第27話 王都の二人 後編
オーガのネメさんは、リルダを家の中に招き入れた。
「あたしゃ見ての通りだけど、別に取って食ったりしないから安心しな」
その言葉に嘘はないはず。そう思いこむことで、リルダは恐怖心を抑え込んだ。
「あの、ウパルシンさん――」
「ネメでいいよ」
そして、気さくな性格らしい。
「えっと、師匠の……デンペルトン師のお知り合いなのでしょうか?」
「そうだねぇ。まぁ、あたしの父ちゃんが英雄や賢者さまと一緒にこっちへ旅をしたらしいからね。あたしの産まれる前だけど」
(なるほど、魔族を味方につけてたから、魔の森を通り抜けられたのか)
四回目の人生で、ようやく判明した事実だ。
納得したところで、リルダは本来の用事を思い出す。
「ええと、ネメさん。ここに書いてある薬の材料、いただけますか?」
手紙を差し出す。
「ふーむ。イッケニの樹皮か。もちろんあるよ、こっちへおいで」
ネメはやたら天井の高い部屋の奥へと歩いて行った。ゆっくりとした歩調だが、コンパスの差が大きくてリルダは小走りとなった。
この部屋は店舗でもあるらしく、奥にはカウンターがあり、その後ろの壁は一面の棚になっていた。多数の薬瓶や乾燥した薬草の束などが、天井近くまで並んでいる。彼女はその瓶のうちの一つをひょいと取ると、リルダに手渡した。
「……開けても良いですか?」
「ああ、確認しな」
蓋を開けて、瓶の口の上を片手で扇ぎ、匂いを嗅ぐ。
祐樹だった頃、よくケーキなどにかかっていた褐色の粉末の香りがした。あちらではシナモンと呼ばれていたが。
蓋を閉めて瓶を肩掛け鞄に納めると、リルダはネメに向かって答えた。
「はい、間違いありません。でも、薬屋さんがオーガだとは思いませんでした」
言っては悪いから言わないが、オーガと言うと力自慢な反面、あまり知的でない印象がある。だが、ネメは「ふふん」と鼻で笑って答えた。
「まぁ、薬師だったのはヒト族のお母ちゃんの方だけどね。三人で歩くとあたしとお父ちゃんが親で、お母ちゃんが娘だと勘違いされたよ」
そして、ちょっと遠い目に。
「まぁ、どっちも十年ほど前の流行り病で死んじまったけど」
「……そうでしたか」
片親がヒト族なら、ハーフオーガと言う事だ。外見は父親、頭の方は母親から受け継いだんだな、とリルダは思った。
「じゃ、お代はこれで」
ポケットから金貨を取り出し、ネメさんの掌に置く。すると。
「……これは」
金貨が淡い光を放ちだした。思わず声を上げたリルダに、ネメさんは伝えた。
「買い物が終ったことを伝える魔法さね。賢者さまが人をよこすときによく使うんだ」
「へぇ……」
金貨の光が消えると、ネメはそれをカウンターに置いてある箱へぞんざいに放り込んだ。
「あの……大丈夫なんですか? その、盗まれたり」
気になって口にすると、ネメはニッコリ笑って答えた。
「ハーフオーガがやってる店に、忍び込むこそ泥がいると思う?」
その口元から飛び出す名状しがたき八重歯のようなものを見て、リルダは納得するしかなかった。
「さて。転移魔法で飛ばされて来たんだろう? なら、賢者さまが帰還魔法を唱えれば勝手に戻るよ」
そこで、人差し指を立てて忠告。
「いいかい。転移が始まると、終わるまではそこを動けないからね。往来の真ん中で始まると危ないから、注意しな」
確かに、動けない所に馬車でも突っ込んで来たらたまらない。
「……はい、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、毎度あり」
扉に向かったリルダは、開けて外に出ようとして戸惑った。いくら押してもびくともしない。
「待ってな、開けてやるから」
ネメがグイッと押すと、扉は開いた。
(なるほど。オーガ並みの腕力じゃないと開かないんだ)
これなら鍵すらいらないな、とリルダは納得した。
「ありがとうございました」
「いいさな。気を付けて」
外に出て路地から大通りに歩いていると、目の前を馬車の列が通りすぎて行った。その一番後ろには、一人の少年が乗り込んでいる。
「……コニル!」
そう叫んだ途端、身体が勝手に動いて走りだしていた。
* * *
「わお! これがクレメンスの王都!!」
コニルは感嘆の声を上げた。
昇る朝日に輝く、領都エランに勝るとも劣らない立派な城壁。その向こう側には、石造りの背の高い建物が連なっている。さらにその奥に見える尖塔は、おそらく王城のものだろう。
王都の大門で簡単な審査を受けると、商隊の車列は門をくぐって大通りを進んだ。そして見えてくるのは、真ん中に大きな銅像のある円形の広場だった。
「わっはっは! ざまみろオケ―レス、俺様の勝ちよ!」
コニルの隣で勝どきを上げる、隊長のゴメル。広場には他の商隊はいなかった。
馬車を降りると、コニルに声をかける。
「さて、宿屋が開くのは
オケ―レスって何番目に抜いた商隊だろう、などと考えてたコニルだったが、ゴメルに問われて馬車から飛び降りた。
「うん、俺も――」
その時、甲高い声が響いた。
「コニル!」
振り向くと、小柄な姿がローブをなびかせて走り寄って来る。そして、そのまま飛びついて、ギュッと抱きしめられた。
「え? ええ?」
うろたえて言葉にならないコニル。抱きしめられている相手は、彼よりやや背が低く、細身だった。
腕を緩めて身体を離すと、コニルの肩に手を置いて顔を上げた。
被っているフードから零れ落ちる前髪は、癖のないさらさらした銀に近い金髪。朝日を浴びて輝いている。瞳は真紅に近い茶色で、涙に潤んでいた。
(すっげえ美幼女!)
