第19話 進撃の年末侵攻

 コニルのぼそぼそおたふく風邪は、一週間で完治した。メクレンス王国へ向かった隊商が村に戻るまでの三日間、コニルは家族とまったり水入らずで過ごした。

 ……わけでもない。


「やっぱ、こうなるよね……」


 部屋の隅で、黙々と麦藁むぎわらで細い縄をう父親。その縄を使って、手提げ袋や帽子、かご草鞋わらじを編んで行くコニルとトニオ。

 あちらでは、柳の枝を細く裂いたもので、母親とケラルが籠やザルを編んでいる。その横では、麦藁で作った人形でティナが遊んでいた。

 毎年、冬場にやっていた手仕事だ。

 こうして冬の間、黙々と小物を作り続け、春の市で売りさばく。得られた小金は、村で手に入らない生活必需品や贅沢品に変わる。

 それでも、手仕事をしながらのおしゃべりはそれなりに楽しい。特に今回は、コニルの領都での暮らしが話題となった。


「へぇ。コニルに彼女がねぇ」


 ケラルにミラカの事をからかわれた。大好きな姉に言われると、何気にダメージが大きい。


「違うって。向こうが勝手に絡んで来ただけだし。あの子はケイマルを好きになったんだし」

「ま、それでフラれたからお前に、となったんだろ?」


 今までこの手の話題に入ってこなかったトニオの変化に、コニルはちょっと驚いた。


「兄さんこそ。誰か好きな子ができたんじゃないの?」


 探りを入れたら、案の定。


「ばっ……何言い出すんだいきなり!」


 真っ赤になって、猛然と帽子を編み出す。


(トニオは早生まれだっけな。もうじき満十一歳、お年頃だなぁ)


「にーちゃ、ティナはね、にーちゃがだいしゅき!」


 そう言いながら、とてとてと歩いて抱き着いてきたので、抱き返してやる。


「ああ、兄ちゃんもティナが大好きだよ」


 ぼそぼそおたふく風邪の潜伏期は二週間足らずらしいから、もうじきティナは発症するはず。看病してあげられないのが残念だ。


(ああ、姉も妹も可愛すぎて、離れるのが辛い……)


 思春期の入口らしい兄のトニオも、中身が二十歳のコニルから見ると微笑ましい。


(誰なんだろうな。全っ然思い当たらないけど)


 美幼女すぎる姉妹のせいで、村の娘たちはほとんどみんな芋やカボチャなどの「野菜の妖精」にしか見えないコニルだった。

 それでも、共同農地へ働きに出る年齢になれば、親しくなる機会もあっただろうが……。


* * *


 予定通り、隊商は三日後に帰って来た。


「おう、坊主。神童って言っても、病気にはかなわんな」

「坊主は酷いな、ゴメルさん」

「母ちゃんのおっぱい、たっぷり飲めたろ?」

「だからぁ!」


 早速、ゴメル隊長にイヂられるコニル。


 領都エランからここニルアナ村までが十日、ここからメクレンス王国の王都までが三日。夜通し早馬を飛ばせば、一日と少し。隣国との国境に近い、辺境の村。それがこの村だった。

 王国の国土の東西の幅が狭いのも、距離が近いことにつながっている。


「それだから、メクレンス王国が出来る前は魔物の襲撃が結構な頻度であったらしいな。まあ、俺が生れる前だけどよ」

「あれ? じゃあ、伝承に出てくる村を救った英雄って?」


 当然、気づいていてよいことなのだが、コニルの頭脳は関心が向かないと動作しない。その英雄こそ、メクレンスの初代国王、ダイゴなのだろう。


「そもそも、伝承って言ったら百年とかじゃないの?」

「まぁ、ちゃんと書物に残せばな」


 識字率が限りなく低いこの村では、昔の事は口伝でしか伝わらない。そうなると、真っ先に抜け落ちるのが「いつ?」らしい。ほんの五十年前の事が、二、三世代経つと何百年も前に変わったりする。

 ちなみに、人生五十年のこの世界では、一世代は高々二十年かそこらだ。


(その辺りをそぎ落として、伝説の英雄が五十年前のダイゴだと特定したのが、ニオール先生の研究だったのか)


