第38話 胃に悪いデート
胃のあたりを押さえながら、ケイマルはトボトボと領都の大通りを歩いていた。
(胃がムカムカしてきた。朝飯戻しそう)
朝、父親に連れられて冒険者ギルドに向かうと、そのままギルドマスターの部屋まで通された。そして。
「すまんな、ドノバン。席を外してくれ」
まさかの人払い。ドノバンは息子の頭を掴んで髪の毛をクシャッとすると、部屋を出て言った。
「依頼って、一体どんな……」
ぼさぼさになった髪を手櫛で整えながら、ケイマルはギルドマスターに尋ねた。
「安心したまえ、ケイマル。危険なことは無い。ただ、確認が必要なんだが」
彼は机の上から紙片を取り上げた。
「あー、エクロという少年を知っているかね?」
今生では聞いたことがない。だが、記憶をさらうと出て来た。そう、コニルとしてなら、何度か話したことがある。
(そうか。あれは王国から帰ってすぐだったものな)
領主の舘にあの三姉妹と共に招かれたのは、ちょうどこのころだった。
「知ってはいます」
うなずくと、ギルドマスターは続けた。
「依頼内容は、そのエクロという少年と週に一度会い、メモを受け取ることだ。受け取ったメモはここへ持ってくればいい」
たったそれだけなのだが……極秘と言う事はヤバイことが絡んでいるに違いない。なにしろ、報酬がとんでもなかった。冒険者見習いが受け取る金額ではない。しかも、それが毎週だ。
(エクロ、何に首を突っ込んだんだ?)
実際はバーセルが脅した、もとい「要請」しただけなのだが、彼には知る由もない。
そして、エクロの名前を聞いてしまった以上、この依頼を断るわけにはいかなくなった。結局、引き受けるしかなかった。
結果として、胃のむかつきを覚えながら、景福縫製への道を歩いている。
(エクロもだが……ミラカにだけは会わずに済ませたい)
ミラカには以前、告白されてる。その上できっぱり断った。だからこそ、気まずい。
それでも道はつながっている。ほどなく景福縫製の前まで来てしまった。
幸い、店の前で掃除している徒弟がいたので、ケイマルは声をかけた。今年入ったばかりらしい、小柄な子だった。
「すまないが、エクロを呼んで欲しい。『中庭の一件』だと言えばわかる」
ギルドマスターから教えられた符丁だが、これも怪しすぎる。
(なんだよ、『中庭の一件』って。まるでデートか何かみたいじゃないか?)
徒弟の男の子は店内に入った。そして、数分後に出て来た。
「あの……エクロ坊ちゃまは、支度があるから中央広場のフェブルウス像の所で待っててくれ、と」
「わかった。ありがとう」
礼を言って、そそくさと景福縫製を後にする。
(闇の神フェブルウスか……随分とまたマイナーな)
だが、人目に付かない、という意味なら最適だ。中央広場の一角にあるその神像は、鎮魂の神とも呼ばれるだけあって周囲には屋台も開かれず、静かだった。
(支度があるってことは待つようだな。どうせだ、気配感知の訓練でもするか)
神像の前に腰を下ろし、目を閉じる。周囲の物音、足音に意識を集中する。
(屋台の呼び声。行きかう足音……これは二人連れか。甘ったるい会話)
そのとき、異質な足音が聞こえて来た。真っ直ぐとこちらへと近づいて来る。
(来たか)
目の前でピタリと止まった足音。間違いない。
「俺はケイマル。君がエク……」
目を開いて相手を見上げる。
「……ロ?」
なぜか――いや、否応なく疑問形になる。
目の前に立っていたのは、腰まである赤毛をなびかせ、女ものの無地のローブをまとった少女だったのだから。
驚いているのは少女の方も同じだったが、気を取り直したのかケイマルをひと睨みすると、その手を取って言った。
「こっちへ!」
そして、神像の裏側へと連れ込まれた。
(シチュエーション的には良いんだけど、絶対ロマンスとは無縁だなぁ)
人目に付かない場所で少女と二人きり。とは言え、お互い六才児だし、少女というのは見かけだけ。
