第23話 神官に震撼

 新年七日目。年末年始の休みが明けて、本格的に商いが始まった日。

 とは言え、実家に帰れないコニルたち居残り組は、ずっと仕事漬けだったのだが。在庫の棚卸やらなにやらと。


「年末年始の休暇って、二週間十二日しかないもんな」


 馬車で片道十日かかるニルアナ村へは、たどり着いた途端に休みが終わってしまう。何年かに一度、追加の休みがもらえるらしいが、コニルの場合はメクレンス王国への旅とぼそぼそおたふく休みで消費されてしまった。


「また手紙を書こう……でもあれか、夏までは向こうに行くうちの商隊はないんだっけ」


 絹の生糸が出回って来るのが夏上月なつかみつきの末。多分、桑の葉が取れるのが春下月はるしもつきの初旬だからだろう。故郷の村で過ごした記憶で、このあたりの木々が新緑から成長した葉に変わるのがその辺りだ。

 そして、秋中月あきなかづきの末まで、大体二ヶ月ごとに出荷される。多分、その二ヶ月が蚕の一生のサイクルなのだろう。


「あとは、雑貨なんかをやり取りする、よその商隊だな。手間賃が高くなるけど」


 こちらは春中月はるなかつきあたりから行き来を始める。それでも、辺境のニルアナ村まで行く便は少ない。


「ホームシックってわけじゃないけど、ティナのぼそぼそおたふく風邪とか気になるし」


 まず間違いなく、うつしてしまってたはず。可愛いティナのほっぺが腫れて、さらに可愛くなっていたに違いない。側にいて看病してやりたかった。

 ぶつぶつとつぶやきながら、在庫の数を確認して蝋板に記録していく。それを事務所の台帳に書き写していると、中番頭のドヴィッディが声をかけた。


「コニル。それが終ったらちょっと来い。お前にお客様だ」


 お客様。

 その言葉で脳裏に浮かぶのはミラカだ。


(ううう、またメンドクサイの?)


 ここの徒弟たちの間でも、新年の祝典での三姉妹が話題になってた。特に、最年長のグーヴィアンなど、「運命の出会い」などと厨二病が全開だ。


(みんな、騙されてる! あんな燃えるような赤毛の美少女なんていないんですよ)


 全部知ってるはずのドヴィッディが沈黙を守ってくれているので、その美少女の中身がコニルだと言う事は知られていない。

 だが、三姉妹の長女のミラカがコニルと「親しい」ことは知れ渡っているので、質問攻めにはなった。


(親しくない! 絶対、親しくしたくない!)


 そこは激しく否定しておく。その上でのコニルの返事は。


「あの家は三姉弟で、真ん中は男の子です。女の子は知りません。多分、普段はよそで暮らしてるか、実は従妹なんじゃ?」


 と返して、誤魔化すばかり。


(今回のお客様。その関係じゃなきゃいいんだけど……)


 などと、特別丁寧な字で台帳に記入して時間を稼いでいたが、書き上がってしまったら行くしかない。台帳を閉じて棚に戻し、インクとペンを片付けて部屋を出る。

 そして、応接間というか商談スペースへ。景福縫製に比べれば、ずっと簡素な部屋だ。扉をノックすると、ドヴィッディの声で「入れ」と返事があった。

 扉を開けて中を見て、そのままそっと閉じようとすると。


「おい、何をしてる。入って来いコニル」


 ご指名されてしまった。だが、全身が拒否している。

 ドヴィッディの向かい側に座っているのは、若い神官。しかも、その神官服に染め抜かれている六芒星は、左右の斜め上下に出ている突起が細くとがっている。


(グロウリー派の神官!?)


 コニルの人生は、ケイマルの忠告とは正反対の方向にまっしぐらだ。


* * *


 神官はモズデンドと名乗った。


「君がコニル君だね。あの赤い髪の少女を演じた」


 すべてバレている。思わずドヴィッディをにらむ。


「おいおい、神官様に嘘はつけねぇだろ?」


 まぁ、八つ当たりだという自覚はある。


「はい、僕がコニルです……あの、女装は無理やりさせられたので――」

「ああ、そこは問題にならない。安心してくれ」


 そう言われて安心できるかというと、かなり心もとない。

 そして、神官モズデントはドヴィッディに「席を外してくれ」と告げた。退出する彼は、やけに機嫌が良さそうだった。

 扉が閉まると、おもむろに神官は切り込んで来た。


「単刀直入に聞こう。君は『改革派』の信徒かね?」


 グロウリー派というのは、それ以外の主流派が呼ぶときの名称で、最初に教派の指導者となった神官の名前が元らしい。で、彼らは自分たちの教派を「改革派」と呼んでいる。

 ……と、コニルはニオール師から聞いていた。


「えっと……特に何派とかは無くて、その……ニオール先生にはお世話になってますが……」

「ふむ。では、なぜあの三姉弟と親しくしてる?」


 またもや「親しい」か、とコニルは胸中でごちる。


「特に親しくはしてません。仕事であっちの店に御用聞きに行くので、顔見知りなだけです」

「だが、困った時に泣きつくぐらいには、信用されていたわけだ」


(うう。なんでこの人、そんなにこだわるんだろう)


 ミラカと一緒に誘拐されかけたこととか、話すべきだろうか?

