第24話 いきなりステーク?ホルダー?

 神々の信徒と魔法使いマジックユーザーとの対立。

 それこそ、世界滅亡の火種だ。何としても、関わらないこと。


(少なくとも、争いを止める手段がない、今は)


 コニルは商家の徒弟でしかない。魔法も、そしておそらく信仰も大したことが無い。剣術なんてからきしだ。


「でも、神官さま僕は……」

「ああ、その点も訂正しておかないといけないな。私は神官ではない」


 いきなりのことで、コニルは混乱する。


「神々と人との間に立つ神官は、我々改革派には必要ない。何故なら、誰もが直接、神々に祈るからだ」


 そう言えば、ニオール師からグローリー派について、同じような事を聞いたことがある。だからこそ、いち信徒に過ぎないミラカが、あんな強力な加護を受けることができたのだろう。


「でも、その服は……」

「これは神官服ではなく、『教導師』の制服だ」

「きょうどうし?」

「文字の読めない信徒たちのために、経典を読み聞かせ、守るべき戒律や祈り方を教える役目だ」


 どう聞いても、神官との違いが判らない。

 それが顔に出ていたのだろう。神官ならぬ教導師モズデントは言葉を続けた。


「私たち教導師が神官と異なるのは、二点ある。一つ目は、教導師は職業ではなく役目であり、無報酬だということ」

「それじゃ、どうやって生計を……」

「本業を別に持っている。私の場合は代書業だな」


 なるほど。識字率が低いからこその職業だ。


「二点目は、『とりなしの祈り』をしない点だ」


 どこかで聞いた言葉だ。そう、メリッド氏がニオール師に言った。

 妻が回復したのは、ニオール師の「とりなしの祈り」のおかげだと。


「信徒たちは自ら神々に祈るべきだ。教導師も共に祈りはするが、願い事は本人が直接、神々に訴えねばならない。それが義務であり、権利でもある」

「本人が祈れる状態でなかったら……」


 またも、思ったことが口から漏れた。


「言葉が発せない、病気などで意識がない、身よりもない。そんな場合は、その場で祈れる信徒全員で祈る」


(なんだか、その方が加護が与えられそう、ではあるんだけど……)


 コニルの脳裏で、とあるシーンが描き出された。

 道端で、一人の老婆が体調を崩して倒れる。すると、周囲を行きかう人たちが一斉に彼女の周りを囲み、神々に癒しの加護を請い願う。やがて老婆は癒され、周囲の人と喜びを分かち合う……。


(すごくいい場面だけど、何だか現実味が無いな)


 前世の動画で時々見た、フラッシュ・モブみたいだ。あちらは、しっかりとしたシナリオのある演劇の一種。アドリブも飛び入りもあり得るが、あくまでもメインは練習を重ねた演者たちだ。

 なら、この「祈りの奇跡」の場合は?


「偶然居合わせた赤の他人が、心を一つにして祈れるんでしょうか」


 またも考えが口から洩れていた。それにモズデントが答える。


「そう。だからそのために、普段から修行の一環として、助けを必要とする者のために祈る奉仕活動をしている。親兄弟や親しい者、三~四名で街に出てね」


(姉弟三人で街に出て……)


 ああ、そこに自分は遭遇してしまったわけだ。とコニルは納得した。


(これからはもう、人の目に着くところで魔法も魔法具も使わないようにしよう)


 などと心に誓ったが、既に遅い。遅すぎる。

 目の前の教導師モズデントの目は、獲物を見つけた鷹のように爛々と輝いていた。


(お願い、見逃して……)


 そこからは、コニルの境遇に関する当たり障りのない(はずの)雑談となり、やがてモズデントは立ち上がった。


「長々と時間を取らせてしまって、済まなかったな」

「いえ、そんな……」


 社交辞令としてコニルはそう言ったのだが。


「では、またな」


 その一言ですべてがぶち壊しになった。


「ああ、うちの信徒たちからの注文は、景福縫製を通じてこの店に来るはずだから、君も頑張りたまえ」


 なるほど、ドヴィッディがニヤけてたのはこのためか。


(もう来るな! 二度と来るな!)


 うっかり口から洩れないように両手で押さえながら、コニルは魂の絶叫を脳内で響かせるのだった。


(グロウリー派になるつもりなど全くないのに、いつの間にやら彼らの利害関係者ステークホルダーにされてやがる!)


 ヤバイヤバイヤバイ!


* * *


 その夜のCQタイム。


(なんで? こっちはグロウリー派とは距離を置きたいのに、どうして向こうからグイグイ来ちゃうわけ?)


 ケイマルに泣きつく。


(まぁ、その、なんだ。運命だから諦めろ)

(う……運命だなんて、運命だなんて……)


 転生クーポンを手に、コニルはよよと泣き崩れる。


(あんなメンドクサイ女が運命の相手だなんて、嫌だあぁ!)

(ミラカのことか? ……まぁ、帝都に行くまでの辛抱だから)

(……そうなの?)