「まったく。『中庭の一件』とか思わせぶりな言伝だから、バーセル本人かと思ったじゃないか」
エクロは腕組みしてケイマルをにらみつける。
「それはバーセルって奴のための変装か?」
「そうだ。貴族のお坊ちゃんとつながりがあるなんて、改革派の中に噂が広まったら堪らないからな」
「そのバーセルって貴族のお坊ちゃんと、中庭で何があったんだ?」
何とはなしに聞いただけだが、エクロはもの凄い殺気を放って来た。どうやら、地雷を踏みぬいたらしい。
「オマエには関係ない……」
「さ、さいですか」
冒険者見習いとして、それなりに――というか、かなりスパルタ的に鍛えられているケイマルだ。明らかに事務方のエクロがどれだけ激昂しても、物理的には片手であしらえる。
だが、舌戦に持ち込まれるとヤバイ。前世の記憶で底上げされている自分とは違う、本当の頭の良さをエクロは持っている。
なので、ケイマルはただちに白旗を上げた。
「気に触ったならすまない。詮索するつもりはないんだ」
そもそも、依頼はエクロの協力が無ければ達成できない。機嫌を損ねては元も子もない。
謝罪を受け入れたのか、エクロは「ふん」と鼻を鳴らして横を向くと、ローブのポケットから一枚の折りたたんだ紙きれを取り出した。
「これがその、メモとやらか」
受け取って、しげしげと眺める。
質の悪い植物紙で、インクが裏写りした文字が透けて見える。細かい文字がびっしり書かれてるが、左右が逆なの上手く読めない。
(ま、いいか。中身に興味はない)
紙片を胸元にしまう。
「確かに預かった」
その言葉に、エクロが平板な声で告げた。
「毎週、闇ノ日の朝、ここでメモを渡す」
「わかった」
ケイマルの返事にうなずき、真紅の髪をフードで隠す。
「それじゃ、俺は先に出る。お前はしばらく待ってから出ろ」
「随分慎重だな」
「当たり前だ。魔術を使う冒険者とも、親しくするのはご法度なんだ」
そりゃまた厳格なこって、と思ったケイマルだが。
(なら、お前の姉ちゃんに言い含めてくれよ)
そんな言葉を飲みこんで、歩み去るエクロを見送るのだった。
* * *
「ふむ。これは期待以上だな」
広げたメモに目を通しながら、領主のアトロエス伯爵はつぶやいた。読み終えて目を上げると、執務机の前に立つ息子とご学友を見回した。
ライサスが尋ねた。
「何が書かれていましたか? 父上」
「グロウリー派の集会において、魔術使用者への非難や、貴族支配への批判と取れる発言をした者の名前と、その内容だ」
手渡された紙片にびっしりと書かれた内容に、バーセルは思わずうなった。まさか集会中にメモを取ったとは思えないから、これだけの内容をその場で記憶していたと言う事だ。
そこでさらに、集会の日付を見て驚く。
(余が密告を命じるより前ではないか)
つまり、常日頃からこれだけの講話の内容を理解し、記憶していたと言う事だ。たった六歳の子供が。
(単なる内通者では惜しい。ぜひ、手駒として欲しい)
転生クーポンを手に、バーセルは思った。
(そうですね。思想信条的には対極ですが、能力的には極めて将来有望です)
そんな二人の会話が、バトローは少し面白くない。
(お前ら黒幕と側近かよ。まったく、
二人が浮かべる笑みの黒さに、バトローはつくづく「こんな来世は嫌だ」と思うのだった。
(恐るべき子供たち、か)
はたからは、目線だけで会話してるように見える息子ら三人。そんな彼らを前にして、アトロエス伯爵はため息をついた。
(バーセル殿下に勧められるまま、冒険者ギルドに要望を伝えただけで、これだけの情報が得られるとはな)
まだまだ幼い子供だと思っていた下の息子が、いつの間にか策士の顔をしている。
もしかすると、この三人が将来、帝国の――いやこの世界のあり方そのものを揺るがすことになるのではないか。
伯爵は背筋にゾクリと冷たいものを感じた。
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