第23話 神官に震撼
新年七日目。年末年始の休みが明けて、本格的に商いが始まった日。
とは言え、実家に帰れないコニルたち居残り組は、ずっと仕事漬けだったのだが。在庫の棚卸やらなにやらと。
「年末年始の休暇って、
馬車で片道十日かかるニルアナ村へは、たどり着いた途端に休みが終わってしまう。何年かに一度、追加の休みがもらえるらしいが、コニルの場合はメクレンス王国への旅と
「また手紙を書こう……でもあれか、夏までは向こうに行くうちの商隊はないんだっけ」
絹の生糸が出回って来るのが
そして、
「あとは、雑貨なんかをやり取りする、よその商隊だな。手間賃が高くなるけど」
こちらは
「ホームシックってわけじゃないけど、ティナの
まず間違いなく、うつしてしまってたはず。可愛いティナのほっぺが腫れて、さらに可愛くなっていたに違いない。側にいて看病してやりたかった。
ぶつぶつとつぶやきながら、在庫の数を確認して蝋板に記録していく。それを事務所の台帳に書き写していると、中番頭のドヴィッディが声をかけた。
「コニル。それが終ったらちょっと来い。お前にお客様だ」
お客様。
その言葉で脳裏に浮かぶのはミラカだ。
(ううう、またメンドクサイの?)
ここの徒弟たちの間でも、新年の祝典での三姉妹が話題になってた。特に、最年長のグーヴィアンなど、「運命の出会い」などと厨二病が全開だ。
(みんな、騙されてる! あんな燃えるような赤毛の美少女なんていないんですよ)
全部知ってるはずのドヴィッディが沈黙を守ってくれているので、その美少女の中身がコニルだと言う事は知られていない。
だが、三姉妹の長女のミラカがコニルと「親しい」ことは知れ渡っているので、質問攻めにはなった。
(親しくない! 絶対、親しくしたくない!)
そこは激しく否定しておく。その上でのコニルの返事は。
「あの家は三姉弟で、真ん中は男の子です。女の子は知りません。多分、普段はよそで暮らしてるか、実は従妹なんじゃ?」
と返して、誤魔化すばかり。
(今回のお客様。その関係じゃなきゃいいんだけど……)
などと、特別丁寧な字で台帳に記入して時間を稼いでいたが、書き上がってしまったら行くしかない。台帳を閉じて棚に戻し、インクとペンを片付けて部屋を出る。
そして、応接間というか商談スペースへ。景福縫製に比べれば、ずっと簡素な部屋だ。扉をノックすると、ドヴィッディの声で「入れ」と返事があった。
扉を開けて中を見て、そのままそっと閉じようとすると。
「おい、何をしてる。入って来いコニル」
ご指名されてしまった。だが、全身が拒否している。
ドヴィッディの向かい側に座っているのは、若い神官。しかも、その神官服に染め抜かれている六芒星は、左右の斜め上下に出ている突起が細くとがっている。
(グロウリー派の神官!?)
コニルの人生は、ケイマルの忠告とは正反対の方向にまっしぐらだ。
* * *
神官はモズデンドと名乗った。
「君がコニル君だね。あの赤い髪の少女を演じた」
すべてバレている。思わずドヴィッディをにらむ。
「おいおい、神官様に嘘はつけねぇだろ?」
まぁ、八つ当たりだという自覚はある。
「はい、僕がコニルです……あの、女装は無理やりさせられたので――」
「ああ、そこは問題にならない。安心してくれ」
そう言われて安心できるかというと、かなり心もとない。
そして、神官モズデントはドヴィッディに「席を外してくれ」と告げた。退出する彼は、やけに機嫌が良さそうだった。
扉が閉まると、おもむろに神官は切り込んで来た。
「単刀直入に聞こう。君は『改革派』の信徒かね?」
グロウリー派というのは、それ以外の主流派が呼ぶときの名称で、最初に教派の指導者となった神官の名前が元らしい。で、彼らは自分たちの教派を「改革派」と呼んでいる。
……と、コニルはニオール師から聞いていた。
「えっと……特に何派とかは無くて、その……ニオール先生にはお世話になってますが……」
「ふむ。では、なぜあの三姉弟と親しくしてる?」
またもや「親しい」か、とコニルは胸中でごちる。
「特に親しくはしてません。仕事であっちの店に御用聞きに行くので、顔見知りなだけです」
「だが、困った時に泣きつくぐらいには、信用されていたわけだ」
(うう。なんでこの人、そんなにこだわるんだろう)
ミラカと一緒に誘拐されかけたこととか、話すべきだろうか?
