第15話 厄介ごとは秒殺です
ミラカの後を、荷物を背負ってとぼとぼとついて行くコニル。まるで、女主人とその侍従だ。
(厄介な奴に目を付けられちまったなぁ……」
何しろ原理主義者だ。子供がそうなら親もだろうし、彼女が着てるのは商家のお仕着せだ。当然、その商家も丸ごと、同じ教派だと言うことになる。
(なんかもう、虎子を得るつもりもないのに、虎穴に入らざるを得ない感じ?)
それに、コニルが背負ってる反物の包み。絹が一本入ってる。これだけでも金貨何枚にもなる。
それだけの額の買い付けを任されるとなると、主人から相当信頼されているはずだ。
「ミラカって凄いな」
思わず声に出ていた。ミラカは立ち止まり、振り向いた。
「なによ。気持ち悪いわね」
「酷いな。折角褒めたのに」
背中の反物の包みを背負い直す。
「これ、普通ならさ。七、八歳の子供に任せる仕事じゃないよね」
何十万円相当の買い物だ。そんな大金を動かすのなら、もっと年上の、徒弟ではない正規の店員が担当するはず。
「……まぁ、そう言う事ね。行くわよ」
そして二人は歩きだす。
(天気は良いし。女の子と二人きりで歩いてるし。その子にはついさっき、『つきあって』なんて言われたし……)
空を見上げて。
(なのになんで、こんなに気持ちが沈むんだろうな)
しかし、もしこの時彼が、自分たちを物影から見つめる視線に気づいていたら、気が滅入るどころではなかっただろう。
* * *
沢山の人が行きかう大通りを進んで行くと、ミラカがふいに立ち止まった。うつむき加減だったコニルが、その背中にぶつかる。
「ちょっ!? 何すんのよ!」
「そっちこそ、急に止まるなよ。何なの?」
ミラカは、通りから横に入る路地を指さした。
「ここを通った方が近いの」
そして歩き出す。いつぞやの「癒しの小道」とは違い、やけに殺風景な路地だ。
(大丈夫か?)
一瞬、そんな思いが頭をよぎる。領都エランの治安は決して悪くはないのだが、何しろ今はやたら値の張るものを背負ってる。
……だが、今までのやり取りで、こちらからミラカに声をかけるのはためらわれた。
(ま、いっか)
その判断を後悔するまでに、大して時間はかからなかった。
路地に入ってしばらく進むと、突然背後から羽交い絞めにされ、手で口をふさがれた。視界の隅に、ミラカも同じように襲われている姿が入り込んだ。
(しまった!)
後悔というのは、いつだって役に立たない。
そのまま二人とも路地裏に引きずり込まれ、両手を後ろ手に縛られて猿ぐつわをかまされ、担ぎ上げられて運ばれていく。
こうなると、気がかりなのはミラカだ。自分は殺されても転生クーポンがある。やり直しは利く。
だが、ミラカにもしもの事があったら、取り返しは利かない。
(あの時、声をかけていれば……)
これまでの
(ミラカだけでも助けないと!)
二人が降ろされたのは一件の廃屋だった。どうやらアジトとして使っているらしく、人が歩くところだけ埃が少ない。
「ちっ! この包み、保護の魔法がかかってやがる」
「そんなもん、一晩置いとけば消える。それより、コイツラだ」
男の一人が、床に転がされたミラカの髪の毛を掴んで持ちあげる。気丈にも少女は男をにらみつけたが、まなじりには涙が浮かび、震えている。
「なかなかの上玉だが、男の相手はまだ無理だな。まあ、そっちのガキと一緒に、その手の変態貴族にでも売り飛ばすか」
余計な前世の知識のせいで、年齢制限なしの変態プレイが脳裏に繰り広げられてしまい、あまりのおぞましさにコニルも震え上がってしまった。
(それならいっその事、この場で死にたい!)
