商人にできること
第22話 お年始? 怨念視?
(……一体全体、どうしてこうなった!?)
声を大にして叫びたい気持ちで、それでも姿勢よく並んで立って、恭しく
そう、並んで。右にミラカ、左にミアラの三人で。
つまり、エクロの身代わりとして。
* * *
すべてはミラカの必死の懇願から始まった。
アウローラ教団では、全ての人が一つ歳を取る年明けに、神々に感謝をささげる祝典を執り行う。その中で、特に九歳、六歳、三歳の子供には特別な祝いをする。
意味合いとしては、日本の七五三と同じだ。子供の死亡率が高いこの国で、その成長を祝い神々に感謝する催しだ。
そして今年は、ミラカ、エクロ、ミアラの三姉弟がその年齢になるので、代表で祝福への「感謝の祈り」を捧げることになっていた。
ところが、エクロが
「だから、この『感謝の祈り』そのものがナシになりかけてるの! これのために、私たち三人のために、お店を上げて特別な衣裳を用意したのに!」
仕立て屋としては、願ってもない宣伝のチャンスだ。宗教的な式典だから、華美な衣装ではない。しかし装飾が少なければ、むしろデザインや縫製の良し悪しが鮮明になる。
どうやら、先日の誘拐騒ぎになりかけた反物の取引は、直近ではその衣装が目的だったようだ。
しかし、それとこれとは別だ。
「いえ、あの、僕は関係ありませんから!」
「そこを何とか! お願い!」
必死に拒むが、ミラカも必死で掴んだ腕を引っぱる。
それを何とか振り切って、いったんはメリッド商会へ逃げ帰ってきたのだが、そこへもミラカが進撃して来て拝み倒す。
すると。
「そう言わずに、行って来い。男だろ?」
ドヴィッディに後ろから撃たれた。どうやら、景福縫製に恩を売れると見込んだらしい。
「だ、だってほら! 僕の髪は深緑ですよ? 赤系統の髪色の姉妹に加わっても、違和感しかないでしょ?」
「そんなもの、カツラを用意してるから大丈夫!」
さらに畳みかけるようにミラカに押し切られ、コニルは景福縫製の奥へと連れ込まれてしまった。
「やあ、コニル君。まさか君の方から来てくれるとはね」
豪華なリビングとしか見えない商談室では、獰猛な店主が牙を剥いて……いや、にこやかな笑顔と猫なで声で待ち構えていた。
(なのに、目だけ笑ってないの、怖すぎる!)
ケイマルがはっきりと忠告していた。「この店に取り込まれるな」と。何しろ、アウローラ教団の中では何かと過激な、グロウリー派を信奉している一家だ。おそらくは従業員も。
魔力を自分の意思で使う魔術を否定し、全ての魔力を感謝の祈りとして神々に捧げ、加護として受けることを良しとする。それがグロウリー派だ。
おそらくは、この世界を滅ぼす対立の、片方の極と成るはず。
(なんとかせめて、ビジネスライクな距離感を保たなきゃ……)
そう思ってたのに、両手をがっしりと握られ、両脇をミラカとミアラに挟まれ、逃げようがない。
「まずは、試着してもらわないとな」
コニルの自由意志など、どこにもなかった。
* * *
着せられた特別仕立ての衣装は、この世界に産まれてから見た中では、確かに際立っていた。
(うう、
いわゆるメクレンス織だ。
商品として扱っていても、直に触れることは全くなかった、最高級の布地だ。袖に触れると、布と言うより流れる水に触れるかのような滑らかさ。光沢も虹色に輝くほど。
シンプルなデザインながら、仕立ての良さは裾などが自然に作り出す
(前世は女っ気ゼロだったから、こんな衣裳なんて触れたことなかったしなぁ)
イメージとしては、宝塚の男役が身に
「ああ、サイズはエクロ坊ちゃまと全く同じですね。ほとんど、お直しするところはございません」
着付けてくれた女性店員は嬉しそうだ。
(そりゃ、ようござんした。ところで……)
さっきから気になっている点を、その店員にぶつけてみた。
「あの、これって裾が長すぎませんか?」
チュニックなら、長くても膝丈だ。なのにこれはくるぶしまである。子供服なら成長に合わせて長めに作るが、その場合は袖丈も長くとって折り返して縫う。徒弟のお仕着せがそうだったように。
しかし、この衣裳はそうなっていない。
「いえ、問題ありませんよ。女物ですから」
ああ、そうですか。女物。
「な、なんですと!?」
あまりのショックに、思わずふらついてしまった。
「ぼ、僕は男――」
「はいはい、エクロ坊ちゃまも男の子。でも、表向きは三姉妹、と言うことになってまして」
(エクロ、お前……よそからは女の子扱いされてたのか)
遠い目で、
ばさり、と何か頭から被せられ、目の前が真っ赤になる。
「うわっ!?」
「はい、動かないで。今、ここを縛りますからね」
きゅっ、と頭が締め付けられる。
そして、サッと目の前をふさいでいたものが払われると。
「はい、見てご覧なさい。まぁ、素敵!」
目の前に美少女がいた。腰まで届く真紅の髪。光沢のある絹のドレス。思わずドクンとときめいてしまう。
「あ、あの、どちら様……」
と言いかけて気づく。自分と同じように、その唇が動くことに。よくよく見れば、目の前にあるのは姿見。
「お、俺?」
「ほら、良く似合うでしょう?」
呆然とするコニルを追い打ちする、女店員。
「本来ならエクロ坊ちゃまのはずなんですけど。あなたもよく似てるから大丈夫ですねぇ」
大丈夫じゃない! と、胸中でわめくコニル。
(チクショー、エクロの奴! 都合よく風邪なんて引きやがって!)
