第30話 【バトロー】いざ決闘?

 一日の授業を終えた後。

 バトローは日課としている鍛錬に取り掛かった。毎日欠かさず、朝と夕に素振りと走り込み。


(なんたって、俺は凡人だもんな)


 一応、騎士団長である父親は伯爵でもあるが、騎士の称号は厳しい審査を乗り越えて実力で勝ち取るものだ。決して親の七光りで得られるものではなく、だからこそ威厳がある。

 それゆえ騎士を目指すなら、こうして毎日へとへとになるまで身体を鍛えるしかない。

 そしてさらに――。


「ふん。無粋な騎士風情が」


 いきなり背後から蔑みの声を投げつけられ、バトローは面食らった。振り返ると、一見してかなり年上の少年が、こちらをにらみつけていた。夕日に照らされた明るい色の瞳からは、燃えるような眼光が差している。

 襟章には星が五つ。初等科の最高学年だ。


「何のことでしょうか、先輩」

「ここは貴族が学ぶ帝都学園だ。お前みたいな汗臭い奴がいるところじゃない」


 確かに騎士は汗臭い。重い鎧を着て動き回るのだから当然だ。

 そもそも騎士には二種類いて、ただ「騎士」と呼ぶ場合は、一般の庶民から騎士になる者を指すことが多い。六、七歳で騎士の小姓となって修行し、十代で従騎士、十五歳で成人すると正騎士として叙勲されるのだ。

 そして、バトローのような貴族の子弟が目指すのは、「魔法騎士」だ。剣術のほかに魔法も使いこなすハイブリッドな戦士。


「俺は魔法の訓練も必要だから、ここにいるわけですが」

「魔法の座学では、いつも居眠りしていると聞いているが?」


 痛いところを突いて来る。前世のリルダで魔法学は極めているので、既に知ってることを聞いていると睡魔に襲われるのだ。

 朝早くからの鍛錬も、睡魔に味方してしまう。


「えーと、でも講師に指されたときは、ちゃんと答えてるはずですが?」

「お前の『ご学友』とやらが、答えを教えてるからだろう!」


 それも言いがかりだ。彼らは寝ていて聞き損ねた質問の内容を教えてくれるだけ。それも、多分にからかいながら。

 その後の講師との質疑応答などは、ちゃんと自分だけで受け答えしている。ただ、その内容がしばしば、初等科の範囲を越えてしまうのが問題なのだが……。


「とにかく、俺はこの後、魔力を上げる修練をしなきゃいけないんですが――」

「良かろう。この私、ティスダン・ド・モーインが相手をしてやる」


 そう言うや否や、彼、ティスダンは何かを投げつけて来た。とっさに身構えるが、パサッと足元に落ちたのは片方の白い手袋だった。


「あのー先輩、これって――」

「お前などがリセリアと釣り合うものか! 魔法で勝負だ!!」


 リセリア。まったく聞き覚えの無い人名だ。

 ……だが、しかし。


(そう言えば、昼休みにバーセルが言ってたな)


 今日の監視員は最上級生だと。監視員というのは、離れた席からこちらをガン見している女子生徒のことだ。


(つまり、恋の逆恨みか……)


 勘弁してもらいたい、と心底ウンザリする。


(四回の人生で累計百歳以上の俺が、十歳の子供を相手にどうなると?)


 激しくそう思うのが、さすがに口には出来ない。


「わかりました。では修練のために先輩の胸をお借りします」


 手にしていた木剣を足下に置くと、胸からペンダントを引きだす。小ぶりだが良質の魔石がはめられており、入学時に母親が持たせてくれたものだ。

 入学からの数カ月、ひたすらこの魔石に魔力を蓄積するのが「修練」の内容だった。


(転生の際に、知識と記憶は持ち越せるけど、肉体に宿る体力や魔力は、鍛え直すしかないからなぁ)


