第36話 夏休み・帰省中に寄生中
「嫌だ! 俺は実家に帰って、父上に稽古を付けてもらうんだ!」
バトローは拒否するが、ライサスに
「そうはいっても、あなたのお父上が実家に戻られるのは、夏の終わりのほんの数日でしょう? 昨年の様子からして」
もうじき、帝都学園初等科の夏休み(
「それ以外の日々は、どこで自主鍛錬しても一緒と思いますが?」
ぐぬぬ、となるバトロー。そこで、矛先を変える。
「……大体、何でバーセルまで来るんだよ? 夏休みくらい、お前らと三人で過ごしたくねーんだっての!」
既にこの第一学期で、彼らは「御三家」と呼ばれるほどだ。面と向かっては誰も呼ばないので、彼らだけは知らないが。
「酷い言われようだな。実に心外だ」
「今、余が王宮に戻れば、暗殺を警戒する日々に逆戻りだ。おそらく、
恐ろしい事をさらりと言ってのけるが、これが現実だ。
「ここから領都エランまでは、馬車で数日かかる。刺客を秘密裏に送り込むのは難しいから、むしろここより安全だ」
「まあ……それはそうだとしてもだ。なら、一人で避暑地にでも行けばいいだろう」
「それでは話が大きくなる。親しくなった学友に誘われた、と言えば母上も納得するからな」
バトローはテーブルに突っ伏した。
「わかったよ……行けばいいんだろ、領都エランに」
* * *
(おい、二人とも押すなって!)
(仕方ないであろう。覗き窓が小さいのだ)
(窓なら、あっちにもあるだろ!)
(ダメですよ、アソコからではコニルの顔が死角になってしまいます)
三人が押し合いへし合いしているのは、領都エランの謁見の間だ。いや、正確にはその裏側、本来なら護衛の兵士や魔術師が潜む場所だ。謁見の間をぐるりと取り巻くように壁の裏側に配置され、壁の模様などで偽装された細長い覗き窓があちこちにある。
しかし、今は彼ら三人以外誰もいない。それもそのはずで、本日の謁見者は四人の子供――コニルと例の三姉弟だからだ。
(まったく、お前ら初めからこれが目的だったんだろ!)
(決まっているであろう。我らがコニルの晴れの舞台だ)
(二人とも静かに。父上が来ますよ)
三人ともクーポンでの念話だから無音だが、動けば衣擦れなどで音が出る。結局、バトローが真ん中でサイラスとバーセルが左右から片目だけで覗く形に落ち着いた。
場所は謁見の間の奥。領主の座の斜め後ろだ。ここからなら、広間の中央でひざまずくコニルたちがよく見える。
そして、ライサスの父親である領主、アトロエス伯爵が入室し、正面の座に着いた。
「一同、
三歳の平民の子供もいるので、言い直したようだった。
その声に、コニルは顔を上げて、自分が生まれ育った場所の領主の顔をまじまじと見つめた。
歳の頃は四十代。中肉中背で赤味の強い金髪、瞳は緑。
(あ、悪くないかも)
外見ではなく。
貴族と言うと、ひたすら傲慢で、ふんぞり返って平民を見下す悪代官、みたいなイメージがあった。
しかし、目の前で立派な椅子に座る人物は、むしろ膝に肘をついて組んだ手に顎を乗せ、身を乗り出してこちらを見つめている。
(ミアラ効果、かな?)
横目で見るとミアラは屈託なく笑顔で領主を見返していた。どうやら、領主は反対側のミラカの方から一人ずつ見つめているらしい。
だがその眼差しは、次のコニルに向けられたときには完全に異なっていた。
(め、目力込め過ぎです……)
ほとんど威圧とも取れるほど凝視されている。
自分の顔に張り付けておいた笑みが、ひくひくと引きつるのを、コニルは感じていた。
永遠とも思える心臓の数泊の後、視線は外され、コニルはずっと息を止めていたことに気づいた。
「さて、その方ら。絹の人気を盛り上げた三姉妹、その輸入に貢献した少年。みな、ご苦労であった」
居ずまいを正して、領主は語り出した。
「特にコニル。君とはぜひ話がしたかった」
「は……はい」
ロックオンされました。逃げられません。
「そちらのお嬢さんらには、素敵なお茶会を用意した。どうやら、うちの愚息とそのご学友が、あなた方に関心があるようだ。ホストとしてもてなすように伝えておこう」
(げっ! バレてる!?)