それさえなければ、あとからネタとしてからかってやれたのに、と悔しがるコニルだった。
* * *
(で、こうなったわけだ)
大神殿の祭壇の下で、居並ぶ信徒たちの前に立たされて、大神官様からのありがたいお言葉を頂く。
「これなるは、今年、感謝の歳を迎えた三姉妹である。この三人に、そして同じ歳を迎えた全ての子らに、神々のご加護あらんことを」
そして祈りの言葉が続く。その間、コニルは必死に耐えた。
(なんか、俺、めっちゃ見られてるんだけど)
視線が痛い、とはこういう感覚を言うのだな。そう「痛切」に感じる。それこそ、文字通りの意味で。
ちなみに今、コニルはノーパンである。両側のミラカとミアラと同じく、シュミーズに似た下着だけ。股間を防御してくれるズボンや下着は、履くことを禁じられた。
着付けの時はそこまで脱がされなかったので、油断してた。しかし、見る人が見れば
(もしかして、男だってバレてる?)
そんな「見る人」が見れば、股間のイチモツなんてお見通しなのではないか? とか思ったのだが……どうやら、六才児のサイズでは誤差の範囲内らしい。
やがて大神官の祝福の祈りが終った。次は、「三姉妹」による感謝の祈りだ。教えられた通り、振り返って祭壇に向き直り、三人並んで段を上がる。
そして六芒星の印を切って、これまた教えられたとおりの祈りをささげる。
(? ……何だか今、違う視線が――)
今までの好奇の視線とは異なる、鋭い視線を感じながら、何とか祈りの言葉を唱え終える。
そして、三人そろって回れ右をして、大聖堂の会衆に向かって一礼し――。
(――うわぁ、何百人もと目が合っちゃった!?)
激しくガン見されていた。
(やっぱりバレたんじゃ?)
その時、大神官が声を上げた。
「見事な感謝の祈りを捧げた三姉妹に、祝福の拍手を!」
ワーッ、という声と共に万雷の拍手。ガン見してる人たちは特に激しい。その大半は男、それも少年たちだった。そして皆、頬が赤く染まってる。
……と言う事は。
(やめろ~~~! 俺に惚れるんじゃねぇ~~~!)
そんな魂の叫びを脳裏で上げながら、震える脚で段を降り、礼拝堂の隅に作られた席に三人並んで座る。
そして、他の神官が新年にちなんだ短い講話をする間、ちらちらとこちらを見る少年たちの視線にさらされ続けた。
(そもそも、俺がエクロに似てるからいけないんだ……)
そう考えて、恐ろしい事に気づく。
(もし、エクロが
その場合は、エクロが女装をさせられ、今、自分がいるところにいる。そして自分は、あの少年たちの中に。
(……俺が、女装したエクロに一目惚れしたかも?)
余りにも嫌すぎる「あり得た展開」に、目を閉じてうつむき、打ち震えるコニル。
だがそのせいで、彼を見つめる別種の鋭い視線に、気づくことはなかった。
* * * * * *
その頃。
式典に列席した人々の中で、四人の少年が彼らだけに見える金色のクーポンを手に、声のない会話をしていた。
(で、どうだったケイマル? 『彼女』を始めてその目で見て)
(……)
(僕なんて三度目だけど、やっぱり見とれちゃいますね)
(……)
(うむ、あれだけの美少女は後宮にもいないな)
(……)
黙り込んでるケイマルに、最初の少年が少し呆れた脳内の声で。
(いい加減に、何とか言えよケイマル。俺たち、明日には帝都に向けて出発するんだから)
(……だった)
(((ん?)))
三人が同時に聞き返した。
(綺麗だったよ! 思わず見とれちまったよ!)
ケイマルとは離れて座ってる三人が、ニヤリと笑みを浮かべた。
(うんうん。そうだったよなぁ)
(遠い過去の、美しい想い出ですねぇ)
(コニルとしてのこっ恥ずかしさと、ケイマルとしての感動、余らにイジられたこと、全てな)
この世で一番メンドクサイ相手は、転生を繰り返した自分自身。
――早く式典が終わって、コイツラ帝都に帰らないものか。
心底、そう願うケイマルだった。
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