第36話 夏休み・帰省中に寄生中

「嫌だ! 俺は実家に帰って、父上に稽古を付けてもらうんだ!」


 バトローは拒否するが、ライサスにさとされる。


「そうはいっても、あなたのお父上が実家に戻られるのは、夏の終わりのほんの数日でしょう? 昨年の様子からして」


 もうじき、帝都学園初等科の夏休み(夏中~下月七~八月)だ。生徒は皆、実家や領地に帰省する。領地を持つならそこへ、持たない宮中伯(大臣や官僚)の子女は帝都やその周辺都市へと。


「それ以外の日々は、どこで自主鍛錬しても一緒と思いますが?」


 ぐぬぬ、となるバトロー。そこで、矛先を変える。


「……大体、何でバーセルまで来るんだよ? 夏休みくらい、お前らと三人で過ごしたくねーんだっての!」


 既にこの第一学期で、彼らは「御三家」と呼ばれるほどだ。面と向かっては誰も呼ばないので、彼らだけは知らないが。


「酷い言われようだな。実に心外だ」


 麦藁ストロー冷茶アイスティー(最近、カフェのメニューに加わった)を一口飲んで、バーセルは続けた。


「今、余が王宮に戻れば、暗殺を警戒する日々に逆戻りだ。おそらく、六日に一度は毒を盛られるな」


 恐ろしい事をさらりと言ってのけるが、これが現実だ。


「ここから領都エランまでは、馬車で数日かかる。刺客を秘密裏に送り込むのは難しいから、むしろここより安全だ」

「まあ……それはそうだとしてもだ。なら、一人で避暑地にでも行けばいいだろう」

「それでは話が大きくなる。親しくなった学友に誘われた、と言えば母上も納得するからな」


 バトローはテーブルに突っ伏した。


「わかったよ……行けばいいんだろ、領都エランに」


* * *


(おい、二人とも押すなって!)

(仕方ないであろう。覗き窓が小さいのだ)

(窓なら、あっちにもあるだろ!)

(ダメですよ、アソコからではコニルの顔が死角になってしまいます)


 三人が押し合いへし合いしているのは、領都エランの謁見の間だ。いや、正確にはその裏側、本来なら護衛の兵士や魔術師が潜む場所だ。謁見の間をぐるりと取り巻くように壁の裏側に配置され、壁の模様などで偽装された細長い覗き窓があちこちにある。

 しかし、今は彼ら三人以外誰もいない。それもそのはずで、本日の謁見者は四人の子供――コニルと例の三姉弟だからだ。


(まったく、お前ら初めからが目的だったんだろ!)

(決まっているであろう。我らがコニルの晴れの舞台だ)

(二人とも静かに。父上が来ますよ)


 三人ともクーポンでの念話だから無音だが、動けば衣擦れなどで音が出る。結局、バトローが真ん中でサイラスとバーセルが左右から片目だけで覗く形に落ち着いた。

 場所は謁見の間の奥。領主の座の斜め後ろだ。ここからなら、広間の中央でひざまずくコニルたちがよく見える。

 そして、ライサスの父親である領主、アトロエス伯爵が入室し、正面の座に着いた。


「一同、おもてを上げ……いや、全員、顔を上げなさい」


 三歳の平民の子供もいるので、言い直したようだった。

 その声に、コニルは顔を上げて、自分が生まれ育った場所の領主の顔をまじまじと見つめた。

 歳の頃は四十代。中肉中背で赤味の強い金髪、瞳は緑。


(あ、悪くないかも)


 外見ではなく。

 貴族と言うと、ひたすら傲慢で、ふんぞり返って平民を見下す悪代官、みたいなイメージがあった。

 しかし、目の前で立派な椅子に座る人物は、むしろ膝に肘をついて組んだ手に顎を乗せ、身を乗り出してこちらを見つめている。


(ミアラ効果、かな?)


 横目で見るとミアラは屈託なく笑顔で領主を見返していた。どうやら、領主は反対側のミラカの方から一人ずつ見つめているらしい。

 だがその眼差しは、次のコニルに向けられたときには完全に異なっていた。


(め、目力込め過ぎです……)


 ほとんど威圧とも取れるほど凝視されている。

 自分の顔に張り付けておいた笑みが、ひくひくと引きつるのを、コニルは感じていた。

 永遠とも思える心臓の数泊の後、視線は外され、コニルはずっと息を止めていたことに気づいた。


「さて、その方ら。絹の人気を盛り上げた三姉妹、その輸入に貢献した少年。みな、ご苦労であった」


 居ずまいを正して、領主は語り出した。


「特にコニル。君とはぜひ話がしたかった」

「は……はい」


 ロックオンされました。逃げられません。


「そちらのお嬢さんらには、素敵なお茶会を用意した。どうやら、うちの愚息とそのご学友が、あなた方に関心があるようだ。ホストとしてもてなすように伝えておこう」


(げっ! バレてる!?)

