝から昨日仕込んだあれこれを調理する約束になっていた。そう言った彼女に、だがジェイクはなぜか悪戯っぽく笑う。
「そのことだけどな、予定が変わっちまったそうだ」
「……変わった?」
「ああ、食事を済ませたら、港に来て欲しいってさ」
「港に?」
鸚鵡返しに尋ねる彼女に、ジェイクが近づいてきて彼女をそっと抱き寄せる。
「がっかりしたか?」
ほんのわずかな彼女の落胆を悟ったのか、そんなふうに尋ねてくる。その優しさが嬉しかったけれど、ユーリは子供のように口をとがらせる。
「せっかく準備したのに……」
「まあ、いいじゃねえか。なら、明日にでも食えば」
ジェイクはユーリの額に口づけながらそう言う。彼女としては、初めてこの新しい場所で過ごす祝祭を楽しみにしていたので、そういう問題ではないのだが、と内心では思ったけれど、その笑みがどこか楽しげだったので、首を傾げた。
「……ジェイク、何か隠していないか?」
その顔を覗き込んでそう言うと、目を丸くする。あらぬ方を見やったその頬を捉えて視線を合わせたが、どうにもその目が泳いでいる。
「ジェイク?」
もう一度尋ねたが、今度は逆に顎をすくい上げられて、ゆっくりと口づけられた。最初は触れるだけの、それから、腰を引き寄せられて、深く。
唇が離れた後、その顔を見上げれば、無造作に伸びた長い黒髪の間からのぞく灰色の双眸は、いつになく優しい光を浮かべていた。
この街で暮らすようになって既に数ヶ月。以前よりは穏やかな、それでも彼女にとっては新しいことばかりで目まぐるしいこの日々が、どれほどに幸せなものか。そんな口づけと眼差しだけで、結局、彼女は誤魔化されてしまう。
眉根を寄せた彼女のそんな表情に気づいたのか、ジェイクが口の端を上げて笑う。
「そんな顔するなよ。たまにはいいだろう、こういうのも」
「こういうの、って……」
だが、ユーリが言いかけた時、突然扉が大きな音を立てて開かれた。目を向ければ、覆面をした男が二人、家の中に駆け込んでくるところだった。とっさにジェイクがユーリを後ろ手に庇ったが、男たちの動きの方が早かった。
不意を突かれたジェイクの鳩尾に、男たちの一人の蹴りが入り、そのまま崩れ落ちる。
「ジェイク!」
叫んだが、もう一人の男はユーリの頭に何かを被せ、その視界が塞がれてしまう。後ろ手に縛り上げられ、荷物のように抱え上げられる。もがいたが、抱え上げた腕は力強く、びくともしない。
「ユー……リ……っ!」
ジェイクの苦しげな声が聞こえたが、視界を塞がれ、身動きを封じられたユーリにはなすすべもなかった。
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