これぞ運命の相手! と胸が高鳴るコニルだったが。
「やっと出会えた……」
そうつぶやいて涙を零すのを見せつけられたら、もう胸がキュンキュンと異音を発してしまう。
と、美幼女は足元を見て「ああ……」と小さく声を上げた。
「え、これ何?」
石畳の上に浮かび上がる、青く光る魔法陣。やがてそれはゆっくりと回転を始め、上がって来た。
「何これ!? う、動けない!」
「大丈夫! 転移魔法だから」
そう言うと、美幼女は再びコニルを抱きしめた。あまりの胸キュンで、コニルは息が詰まってしまう。
そして、耳元でささやかれた。
「コニルには、お師匠さまに会ってほしいんだ」
ゾクゾクしてしまうコニル。もう限界。
そして魔法陣は、二人を頭まで飲み込むと消滅した。
「……コニルの奴」
そこまでの光景を呆気に取られて見入っていたゴメルは、ボリボリと頭をかくとつぶやいた。
「まぁ、じきに帰って来るだろう」
王都を何度も訪れているので、転移魔法そのものは見慣れていた。あの子供にも敵意は見られなかったし、そもそも追いかけることも探すこともできない。
ため息をつくと、ゴメルは商業ギルドに向かうのだった。
* * *
魔法陣が目の高さまでくると、視界は一転した。朝日に照らされた広場から、ほとんど真っ暗な場所へ。それでも、すぐに目が慣れて来る。
見回すと、十畳ほどの部屋だった。いや、四方の壁に明かり取りの窓があるので、きっと小屋なのだろう。一方の壁はほぼ全面が棚になっていて、薬瓶やら正体不明の器具などが並んでいる。
部屋の中央には大きなテーブルがあって、ここも器具などが載っている。傍らで「キキッ」と鳴く声がしたので見下ろすと、小さな檻の中に数匹のネズミがいた。
そして……。
「ん? リルダ、その子は誰じゃ?」
背後からの声に振り向くと、寝床から半身を起こした老人が、こめかみを押さえながらこちらを見つめていた。
だが、美幼女――リルダはそれには答えず、老人のところへ駆け寄って大きな声を上げた。
「もう、お師匠さま! 吐いたならすぐに始末してください!」
「こ、声がデカい。頭痛に響く」
「はい、薬の材料です。さっさと作って飲んでください」
鞄から取り出した薬瓶を渡すと、リルダは手桶と雑巾を取り出して床を拭きだした。
その向こうでは、寝床で老人が薬の調合を始めた。何もないところから薬瓶や道具をひょいひょいと取り出し、宙に浮いたままの鍋に材料が加わり、水が注がれ、下から火で炙られる。
そんな光景を、放置されてるコニルはぼんやりと眺めていた。
(これが魔法かぁ……)
何とも便利そうだ。
一方、リルダも拭きおわった雑巾を手桶に入れると、コニルの方に戻って来た。
「ちょっとごめんね」
そのまま脇を通りすぎ、棚の横にある小さな木戸をくぐった。コニルもあとを追う。
外は桑畑に囲まれた中庭だった。リルダはその一角にある井戸に向かうと、汲んだ水を手桶に注いで雑巾を洗い始めた。
「えーと、さっきのお爺さんが君のお師匠さま?」
「うん」
水を桑畑に棄ててもう一度組み直し、雑巾をすすぐ。
「もしかしてご病気?」
くすっと笑うと、リルダは答えた。
「ただの二日酔い。いくら言っても、お酒を控えてくれなくて」
ギュッと雑巾を絞って、水を棄てた手桶に掛ける。そして立ち上がると。
「そうだ、誤解があるよね」
フードを取って、短くした後ろ髪を見せる。
「僕男だし、おまけにこれだから」
と同時に、反対側の手に現われる金色のクーポン。
(そんな、うそーん……)
まさかの、来世の自分に失恋。その場にガックリとへたり込むコニルだった。
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