第16話 それでも、商人ですから

 ミラカに連れられて行った先は、コニルの予想通り商家だった。そして、看板にはドレスが描かれている。まるで透明人間が着ているみたいに、立ってポーズを取っているドレスだけが。

 店はかなり繁盛しているようで、人の出入りは多い。

 そして、店名は「景福縫製」と記されていた。


(……この人たちの内、何人がこの看板の文字、読めるのかな?)


 例の通り、漢字の部分は古めかしく長ったらしい単語だ。


「仕立て屋……なのか?」

「そう。今年の初めに、帝都の本店から分かれて、ここに支店を開いたの」


暖簾のれん分け、というやつか)


 店を開いたばかりと言う事は、ニオールが知るはずもない。コニルのお仕着せを直してもらった店とは、大通りを挟んで逆側だった。


「それで、支店長は私の父親」

「へぇ……」


(なるほど、だから「お嬢さん」だったのか)


 ドヴィッディがそう呼んでたのは、冗談でもおべっかでもなかったようだ。

 そのまま、ミラカは店内へスタスタ入って行く。コニルも後に続く。


(やっぱりこの店も、庶民向けと貴族向けがあるんだな)


 ニオールが懇意にしていた店も、店内に展示してある服は庶民向けで、貴族向けは奥にしまいこんであると言ってた。どんな下級貴族でも、自ら店に立ち寄ることなどないから、展示する意味がないのだ。むしろ、店の方からサンプルを持参して、貴族の館に御用聞きに伺う。

 コニルが背負っている反物も、絹は貴族さま御用達で、麻は庶民向け、木綿は品質によるが両方だ。メリッド商会も、番頭のドヴィッディやベテランの店員が、やはりサンプル持参で貴族のところへ出向いている。


(ひょっとしてこれ、うちの商機を奪おうとしている?)


 今までは、仕立て屋とは別に、織物屋であるメリッド商会も直接貴族と商談ができた。生地はうちらに、仕立てはあちらに、と言う風に。両者は互角で対等だ。

 しかし、メリッド商会の商材をこの店が把握しきってしまえば、仕立てのサンプルと生地のセットで売り込むことが出来る。そうなれば、商会はこの店と価格交渉するしかなくなる。


(うちを下請け扱いにする気だな……)


 確かにその方が、お貴族も楽だ。この店も生地とセットで値段を決められる。

 それに対して、メリッド商会だけが直接交渉する権利を失う事になる。


(まぁ、それなら売らなきゃ良いだけだ)


 仕立て屋は他にもあるのだから……。


「こっちよ」


 ミラカは奥の扉をノックする。


「ミラカです。ただいま戻りました」


 なぜ横を向いて? と思ったら、壁からラッパのようなものが出ていた。伝声管だ。


「よし、入れ」


 ややくもぐった返事が帰って来る。ミラカは扉を開くと、コニルを引っ張り込んだ。


(なんか、さっきより遠慮が無くなったな)


 そう一瞬思ったものの、部屋の内装を見て驚いた。


(メリッド家のリビング並みだ……)


 店舗の商談スペースと言うより、落ち着いてくつろぐ場所という印象……なのだが。


(なにこのオッサン。怖いんですけど)


 長椅子に座ってる三十代の男性、おそらくこの店の主人の眼光が強い。


「ミラカ、遅かったな」

「はい、ちょっとトラブルが……」

「まあいい、座れ」


 ミラカが隣に座ると、店主は再びコニルに目を向けた。


「荷物を降ろして、君も座りたまえ」

「……はい」


 長椅子の前の低いテーブルに反物の包みを降ろし、反対側の長椅子に腰を下ろした。


「では、見せてもらおうか」


 促されて、コニルは包みの結び目の近くに描かれた魔法陣に指先を添えた。そこに魔力を流し、呪文を唱える。


「光と土のエレメンタル、わが魔力に応えよ……」


 ここで、脳内に鍵言葉パスワードを思い描く。


「開封!」


 魔法陣が光を発し、包み全体が淡く輝き、すぐに消えた。開封するまで、包みの布は破けず、結び目はほどけない。


 結び目から出る二本の布の先端の片方をつまみ、逆方向へくいっと引っ張る。こくっと手ごたえがあって、結び目を通る布がまっすぐになった。それをしゅるっと引き抜くと、簡単にほどける。

 本結びという結び方で、前世の祐樹は「コンビニ袋の便利な結び方」という動画をWebで見て覚えた。


(チート……ではないな、これも)