 今更ながらに、わが師の努力と成果に気づく。


(まぁ、それが何になるかというと、「趣味」何だろうけどね)


 自分もニオールの歳まで生きて、趣味に生きたい。そう思ったところで。


(そうなりゃまさしく、世界の破滅を阻止しないとな)


 結局、そこへ行きつく。

 そのためにも、と決意も新たにして、コニルは再び故郷の村を後にした。


* * *


 メリッド商会に戻ると、そこは戦場だった。

 コニルがぼそぼそおたふく風邪でメクレンス王国へたどり着けなかったことを報告すると、メリッド氏はうなずいて答えた。


「こっちでも徒弟が何人もやられてな」


 どうやらこの冬の領都エランは、この病気の当たり年だったらしい。それほど重くはないが、栄養状態が悪いとこじらせてしまう。コニルも、ケラルが粥で栄養補給してくれたのが大きい。

 そして、この病気に感染しないまま成長して、大人になってから発症すると、致死率の高い重篤な病に豹変する。


「うちは、看病などは徒弟同士やかかったことのある大人に任せて、罹ってない店員と隔離したから良かったんだが……結構、よそでは酷かったようだ」


 この世界にはまだ、伝染病の病原体、細菌やウィルスの知識は広まっていない。それでも、病気をもたらす「病魔」という存在がいて、これが近くの人間に取り憑くと発症する、という程度の理解は一般的だった。

 また、病気が治るのは「神々の加護」によるのであり、その種の病魔からも守られると。免疫システムの宗教的解釈だ。


「一命を取り止めても、難聴などの障害が残ることがある。最悪なのは、男性の場合、子種が無くなることがあると言うからな」


(そ、それだけは勘弁!)


 メリッド氏はコニルの肩に手を置いて言った。


「おかげで今は、酷い人手不足なんだ。君の力を発揮して欲しい」

「わかりました!」


 と、元気よく答えたは良いが。

 コニルだって身体はひとつ。寝込んでる徒弟たちの代わりにはなれない。


「だったら、出来ることをやらなきゃな!」


 店中を走り回り、事務仕事を引き受けていく。帳簿付けや在庫の確認、注文や納品の書面をかいたりチェックしたり。そうして手の空いた店員に、力仕事を任せる。


(あー、これが年末進行ってやつか)


 大学の忘年会にOBを呼んでも、断られる第一の理由がこれだった。

 ただでさえ、年末年始は徒弟たちの里帰りがある。その間、店は休みになるから、仕事は前倒し。


「それに……このために、真冬に買い付けの商隊を出したんだもんな」


 納品伝票の送り先を見てため息をつく。

 景福縫製。ミラカの家だ。あちらも、こちらと同じか、それ以上の大忙しだろう。


「おう、コニル。頑張ってるな」


 番頭のドヴィッディが、珍しく労ってくれた。


「はぁ……。年始の神殿参りって、都会こっちじゃこんなにおめかしするんですか?」


 手にした伝票をピラピラと振る。そこには、「メクレンス織り」とか「東国染」とかの商品名が並んでいた。もの凄く高価な絹織物で、これをメクレンス王国まで買い付けに行ったのが、ゴメル隊長率いる商隊だ。


「年に一度、新しい歳を神々から授かる儀式だからな。特に、お貴族様は気張るんだよ」


 だからお前も気張れ! と、景福縫製へ追加注文の御用聞きに追いやられた。

 北風の中、広場を走り抜ける。甘いホットミルクの匂いに惹かれながらも、素寒貧スカンピンな事を思い出す。


(ああ……手仕事の分、小遣いもらえてりゃ……)


 実家で作った草鞋など。市で売れば、ホットミルクの一杯くらいにはなったろうけど、「商人になるんだ!」と大見栄切った以上、そんなせこい事は出来なかった。

 しかし、そんな悩みなど、店にたどり着いたら吹き飛んだ。


「お願い! コニル、助けて!」


 決死で必死の形相でミラカが飛びついて来て、両手をガッチリとホールドし、グイグイ来る。


(ね、年末進行が侵攻に!?)

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