第18話 ぼそぼそ休み
ガラガラと音を立てて回る車輪。荷馬車に揺られながら、コニルは商隊の隊長を質問攻めにしていた。
「メクレンス王国って、南北に細長いんですね」
地図を見せてもらいながら、コニルはつぶやいた。
ユグドラシア大陸を東西に分断している、魔の森。その西側に張り付くように、王国の国土が描かれていた。
「ああ、魔の森を突破してきた英雄さまが築いた国だからな。魔の森に近すぎて、どの国も手を付けていない土地を割譲して出来たんだ」
隊長はゴメルという名で、四十代のがっしりした体格。どうやらコニルくらいの孫がいるらしい。
そう、孫だ。
平均年齢が五十代のこの世界では、男女とも二十歳までに結婚して子を産み、四十代で孫を持つ。
だから、ソリアンが十五歳で結婚したのは珍しくなく、七十代で初婚のニオールは極めて異例だった。
(俺もそのくらいで相手が見つかるかなぁ……)
今のところ、姉妹以外に女っ気が皆無なコニルではあるが。
不意に、ミラカの顔が脳裏に浮かんだが、ツンとすましてそっぽを向かれてしまった。
ゾクリ。悪寒がして、思わず身体に震えが走る。
(冗談じゃない! あんなメンドクサイの、こっちからお断りだ!)
「どうした寒いのか? 冬の旅なんだから気を付けろよ」
ごそごそと荷物を掻き回して厚手のマントを取り出し、ばさりとコニルにかけてやった。しばらくモガモガともがいて、コニルは何とか首を出した。
「どうもすみません」
「気にすんな。メリッドの旦那のお気に入りに、風邪でも引かれたら困るからな」
ゴツイ外見に似合わず、ゴメル隊長は面倒見のいい男だ。
「ええと、今回の積み荷は麻と木綿、それに羊毛ですか」
荷馬車に所狭しと積み込まれている反物の包みを見回す。
「ああ。国土が狭いから、自国では生産が難しいらしい」
コニルはもう一度、地図に目を落とした。
(食糧は自給自足らしいな、どこの国も)
戦乱や定期的に起こる魔物の襲来で、交易が途絶えるのは過去何度もあったと、ニオールが教えてくれた。
(そして、主要な輸出品目は絹。多分、蚕のエサの桑に、全振りしてるんだ)
考え込むコニルに、ゴメル隊長は言葉を続けた。
「まぁ、帰りは絹織物になるからな、荷台はスカスカだ」
価格差を考えれば当然だ。
「織物ですか。絹糸じゃなくて?」
「糸のままは収穫祭までだな。その後は織物だ」
絹糸の生産は、春から秋まで。多分、桑の葉が取れるのがその季節だからだろう。
(桑って、落葉樹だったよな?)
そんな基礎知識からして欠けているが、今回の旅できっと、もっと具体的な事がわかるかもしれない。
(そうすればきっと、商売に役立つはず!)
ケイマルが言ったように、チートは自分の努力で築くしかない。この世界の特徴の一つである絹の交易に関わることができたのだから、目一杯利用しまくるのみだ。
などと意気込んでいると、ゴメル隊長は話題を変えた。
「そうだ、明日はお前の故郷の村に着くぞ。久しぶりに母ちゃんのおっぱいでも吸ってきな」
いきなりの子供扱いに、思わずコニルはムッとする。
「いくらなんでも、そりゃないよ!」
ニヤッと笑うゴメル。利発な子供をからかうのは、大人の楽しみだ。
「なら、俺たちは礼拝所を借りて雑魚寝だが、お前もそうするか?」
うっ、とコニルは言葉に詰まる。家族の顔が見たいのは確かだ。
「遠慮します。これ以上、男臭いのは勘弁」
気分を変えようと、荷馬車の幌から外を覗く。
内陸なので、このあたりは雪があまり降らない。茶色く冬枯れた周囲の景色、特に街道を南北から挟む山並みの形は、懐かしい見慣れたものになってきていた。
(一足早い、里帰りか。一晩だけだけど)
家族の驚く顔が楽しみだった。
* * *
翌日。昼過ぎに商隊はニルアナ村に到着した。
期待通り、コニルの突然の里帰りに家族は驚いたし、喜んでもくれた。ゴメル隊長が「メリッド氏から預かった」と手渡した手土産も喜ばれた。
「コニル、お帰り!」
「にーちゃ、おかえり~」
姉ケラルの熱烈な抱擁。妹のティナも、脚の方にしがみつく。
「ただいま、みんな。一晩だけだけどね」