 開いた包みから反物を取り出そうとして、気が付く。


「あの……申し訳ありません、手を洗わせていただけますか?」


 恐る恐る、申し出る。服の埃をはたいた手で、大切な商品に触れるわけにはいかない。


「構わん。ミラカ」

「はい」


 立ち上がると、彼女はコニルに手招きをする。コニルも立ち上がって、ミラカについて部屋の奥へと向かった。

 廊下をしばらく進むと裏庭に出る戸口があり、井戸があった。

 水を桶に汲んで手を洗うと、ミラカが。


「私も洗わないと」


 同じ桶に手を突っ込んで洗い始めた。


「……コニル」

「うん?」

「あの……さっきはごめんなさい」

「ケイマルのこと?」

「そ、そっちじゃなくて……」


 気にはなるらしい。顔が真っ赤だ。


「私が路地を抜けようと言ったから、あんなことに……」


 こっちも気にしていたようだ。


「大丈夫だよ。結局、あいつらを倒したのは君の……神の御加護だし。怪我も何もなかったし。俺も、この事は誰にも言わないし」


 しばらく黙って手を洗っていると、「そうね」とミラカはつぶやいた。立ち上がると、手からピピッと水をはじいて、お仕着せのエプロンで拭く。


「戻りましょ」

「ああ」


 二人は屋内へ戻った。


* * *


「……以上の価格でうちにこれらの商品を卸して欲しいのだが」

うけたまわりました」


(持参した反物のサンプルは、麻と木綿が三種類ずつ、絹が一種類)


 布地には三つの織り方がある。

 経糸たていと緯糸よこいとが交互に織られる平織ひらおり

 経糸の数本ごとに緯糸が交差する綾織あやおり

 経糸と緯糸の両方が数本ごとになる繻子織しゅすおり

 この順で織物は手触りが滑らかになり、光沢が出る。その分、強度は犠牲となるが。


(絹だけは平織のみ。つまり、言い値で卸すのは庶民向けの品だけってことだな)


 ミラカが告げた注文は、麻と木綿、絹を一本ずつ。それより数が多いのは、彼女が織り方を指定しなかったからだ。つまり、買うと言うのは口実で、諸々の交渉の第一段階に過ぎない。

 手元の蝋板に記した価格表を見れば、まさにその通り。

 下請け業者化は、メリッド商会からやんわりと拒否され、景福縫製もそれを受け入れたことになる。


(何と言うか……出来レース?)


 考えてみれば、いくら賢いと言っても、五歳の徒弟に面倒な交渉事なんて任せるわけがない。コニルに求められたのは読み書きと計算の能力だけ。


(まぁ、ガキの使いだもんね、文字通りの)


 と、ほっとしていると。


「ところで、コニル君と言ったね」


 ジャブが飛んで来る。猫なで声で。


「……あ、はい」

「先日、うちの子らと街で出会い、色々と対話があったようだが」

「……ええ、はい」


 ミラカを見ると、つん、とすまし顔だ。


(あちゃー、これ宗教の勧誘? 折伏されちゃうの?)


 そしてさらに。


(しかも、目の前で魔法使っちゃったし!)


 彼らの教派は確か、魔法を毛嫌いしていた。


(ああ、ご主人の目が、さっきよりコワイ……)


 メンドクサイ姉弟の後ろには、メンドクサイ父親が控えていた。


* * *


 帰り道。コニルは憔悴しきっていた。


 その一部は、行きに持参したサンプルを、そのまま担いでいるせいでもある。まさか五歳児に何十万円もの現金を持たせるはずが無いから、支払いは別途行われる。仕入れとして、何十点も納品する対価として。

 だが、あくまでも一部に過ぎない。


「まさかのヘッドハンティングとはな……」


 単刀直入に、「うちに来て頑張れば、成人までに番頭にしてやるし、二人の娘の気に入った方を嫁にしていい」とまで言われてしまった。もちろん、教派の宗旨替えも含めて。


(ツンだけでデレ皆無なミラカは勘弁だけど、末娘のミアラは妹のティナに似てて嫌いではない。でも、どっちにしろあのエクロと義理の兄弟になるわけで……)


 思わず頭を抱える。


「メンドクサイ人生が確定してしまう!」

「うん。面倒そうだな」


 振り返り、にやついてるケイマルをにらみつける。


「ひょっとして、禁忌ってコレか?」

「それも含めて禁忌だ」


(相変わらず、禁忌、禁忌と……)


「面白がってるだろ」

「とんでもない、懐かしがってるだけだよ。自分の青春時代ってやつをね」


 二十歳で転生して、今は五歳。コニルとして生まれ育った分を別にすれば、確かに内面的には青春真っ盛りだ。


(ああ……ソリアンさん、惜しかったな)


 まさかのニオールだったとは……と、そこで考えを逸らされたことに気づく。


「で、本題は何だ?」


 ケイマルは、にやりと笑った。

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