一瞬、そんな考えが浮かんだ。だがしかし、そうなるとケイマルを巻き込むことになる。話しがややこしくなるだけだ。
「あの……ええと、故郷の姉と妹が、歳が近いので」
「ほう。何歳だね?」
「姉は八歳、妹は三歳です」
「ふむ」
片手を口元に当てて、考えるポーズ。
その前に突っ立ったままのコニルは、居心地悪い事、この上ない。
「君は、改革派についてどう思っている?」
メンドクサイ姉弟に関わったせいで、メンドクサイ神官に絡まれている。だから思わず「メンドクサイと思います」と本音を言いそうになった。
(いや、マズイ。それ言ったらマズイ)
宗教問題に一気に踏み込みそうで、コニルは身震いした。
「えっと、あの、教えの基本に忠実なのは、いい事だと思うんですが……」
モズデンドは膝に両肘を置くと、組んだ両手に顎を乗せた。そのまま、ねめつけるように見上げてくる。
(こ、怖すぎるから、それヤメテ!)
震えあがるコニルに、彼は言った。
「……続けたまえ」
続けたくないし、一刻も早く解放して欲しいのだが、そんな願いは神々に届かないようだ。
「あの、あまりに日常的な細々としたことにまで加護を願うのって、神さまからしたらどうなのかな? とか……」
腰の蝋板を取り上げる。さっき台帳に書き写した内容がそのままだ。
「例えば、こんな風に蝋板をまっさらにするとか」
魔力で板を過熱し、蝋が融けて再び固まる。そう、街中でこれをやって、ミラカたちに目を付けられたのが、メンドクサイことの始まりだった。
「こんなの、日に何度もやります。そのたびに火を起こすのも大変です。もし、家事になったらそれこそ大参事」
なにしろ、ここは布問屋。燃えるものならいくらでも、どこにでもある。
「かと言って、そのたびに加護を求めるのも、なんだか神様を都合よく使っちゃってる気がして……」
そこでモズデント目が、すっと細くなった。
「なるほど。改革派は神々を都合よく使っていると」
ぎくっ。
(なんか今、思いっ切り地雷踏んだ?)
「あの……ええと、病気とか怪我とか、自分ではどうにもならない事は神々に助けを願うし、そのために日々祈りを捧げたり、感謝するのは当然だと思うんです。でも……」
なんとか事態を収拾しようと、コニルは早口でまくしたてた。
「自分らで何とか出来ることは、自力で何とかした方が良いし、それには魔力も含まれるんじゃないかな、と思うんです」
うまくまとめたつもりだったが、神官の答えはコニルの予想を上回った。
「君の言うとおりだ。我々改革派は、祈りの対価として加護を受けることを正当化している」
彼は背筋を伸ばすと、神官服の胸に染め抜かれた、尖った六芒星を指さした。
「そもそも、そのために考案されたのが、この『グロウリーの六芒星』なのだから」
あまりのことに、コニルは憮然となる。
「あの感謝の祈りの時、君だけは『守旧派』の六芒星で印を切った。それも、普通は聖職者しか切らない、本式の一筆書きで」
一般の信徒は、上下を逆にした二つの正三角形を描いて、印を切る。正確に一筆書きで描く方は、成れないと難しい。何より、線を九本も引かないといけないので、時間がかかる。
あの感謝の祈りの時も、コニルだけ少し二人に遅れてしまった。
「それに対して、日常的に加護を求めるには、素早く印を切る必要があった。それこそ、魔術師が五芒星を切るくらいにね」
誘拐されかけて、ミラカが加護を求めたあの時。確かに彼女は一瞬で尖った六芒星を描いた。そして加護は与えられ、悪漢たちの視力を一時的に奪った。
「……戦いにも使えるように?」
思ったことが、そのまま口から出ていた。
細められていた神官の目が開かれた。
「そうだ。
(ヤバイ。ヤバすぎる!)
コニルの脳裏で緊急警報が鳴り響いた。
(ひょっとして、コイツがラスボス?)
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