第17話 生存戦略!

「まぁ、そんなに睨むなよコニル。おごってやるから、ちょっと話そう」


 場所は広場で、いつか二人で飲んだ蜂蜜入りホットミルクの屋台が出ていた。ケイマルはポケットから銅貨を数枚取り出した。


「あの三悪党、思ったとおり手配書が出てて、報奨金が出たんだ。オヤジの手を借りたから、俺の分は一部だけどな」

「小遣いがあっていいなぁ」


 徒弟は基本、給金は出ない。衣食住を賄われ、商人としての基礎を教え込まれるのだから当然だ。正規の店員になれば給金が出るが、それは何年も先のこと。


「お前は商人になるんだろ? オヤジや俺が生涯で稼ぐ金額を、毎年稼ぐようになるんだぜ?」

「まぁ、そうだけどさ」


 屋台で飲み物を買って、ベンチに座ってすする。


「荷物、降ろさないのか?」

「ひったくりが怖い」


 景福縫製――ミラカの家を出る時に、再び封印の魔法をかけてある。しかし、コニルの魔力では一晩と持たない。奪われたらオシマイだ。


「それより、話しって?」

「ああ、今回の件な。禁忌に触れない限りのアドバイス」

「……なら、真面目に聞かないとな」


 一口すすって、ケイマルは話し出した。


「まず、ヘッドハンティングは断ること」

「受ける気もないがな」

「あと、そういう勧誘があったことは、報告しとけ。なんて言ったっけ、あの番頭」

「ドヴィッディ?」

「そう、そいつに。五年後、コイツが大番頭になる」

「へー。じゃ、今の大番頭は暖簾分けか」

「ある意味な。ただ、出ていくのは店主のメリッドとドヴィッディの方だ」


 コニルはケイマルの顔を見た。


「出ていくって……」

「メリッド商会は帝都に進出し、そこに本店を構えるのさ。お前もついていけ」


 一人の商人として、この国の中心で一旗揚げるのは非常にありがたい。チャンスではある。


「……ニオールやソリアンとはお別れか」

「あ、あの二人は同時期に帝都の大聖堂へ赴任する」

「そ、そっか」


 どうやら、本気で神童コニルを見守るつもりらしい。


「で……お前は?」

「ああ。俺はここに残る」

「そっか……それは寂しくなるな」


 親友。来々世の自分をそう呼んでよければだが。そのつながりがあと五年で終わる。


「まぁ、成人して一人前の冒険者になるまでさ。そうなりゃこの世界中を回るから、帝都にも行くつもりだ」


 それに、と彼は続けた。


「帝都には転生者の大半が集まってる。クーポン通信も使えるから、禁忌に触れない限り、色々なアドバイスを貰えるぞ」

「それは……ありがたいな、うん」


 ケイマル一人で、これだけ助けてもらえたのだ。大半と言うなら五人以上。おそらく、職業も立場もバラバラなはず。


「そこまで行くと、結構チートっぽくなるな」

「自力で作りだしたチート、てわけさ。この世の終末まで生き延びて、それを防ぐための生存戦略だな」


 納得しつつも、「それにしても」とコニルは口にする。


「同じ五歳児なのに、ケイマルは随分と色々仕込まれてるな」

「ああ、早生まれだからな。俺たちが前世の記憶に目覚めるのは、満五歳の日だ」

「そうか。この国は数え年だもんな」


 産まれた日に関係なく、誰もが新年を迎えるたびにひとつ歳を取るのが「数え年」だ。

 そのため、数え年で同じでも、満年齢では一歳近く差が出てしまう。


「俺より九カ月早く目覚めててたら、そりゃ違うよなぁ」

「ま、転生クーポン使う時に考えろや」


 随分先の話だな、とコニルは思った。

 するとケイマルが。


「ところで、俺とかの前にミラカは良いのか?」

「なんでその名が出てくる?」


 にへら、と笑ったケイマルの顔は、五歳児のままでセクハラ親爺の風格を備えていた。


「あの後、少しは進展したんじゃないのか?」

「今までマイナス百℃だったのが、マイナス八十℃になった程度だよ!」


 なおも「本当にそうかぁ?」などとしつこいので、コニルも反撃した。


「なら、お前の『心に決めた女性ひと』って誰だよ?」


 ケイマルはグッと詰まったのち、ソッポ向いて口笛を吹きだす。


「なんだ? それって禁忌なのか?」

「いや……彼女自身はそうじゃないが……」

「じゃ、良いだろうが。話しちまえ! 俺がこの先、誰を好きになるとか、全部知ってるくせに!」


 コニルがそこまで言うと、ケイマルは辛そうにうつむいた。


「……勘弁してくれ。なぜ彼女を、と言うあたりが禁忌なんだよ……」

「そうか……」


 そろそろ帰らなきゃ、とコニルは言って立ち上がった。

 そこへケイマルが。


「夜のCQタイムどうする?」

「ああ、今日の件を店に報告した結果、教えるよ」