(ええ、バレてましたねぇ)

(まぁ、当然であろう)


 うろたえるバトロー、両脇を二人にガッチリと確保されました。こちらも逃げられません。


「では、それぞれ場所を移すとしよう」


 そう告げると、領主は立ち上がった。


* * *


「さてコニル。君が見聞きしたメクレンス王国は、どんなところだったかな?」


 開口一番、領主、アトロエス伯爵は尋ねた。

 場所は舘の中庭に面する談話室。やや小ぶりなサイズで、少人数での会合に使われる。

 伯爵の声も視線も、謁見の間とは打って変わって柔らかい。

 ここでは領主としての威厳を示す必要が無いのだろう、とコニルは感じた。


「ええと……あそこは、まさに『魔法の国』でした」


 決して「魔女っ子」たちの故郷と言うわけではない。


(まぁ、リルダは髪を伸ばせば……いや、げふんげふん)


 咳ばらいをして続けた。転移魔法のような高度な術式が日常的に使われていること。主に治癒魔法の修行に立ち会ったが、こちらも非常に進んでいること。

 そして、大障壁グレートウォール


「なるほど。あの王国は、神秘的な絹の産地という印象が強かったが、確かに建国したのは東方からの英雄であり、その朋友である大賢者だと聞く」


 伯爵は手元のティーカップを手にすると、コニルにも紅茶を進めた。


「はい、いただきます」


 素直にコニルも一口飲む。一応、前世の知識では「音を立ててすするのはNG」なので、ゆっくりと静かに飲んだ。

 伯爵は言葉を続けた。


「その大賢者がまだご存命とはな。で、彼の下で修行中という、その見習いは?」

「リルダと言って、お……僕と同い年の少年です」


 伯爵の口調が砕けてきたのにつられて、つい地が出て「俺」と言いそうになった。


「うむ。うちの愚息も学業は良いみたいだし、君と言いその見習いと言い、六年前は人材の当たり年だったようだな」


 色々と気になる言葉が。


(領主の息子って、もしかして何人目かの俺?)


 そして「人材」という言葉。


(この人に引き抜かれちゃったら、帝都に行けない!)


 そうなれば、「理想の彼女」とも出会えない。絶対にお断りしなければ。


「あの……僕は商人になるのが夢で――」


 おずおずと話を切り出すと。


「わかっている。君には今回を上回るような大商いを成し遂げて欲しい」

「いえ、あの、むしろ自由に取引して――」

「もちろん、最大限の自由を約束しよう」

「あの、あの、ゆくゆくは独立を――」


 小一時間、コニルは必死に自分の望みを伯爵に訴えた。


「なるほど……だから、今のまま徒弟として修業を続けたいと言うわけか。ううむ。うちの愚息も、そのくらい明確な将来像を持ってくれれば……」


 ようやく納得してはくれたが。


(いや、あれですよきっと。能ある鷹はナニを隠すとか)


 脳裏に『ソレ、爪だから!』とナニやらツッコミが入ったが以下略。

 その伯爵令息が本当に何人目かのコニルなら、将来について考えていないはずが無いのだから。


「……それでは失礼します」


 身も心も魂までも擦り切れた疲労を感じながら、それでも深々と礼をしてコニルは領主の舘を後にし、豪華な馬車に一人乗った。

 その時になってようやく、あの「三姉妹」の事を思い出す。


「何人目かの俺が、アイツらの相手をしてるのか……」


 なんとなく、申し訳ないような、ざまみろ的な、よくわからないモヤモヤが残るコニルであった。


* * *


「して、お嬢さん。お茶のおかわりはいかがですか?」

「は、はい……あの、お願いします」


 ライサスが目配せすると、傍らの給仕(♂)がうやうやしく紅茶を注ぐ。

 耳まで真っ赤になったミラカは、うっかり音を立ててすすってしまい、さらに赤くなる。

 しかし。


「ああ、すみません。熱すぎましたね。よく言い聞かせますので」


 あろうことか、謝罪された上に、給仕(凄いイケメン青年)が責めたてられることに。


「ど、どうぞお構いなく! わ、わ、わたくしが至らないだけで」


 必死に取りなすミラカに、ライサスはとろけるような笑顔で答えた。


「わかりました。他ならぬあなたの願いなのですから、全ては不問といたしましょう」


 すべて許された。二歳も年下の男の子に。

 これが平民と貴族の差なのだろうか。そう思いかけて、慌ててそれを否定する。


「いえ、とんでもございません!」


 そう言ってあたりを見回すが、救いとなる物ははどこにもなかった。

 弟のエクロ……が扮する美少女は、ご学友の一人と何やら話しこんでいるし、ミアラときたらもう一人のご学友に肩車されて、中庭を駆け回っている。


(きっと、お父様が思い描いた通りなんだろうけど……色々と無理!)


 こちらはこちらで、何かとギリギリなのであった。

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