(ええ、バレてましたねぇ)
(まぁ、当然であろう)
うろたえるバトロー、両脇を二人にガッチリと確保されました。こちらも逃げられません。
「では、それぞれ場所を移すとしよう」
そう告げると、領主は立ち上がった。
* * *
「さてコニル。君が見聞きしたメクレンス王国は、どんなところだったかな?」
開口一番、領主、アトロエス伯爵は尋ねた。
場所は舘の中庭に面する談話室。やや小ぶりなサイズで、少人数での会合に使われる。
伯爵の声も視線も、謁見の間とは打って変わって柔らかい。
ここでは領主としての威厳を示す必要が無いのだろう、とコニルは感じた。
「ええと……あそこは、まさに『魔法の国』でした」
決して「魔女っ子」たちの故郷と言うわけではない。
(まぁ、リルダは髪を伸ばせば……いや、げふんげふん)
咳ばらいをして続けた。転移魔法のような高度な術式が日常的に使われていること。主に治癒魔法の修行に立ち会ったが、こちらも非常に進んでいること。
そして、
「なるほど。あの王国は、神秘的な絹の産地という印象が強かったが、確かに建国したのは東方からの英雄であり、その朋友である大賢者だと聞く」
伯爵は手元のティーカップを手にすると、コニルにも紅茶を進めた。
「はい、いただきます」
素直にコニルも一口飲む。一応、前世の知識では「音を立ててすするのはNG」なので、ゆっくりと静かに飲んだ。
伯爵は言葉を続けた。
「その大賢者がまだご存命とはな。で、彼の下で修行中という、その見習いは?」
「リルダと言って、お……僕と同い年の少年です」
伯爵の口調が砕けてきたのにつられて、つい地が出て「俺」と言いそうになった。
「うむ。うちの愚息も学業は良いみたいだし、君と言いその見習いと言い、六年前は人材の当たり年だったようだな」
色々と気になる言葉が。
(領主の息子って、もしかして何人目かの俺?)
そして「人材」という言葉。
(この人に引き抜かれちゃったら、帝都に行けない!)
そうなれば、「理想の彼女」とも出会えない。絶対にお断りしなければ。
「あの……僕は商人になるのが夢で――」
おずおずと話を切り出すと。
「わかっている。君には今回を上回るような大商いを成し遂げて欲しい」
「いえ、あの、むしろ自由に取引して――」
「もちろん、最大限の自由を約束しよう」
「あの、あの、ゆくゆくは独立を――」
小一時間、コニルは必死に自分の望みを伯爵に訴えた。
「なるほど……だから、今のまま徒弟として修業を続けたいと言うわけか。ううむ。うちの愚息も、そのくらい明確な将来像を持ってくれれば……」
ようやく納得してはくれたが。
(いや、あれですよきっと。能ある鷹はナニを隠すとか)
脳裏に『ソレ、爪だから!』とナニやらツッコミが入ったが以下略。
その伯爵令息が本当に何人目かのコニルなら、将来について考えていないはずが無いのだから。
「……それでは失礼します」
身も心も魂までも擦り切れた疲労を感じながら、それでも深々と礼をしてコニルは領主の舘を後にし、豪華な馬車に一人乗った。
その時になってようやく、あの「三姉妹」の事を思い出す。
「何人目かの俺が、アイツらの相手をしてるのか……」
なんとなく、申し訳ないような、ざまみろ的な、よくわからないモヤモヤが残るコニルであった。
* * *
「して、お嬢さん。お茶のおかわりはいかがですか?」
「は、はい……あの、お願いします」
ライサスが目配せすると、傍らの給仕(♂)が
耳まで真っ赤になったミラカは、うっかり音を立てて
しかし。
「ああ、すみません。熱すぎましたね。よく言い聞かせますので」
あろうことか、謝罪された上に、給仕(凄いイケメン青年)が責めたてられることに。
「ど、どうぞお構いなく! わ、わ、わたくしが至らないだけで」
必死に取りなすミラカに、ライサスはとろけるような笑顔で答えた。
「わかりました。他ならぬあなたの願いなのですから、全ては不問といたしましょう」
すべて許された。二歳も年下の男の子に。
これが平民と貴族の差なのだろうか。そう思いかけて、慌ててそれを否定する。
「いえ、とんでもございません!」
そう言ってあたりを見回すが、救いとなる物ははどこにもなかった。
弟のエクロ……が扮する美少女は、ご学友の一人と何やら話しこんでいるし、ミアラときたらもう一人のご学友に肩車されて、中庭を駆け回っている。
(きっと、お父様が思い描いた通りなんだろうけど……色々と無理!)
こちらはこちらで、何かとギリギリなのであった。
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