しかし、猿ぐつわのせいで舌を噛むこともできない。
脚は縛られていないが、逃げようにも戸口には大男が腕組みをして仁王立ちしている。
まさに絶対絶命、と思ったその時。
「ぐぎっ!」
ミラカの髪を掴んでいた男の脳天に、頭上から飛び降りて来た小さな影が踵落としを決めた。
(ケイマル!)
少年冒険者は、父親からのスパルタ特訓の成果を見事に示した。
「なんだテメエ!」
反物の包みを抱えて、もう一人の男が大男に向かって命じる。
「おい! あの小僧をひねり潰せ!」
「おうよ!」
二メートルはある大男がケイマルにつかみかかる。だが、ただの五歳児ではない。ひょいひょいとその腕をかいくぐり、小さな身をさらに屈めて相手の懐に飛び込む。
そして、全身のバネを使って放つ。強烈なアッパーカット――ではなく、金的への一撃を。
「ぐはえあ!」
股間を押さえて悶絶する巨漢。
そして、間をおかず最後の一人に飛びかかり、向う脛を蹴り上げる。
「あがっ!」
男が痛みの余りに手放した包みをかっさらって、ケイマルはコニルのところへ跳んで来ると、ナイフで腕を縛った縄を切る。そしてすぐにミラカへ駆け寄り、腕をほどいてやる。
「ケイマル!」
猿ぐつわをむしり取って叫ぶコニルに「後で」と答えると、ミラカに手を貸して立たせてやった。
「よくもこんな酷い事を!」
さっきまで恐怖に震えていたミラカは、今、怒りに燃えて震えていた。それを、一呼吸で抑え込む。
そして、すっと背筋を伸ばすと右手を伸ばし、二本にそろえた指で印を切った。斜めに傾いたZ、続けてその鏡文字。指先からの光が空中に線を描き、文様が浮かび上がる。
その衣に記された、尖った六芒星だった。
「慈悲深き神々よ、どうかご加護を!」
祈りの言葉と共に、その六芒星から前方に向けて、強烈な光がほとばしり出た。
「「「ぐわぁああ! 目が! 目が!」」」
三人の悪党たちは、一斉に
その有様を、コニルは呆けたように眺めていた。
(やっぱ、神さまもスゲーや……)
のたうち回る男たちを、ケイマルが縄で縛りあげた。
「あの……助けていただいて、ありがとうございました。ええと、ケイマルさん?」
礼を言うミラカ。なぜか顔が真っ赤だ。
(あ、コイツ惚れたな)
そうかそうか、ケイマルお前に全部任せた。と思ったコニルだったが。
「すみません、俺には心に決めた
五秒でフラれる所まで目撃してしまうのだった。
* * *
二人が埃まみれの衣服をはたいてなんとか見れるように居ずまいを正す間、コニルはクーポンを出してケイマルに話しかけた。
(どうしてここが……って、あれか。覚えてただけだな)
(ま、そんなとこ。こうして前世の伏線を回収するのが、俺たちのやり方だ)
自分で仕込んだ伏線を来世の自分が回収する。この日のためにケイマルは冒険者を目指し、自らを鍛えて来たわけだ。
(しかし、心に決めた
(まぁ……そうだな)
流石にそこは言葉を濁す。
(何はともあれ、助かったよ、ありがとう)
(お互い様だな、それこそ。俺もこうやって助けられたんだから)
反物の包みを背負うと、コニルは言葉に出して礼を言った。
「ケイマル、ありがとう」
「ああ。気を付けろよ。ここを出て左に進めば、元の大通りだ。俺はこいつらをギルドに突きだすから」
ケイマルを残して、コニルとミラカは家を出た。さっきの加護による激光とは違う、柔らかな日差しが降り注いできた。
歩き出すと、ミラカが声をかけて来た。
「あなたはケイマルと友達なの?」
「ああ……まあそうだな。ほぼ毎日話すし」
「そう……」
五秒で失恋した彼女に、いささか同情の念を禁じ得ないコニルでもあった。
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