 折角溜めた魔力だが、たまには使うのも良いだろう。


「では行きますよ、先輩」


 ペンダントの魔石を握りしめ、意識してゆっくりと五芒星を描いて呪文を唱える。


「風のエレメンタルよ、わが魔力に応じて――」

「ふっ、遅いわ!」


 ティスダンは嘲りの笑みを浮かべ、腰の短杖を抜いて素早く五芒星を描くと呪文を唱えた。


「……火球!」


 燃え盛る火の玉がバトローに襲い掛かる。

 だが彼は、さっと左足を引くだけでそれを避け、よどみなく呪文を完成させた。


「――魔石より出でて刃となれ……風刃!」


 掌から半透明の刃が飛び出し、ティスダンの身体……ではなく、腰帯を切り裂いた。


「え? ……あ!」


 切られた側のズボンがずり下がり、ティスダンは慌てて手で押さえる。


「あれ? 先輩、防御魔法は? お怪我ありませんでした?」


 一応、確認してみる。


「怪我などない! こ、これで分っただろう、私の勝ちだ!」


 ズボンを片手で押さえながら、ティスダンはふんぞり返って宣言した。


「お互いに魔法攻撃は当たらなかったが、私の方が早かった!」

「……はぁ」


 元より勝ち負けなど興味なかったので、バトローは一礼した。


「では、そう言うことで。失礼します」


 足下の木剣を拾い上げて肩に担ぐと、そのままスタスタと歩み去る。

 それに慌てたティスダンが声を張り上げる。


「いいか! 今後一切、リセリアには近づくなよ!」


 振り返らず片手を上げて、バトローは「はーい」と答えた。


(近づくも何も、こっちは顔すら覚えてないっての)


 これで向こうから近づいてくることも無くなるのなら、それこそ重畳ちょうじょうというものだ。


* * *


「……てなことが、昨日あってね」


 いつになく気分がダウナーなバトローであった。

 昼休み、食後のお茶の時間。場所はいつものカフェ。


「なるほどねぇ。大賢者リルダの生まれ変わりに魔法で挑むとは」

「まったく、知らないと言う事は恐ろしいな」


 ライサスとバーセルの言葉に、バトローは一応反論してみる。


「でもさ、今回は向こうが勝ったわけだし――」

「勝たせてやった、のでしょう。小細工を仕込んで」

「大体、見るものが見ればわかるぞ、お前がやったこと」

「うう……やっぱり?」


 わざとゆっくり呪文を詠唱しながら、その裏では無詠唱で術式を追加した。これがバトローのやったこと。


「風刃に『肉体を避けろ』と命じて、腰帯だけ切り裂いたわけだ」

「加えて、自身にも炎の防御をかけてましたね。かすったのに、服に焦げ目も無いんですから」


 二人に言い当てられて、しょげかえるバトローだが。

 再び反論を試みる。


「それを言うなら、お前らもリルダの知識を受け継いでるじゃないか? 俺たち以外にいるのかよ、そんな奴!」


 すると二人は顔を見合わせ、うなずいた。


「まぁ、最低限、一人はいるな」


 バーセルの言葉に、ライサスが答えた。


「魔王、ですね」

「そうだ。あまり魔法で目立つと、目を付けられるかもしれん」


 バーセルはため息をつくと、再びテーブルに突っ伏した。


「魔王さんかよ……」


 前世のリルダとして関わった、魔族の王を思い出す。


「あん時みたいに、強大な魔力があるわけじゃないからなぁ……」


 まだ転生二年目でしかない。今までの人生で分っているのは、大きな動きがあるのは四年後。コニルが帝都にやって来てからだ、ということ。

 こんな出だしの所でうっかり目立ってしまったら、やりにくくてたまらなくなる。


「うーむ。今日の監視員は三組、十一人か」


 手元のティーカップに視線を落としたまま、バーセルはつぶやいた。

 バトローが顔を起こして問う。


「お前、視線を動かさずによくわかるな。魔法か?」

「周辺視野で顔の判別くらいつかないと、暗殺から身を守れんからな」


 そこでバーセルはライサスに向き直った。


「全部、お前の時に学んだことだがな」

「私の代ですか……怖いですねぇ」


 バトローはつぶやいた。


「やれやれ。暗殺だの色恋沙汰だの、せめてもうちょっと歳食ってからにして欲しいもんだな……」


 そこで、ふと気が付く。


「そう言えば、お二人さんには許嫁っていないのか?」


 ライサスはゆっくり首を振った。


「私にはまだ。何しろ、兄も婚約が決まってませんからね。まぁ、そのうちに気が付いたら、親が決めているんでしょうけど」


 そんなものか、とバトローは思ったが。


「バトローさんも立場は同じですからね」


 手厳しいな、とバトローが思っていると、バーセルが。


「許嫁か。あまり思い出したくないことなんだが……」

「いや、それは是非とも話してもらわないと」


 バーセルはしばらくバトローをジト目で睨むと、ため息をついて語りだした。

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