 うなずくと、ケイマルは広場の向こうへ歩き出した。コニルも店へと向かう。

 陽はまだ高く、五十年の人生も始まったばかり。

 ふと歩みを止めて、ケイマルはコニルの去った方を振り返る。


「だから希望を持っていいんだよ、コニル。避けようがない悲劇なんて、その時まで知る必要はないんだ」


 そうつぶやいて背を向けると、彼は走り出した。

 振り返ることなく。


* * *


 次の礼拝日。大聖堂を出たコニルは、いつものようにニオール家を訪れた。


「あ、コニル君」


 神官服の上にエプロンをしたソリアンが出迎えてくれた。


「もうじきお昼出来るから、座って待ってて。……あ、そうそう」


 筆記机から一枚の紙片を取り上げた。


「先日、ドレニーオ……トレスクの後任でニルアナ村に赴任した神官ね、彼から手紙が届いて、その中にあなたへのご家族からの返事が同封されてたの」


 ガタン、と椅子を蹴って、気が付いたらコニルは立ち上がってた。


「手紙……俺の、家族から?」

「正確には、ご家族が話したことをドレニーオが口述筆記した感じね」


 それでもいい。全然、いい。

 震える手で紙片を受け取った。家族一人ひとりが、箇条書きのように短い言葉を寄せてるが、一人だけ長めの文が。


「姉さん……」


 言わずもがな、だった。だから、そこは最後に読もうと、手で隠しながら読み進む。

 最初は父親。


『息子よ、元気でいるか? 仕事は頑張っているか? できていれば何よりだ』


 武骨な父親らしい言葉。実際はもっとぶっきら棒だったのだろうけど、ドレニーオ師が整えてくれたのだと分る。


(ああ、父さん。俺、頑張ってるよ)


 次の手紙に書こう、と思って、お金が無いことに気づく。


(年末年始には里帰りできるかな?)


 手紙の母親の分。


『最愛の息子よ。きちんと食べていますか? 病気になっていませんか? 他の人と上手くやってますか?』


(ああ……母さんだ)


 一つひとつ、コニルに対する気遣いが溢れかえっている。


(何も心配いらないよ、母さん)


 年末年始に帰郷できたら、ぜひ色々と伝えたい。


『コニルへ。そちらでの用事を最優先すべし。こちらの事は気にするな』


(兄さんだな。うん、兄さんらしさに溢れてる)


『お兄さま。お会いしたいです。寂しいです』


(ティナの声で再生されるな。「にーちゃ、あいたい。さみしいよ」)


 舌足らずな短い言葉に、思いが込められている。

 そして……姉、ケラル。


『コニル、元気に過ごしているようで何よりです。本当に、村では見られないものばかりですね。ニオール師の婚約にはびっくりしました。それでも、お二人でコニルを見守ってくださると言う事なので、感謝に絶えません。お二人にお伝えください。年末年始には戻れますか? みんな、あなたに会いたがってます』


(ああ。姉さんだな、やっぱり)


 村を出てから体験した事への共感を、この短い文章に込めてくれた。

 コニルが書き送った手紙に比べれば、決して多くはない字数だが、みな一生懸命、口頭でドレニーオ師に内容を伝えて書いてもらったのだろう。その光景が脳裏に浮かんで、心が温まる。


「また手紙を書きたいなぁ……お金がないけど」


 前回は、紙も筆記具も郵送料も、ニオール師に借りてしまった。これも出世払いになってる。

 すると、テーブルに昼食を並べながらソリアンが。


「そうね。手紙が届いて返事が返ってくるまで、大体一カ月かかってるから、年末年始までにもう一通出すのも良いわね」

「え? だってもう、十一月末だし……」


 くすり、とソリアンが笑った。


「コニルほど頭が良くても、五歳は五歳なのねぇ」


 その口調は暖かくて、嘲りは全く感じられなかった。それでもコニルは少しムッとした。


「はい、五歳児ですが、何か?」

「今年は十三月まであるのよ。閏月うるうづきといってね」


(な、何ですと!?)


「前回は二歳だったから、覚えてなくても当然ね」


(なんか……明日から夏休みと思ってたら、急に補講が入った気分……)


 そこへ、ニオールが帰宅してきたので、コニルは泣きついた。


「ニオール先生……!! 手紙が、書きたいです……」


 うんうん、とうなずくニオールだったが、その返事は意外だった。


「それもいいですが、一足先に里帰りはどうですか、コニル君」


 ちょっと何を言ってるのかわからなくて、コニルは憮然とした。


「今、メリッド氏に会ってきたのですが、君をメクレンス王国との交易隊に加えてはどうかと言われましてね」


 一気に話が大きくなった。

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