 ちょっとだけ希望が出てくる。ケイマル情報では、メリッド商会が帝都レクアサンダリアに進出するのは五年後。

 たった五年。されど五年。思い返せば、小学校入学から五年生になるまでの間だ。

 苦手な同級生と担任がいて、五年間ずっとクラス替えがなかったとしたら。


(長い……長すぎる。うん。俺、絶対に不登校になる自信がある)


 ちなみに、この世界での「不登校」は完全な世捨て人だ。魔物がうろつく郊外での一人暮らし。早晩、クーポンを消費することになるだろう。


(ミラカはまだしも、あのモズデントはヤバイだろ。あからさまに俺の宗旨替えを狙ってるし)


 一応、そうした勧誘を受けたことはドヴィッディに報告したが、「そんな難しい事はわからん」と切り捨てられてしまった。よその店に引き抜かれるのは困るが、宗派はどうでもよいらしい。


(一般的な信徒は大抵、その程度だよ。お祈りとお布施を適当にやって置けば、困った時に何とかしてくれる、とね)


 ケイマルの言葉にコニルも納得するしかない。


(でも、それじゃ……前世の日本人と大差ないなぁ)


 年末は仏教で除夜の鐘。新年は神社にお参り。お彼岸とお盆は墓参り。


(多分、ずっとその程度だったから、今まで上手くやってこれたんだろうよ)


 グロウリー派のメンドクサさに、あらためてコニルは辟易した。


(で、何よりも神々からしたら、グロウリー派は一般信徒が熱心に祈ってくれるから、多分ウケが良いはずだ)

(そんな……神々にも見捨てられちゃうの?)


 こうなると、バランスを保つには魔法使いマジックユーザー陣営に加担するしかなさそうだが……。

 流石に、今のところ魔族に知り合いはいない。ならば、魔術師か。


(ケイマルは魔法が使えたっけ?)

(魔術だよ。言ったろ、魔法は学問だと)

(細かいな……で、魔法使いってのはどこにいるんだ?)

(魔術が使える奴なら、冒険者ギルドにゴロゴロいる。本式に魔法を学んだ魔法師なら、魔法ギルドてのがあるが、一番は王侯貴族だな)


 貴族……店の上得意としてしか意識していない、雲の上の存在だ。


(一応、貴族は全員、ある程度は魔法を学ぶんだ。帝都学園、て所でな)

(なにそれ。俺の転生人生、学園ものになったりするの?)

(そうらしいぞ。俺より先には、お貴族様がいるからな)

(いるのかよ!?)


 しかし、よく考えたら平民のままで世界の存亡に関われるとは思えない。


(まぁ……アイツらと関わるのは、帝都に行ってからだな)

(そうか。それはそれで、メンドクサそうだな)

(とにかくコニル、今生は商人を目指せばいい。何をするにも資金があった方が上手くいくからな)

(おう!)


 とりあえず、やるべきことは明確だ。徒弟としてもっと仕事を覚え、一日も早く正規の店員となること。そして、暖簾分けさせてもらうくらいに頑張って、独立する。


 あらためてやるべきことを確認すると、少しだけ安心できた。

 そのまま、コニルは寝落ちする。


* * *


 そして数日後。帝都では一つの式典が催されていた。

 場所は帝都学園、初等科。式典の内容はズバリ、入学式である。


「なぁ、ライサス」

「なんですか、バトローくん」


 周りを見回して、バトローと呼ばれた少年は肩をすくめた。


「……俺たち、ここにいていいのかな?」


 周囲に居並ぶのは、ピッカピカの一年生。帝国貴族の子女たちである。

 すでに何度も人生を繰り返し、擦れ切った心には眩しすぎた。この中で一番転生回数が少ないバトローでも、この世界で五回目だ。


「私は地方領主の次男。あなたも騎士団長の三男。ここに入学する資格は十分ですよ」


 そこで、ライサスと呼ばれた少年は、反対側に立つもう一人の少年に声をかけた。


「むしろ、あなたがここにいらっしゃることの方が、遥かに異例なのですが? バーセル殿下」

「仕方がないであろう。覚醒してからのこの一年間で、十回も暗殺されかけたのだ」


 バーセル殿下はこの国の第二皇太子。本来なら王宮で家庭教師から学ぶはずだが、これが狙ったかのように、暗殺者ばかりだった。


「兄上は、よほど余が邪魔らしい……」


 ため息とともに言葉を続ける。


「刺客や間者だらけの王宮より、学園の寮の方がよほど安全だからな」


 居並ぶ入学生の中で、この三人は異彩を放っていた。

 一見、粗野に見える口調だが、姿勢よく機敏なバトロー。穏やかな口調で物腰も柔らかいが、歯に衣着せぬライサス。そして口調も態度も、あからさまに大人びているバーセル。

 周囲の生徒からも教師からも、注目されまくり。


 こちらはこちらで、また別な物語が幕を上げるのだった。

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