 一瞬、そんな考えが浮かんだ。だがしかし、そうなるとケイマルを巻き込むことになる。話しがややこしくなるだけだ。


「あの……ええと、故郷の姉と妹が、歳が近いので」

「ほう。何歳だね?」

「姉は八歳、妹は三歳です」

「ふむ」


 片手を口元に当てて、考えるポーズ。

 その前に突っ立ったままのコニルは、居心地悪い事、この上ない。


「君は、改革派についてどう思っている?」


 メンドクサイ姉弟に関わったせいで、メンドクサイ神官に絡まれている。だから思わず「メンドクサイと思います」と本音を言いそうになった。


(いや、マズイ。それ言ったらマズイ)


 宗教問題に一気に踏み込みそうで、コニルは身震いした。


「えっと、あの、教えの基本に忠実なのは、いい事だと思うんですが……」


 モズデンドは膝に両肘を置くと、組んだ両手に顎を乗せた。そのまま、ねめつけるように見上げてくる。


(こ、怖すぎるから、それヤメテ!)


 震えあがるコニルに、彼は言った。


「……続けたまえ」


 続けたくないし、一刻も早く解放して欲しいのだが、そんな願いは神々に届かないようだ。


「あの、あまりに日常的な細々としたことにまで加護を願うのって、神さまからしたらどうなのかな? とか……」


 腰の蝋板を取り上げる。さっき台帳に書き写した内容がそのままだ。


「例えば、こんな風に蝋板をまっさらにするとか」


 魔力で板を過熱し、蝋が融けて再び固まる。そう、街中でこれをやって、ミラカたちに目を付けられたのが、メンドクサイことの始まりだった。


「こんなの、日に何度もやります。そのたびに火を起こすのも大変です。もし、家事になったらそれこそ大参事」


 なにしろ、ここは布問屋。燃えるものならいくらでも、どこにでもある。


「かと言って、そのたびに加護を求めるのも、なんだか神様を都合よく使っちゃってる気がして……」


 そこでモズデント目が、すっと細くなった。


「なるほど。改革派は神々を都合よく使っていると」


 ぎくっ。


(なんか今、思いっ切り地雷踏んだ?)


「あの……ええと、病気とか怪我とか、自分ではどうにもならない事は神々に助けを願うし、そのために日々祈りを捧げたり、感謝するのは当然だと思うんです。でも……」


 なんとか事態を収拾しようと、コニルは早口でまくしたてた。


「自分らで何とか出来ることは、自力で何とかした方が良いし、それには魔力も含まれるんじゃないかな、と思うんです」


 うまくまとめたつもりだったが、神官の答えはコニルの予想を上回った。


「君の言うとおりだ。我々改革派は、祈りの対価として加護を受けることを正当化している」


 彼は背筋を伸ばすと、神官服の胸に染め抜かれた、尖った六芒星を指さした。


「そもそも、そのために考案されたのが、この『グロウリーの六芒星』なのだから」


 あまりのことに、コニルは憮然となる。


「あの感謝の祈りの時、君だけは『守旧派』の六芒星で印を切った。それも、普通は聖職者しか切らない、本式の一筆書きで」


 一般の信徒は、上下を逆にした二つの正三角形を描いて、印を切る。正確に一筆書きで描く方は、成れないと難しい。何より、線を九本も引かないといけないので、時間がかかる。

 あの感謝の祈りの時も、コニルだけ少し二人に遅れてしまった。


「それに対して、日常的に加護を求めるには、素早く印を切る必要があった。それこそ、魔術師が五芒星を切るくらいにね」


 誘拐されかけて、ミラカが加護を求めたあの時。確かに彼女は一瞬で尖った六芒星を描いた。そして加護は与えられ、悪漢たちの視力を一時的に奪った。


「……戦いにも使えるように?」


 思ったことが、そのまま口から出ていた。

 細められていた神官の目が開かれた。


「そうだ。魔法使いマジックユーザーたちとのね」


(ヤバイ。ヤバすぎる!)


 コニルの脳裏で緊急警報が鳴り響いた。


(ひょっとして、コイツがラスボス?)

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