その夜は、手土産の海産物の干物をふんだんに使ったごちそうだった。思う存分に食べて、兄弟姉妹で双六のようなゲームで遊び、少しだけ夜更かしして。
久しぶりに一緒に寝ようとしたら、ティナが「にーちゃとねんねするの!」と言い張ったので、ケラルとの間に川の字で寝ることになった。
「狭いから、俺はあっちで寝る」
兄のトニオは、毛布を掴んで長椅子へ。
ちょっとすまない気もしたが、久しぶりのスキンシップを甘受することに。姉と妹の温もりに包まれて、幸せな気分でコニルは寝付いた。
……のだが。
(イテテテテ……)
両耳の下あたりの痛みに叩き起こされる。毛布から手を出して痛むあたりを触れると、腫れていて熱を持っていた。
(この痛みと腫れって……)
目を開けると、あたりはまだ
「姉さん……」
声をかけるようと口を開くと、腫れてる部分が痛んだ。それでも何度か声をかけると、ケラルは目を開いた。
「どうしたのコニル?」
「熱と……痛みが……」
跳び起きた彼女は、薄暗い中でもはっきりと見て取れる両耳の下の腫れに気づいた。
「父さん、母さん起きて! コニルが
ケラルの声で両親と兄が起き出した。
* * *
「でもまぁ、家にいる時で良かったわね」
ケラルはコニルの耳の下に当てた氷嚢を取り換えながら、落ち着いた声でそう言った。手拭いを顎の下にあてがい、氷嚢が落ちないように頭の上で縛る。
「お父さん、礼拝所にいる商隊さんへ知らせに行ったの」
本来なら、今日の朝早くに出発するはずだった。
「大丈夫、あの人たちが帰りに寄るまでには治ってるから」
そう言いつつ、身体を起こしたコニルに、暖かい麦粥を匙ですくって食べさせてくれた。
顎の関節の当たりが腫れているので、口を大きく開けると痛い。そのせいで「ぼそぼそとしか喋れない」から「ぼそぼそ風邪」。前世の日本で言う「おたふく風邪」だ。
他の家族の朝食を用意しながら、母親も声をかけて来た。
「うちでまだやってないのはティナだけだから、コニルが治るころにかかるわね。トニオがもらってきてティナにうつしたみたいに」
こちらでも、一度かかれば免疫ができる、子供に定番の伝染病だった。ごくまれに難聴などの後遺症が出ることがあるが、ほとんどの場合は一週間ほどで腫れは収まり、快癒する。
そのため、ティナが感染することを懸念してはいなかった。今でも、コニルの隣でスヤスヤ眠っている。
ドアが開いて、兄のトニオが手桶を下げて入って来た。
「水がめの氷、取ってきた。ここに置いとくぞ」
「ああ兄さん、ありがとう」
ケラルだけでなく、トニオも看病を手伝ってくれている。父親譲りでぶっきら棒だが、面倒見は悪くない。
そこへ再びドアが開いた。
「あ、お帰りなさい、あなた……え、神官様?」
母親が振り向いた先には、父親が女神官を伴って立っていた。
「ああ……コニルの病気の事を話したら、治癒の加護を祈りに来てくださったんだ」
コニルは口の中の粥をゴクリと飲み込むと、そちらを見た。茶色の髪を白いヴェールで覆い、六芒星の神官服を着ていた。こちらを見て微笑むその顔立ちは三十手前くらい。
こちらへ歩み寄った彼女は、自己紹介した。
「わたくしはタスアナシア。ドレニーオの妻として、この地に赴任してまいりました。わが師ニオールの見出した神童にお会いできたことを神々に感謝します」
コニルも挨拶しようとしたが、痛くて口が開かないのでうなずくだけだにとどめた。
(ソリアンより年上な分、落ち着いた感じの人だな)
タスアナシアの祈りでは、特に目立った光などは見えなかった。それでも加護はきっとあるのだと、コニルは信じることにした。
祈りが終ると、彼女は帰って行った。
(ああ……やられちゃったなぁ。メクレンス王国、行ってみたかったのに)
その代り、商隊が戻って来るまで家族と一緒だ。年末年始の休暇より長い。
(……ていうか、休めなさそうだよな、そっちは)
それがまた、年末年始にちょっとしたトラブルを引き起こすのだが……。
そのことをコニルはまだ知らない。
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