第14話 メンドクサイ三姉弟
「私の名はミラカ。そもそも人は、二人の主人に仕えることは許されない。二人と同時に結婚することも。だから、加護と魔法の両方を求めることは不義なのです!」
ミラカと名乗った少女は、おそらく七~八歳。癖のないオレンジ色の髪の毛を肩まで伸ばしている。ややつり上がった目の色は鳶色。
(うーん。そのしかめっ面をやめれば、結構可愛いはずなのに。惜しいなー)
「俺はエクロ。恥じる事を知らない者は、冒涜の恐ろしさも知ることができず、ただ罪を重ねるだけだ」
エクロの髪は鮮やかな赤で、短く刈り込んでいる。それ以外はミラカとそっくりだ。
(うわ。俺と見た目が同年齢なのに。まさか……転生者?)
転生クーポンを出して見せるが、まったく反応は無かった。
(……だよな)
少し、ほっとする。
「そーゆーの、いけないんだよ!」
おそらく二~三才の幼女。髪はオレンジ色の癖っ毛でふわふわのツインテールにしている。そして、この子だけは年相応な感じだ。
コニルはしゃがんで、幼女と視線を合わせた。故郷では、いつも妹のティナとこうして話していたのを思い出す。
「えーと、俺はコニル。君のお名前は?」
ツインテ幼女は、にぱーっと笑った。
「あたしミアラ」
「ミアラちゃん、三人はもしかして姉弟なのかな?」
「うん!」
ほっこりとした会話は、ミラカによってぶった切られた。
「ちょっと! コニルと言ったわね? 話しはまだ終わってないわよ!」
(宗教論争なんて、生前なら無意味な争いの代名詞だったのにな……)
ため息をついて、コニルはミアラのふわふわ頭をなでると立ち上がった。
「俺、仕事の途中だから、困るんだけど」
「仕事で神々を冒涜するなんて、許されないわ!」
(うっわー、超メンドクセー)
「じゃあさ、ちょっとマジでわからないんだけど、教えてくれる?」
「な……なによ?」
ミラカが一歩引いた。
コニルは疑問を伝えた。
「いや……信仰が神々に仕えることなのはわかるんだ。じゃあ、魔法は何に仕えることになるんだ?」
「そ、そんなの……」
ここで、エクロが割り込んだ。
「魔法は人を、おのれの欲望に支配させる!」
(ひえー。何これ、英才教育っての? これぞ神童!?)
「欲望かぁ……でもなぁ」
手にした蝋板に目を落とす。もうすっかり冷めていた。鉄筆を縁から外して、収納用の円環に通し、蝋板を腰に吊り下げた
「俺に使える魔法って、この蝋板くらいでさ。書いたものを一気に消して、平らに
エクロの目を見て続ける。
「これって、『欲望』なのかな? だったら、毎朝の食事で、皿が温まる加護を期待して祈るのも『欲望』じゃね?」
「し、神聖な祈りを何だと!」
大きくため息をつく。
「この前、大神官さまの講話にあったけど、一番大事な祈りは自分がやるべき仕事をやり遂げることだって。その仕事の中で、特になんの加護も期待せず、ただ神々に感謝することで、自分の魔力が神々への供物となるって」
急に黙り込んだ三人の顔を見回す。
「だから俺、仕事に戻るわ」
そして、三人に背を向けてシュタッと駆けだす。
何か喚いてるみたいだけど、どんどん遠ざかるから気にしない。
* * *
夜。寝る前のCQタイム。
ちょっと今夜のコニルはお疲れだ。
(……てなわけで、メンドクサ過ぎなんだけど、なんなのアイツラ?)
(グロウリー派という教派で、信仰至上主義者とも呼ばれてる)
(……なんだそりゃ)
信仰を大切にするのは良いとして、「至上」とか言い始めると一気にヤヴァい感じになるのは、なぜだろう?
(ようするに、魔術や魔法具を否定し、全てを神々の加護に
(そうだな。そんなこと言ってた。でもさぁ……)
コニルは、自分が投げかけた質問(に見せかけた反論)をケイマルに伝えた。くすくす笑ってから彼は答えた。
(そうだった。今思うと結構、良いところ突いてたな。あの手の原理主義ってのは、実生活と突き合わせるとボロが出てくるんだ)
さらに危なそうな単語が出て来た。
(原理……主義か)
(ああ。例えば『神々の前に、人はみな平等』というやつ)
(……悪くないと思うんだが)
(これを突き詰めて、『神官』を否定してる)
(え!? じゃあ、誰がその分の祈りを捧げるんだ?)
朝に夕に寝る前に、ニオールもソリアンもどれだけ祈ってたか、コニルは良く知っている。そうして魔力を捧げているからこそ、いざという時に加護に縋ることができる。
(信徒がその分、祈るのさ。講話も、信徒らが交替でやるらしい)
(講話って、神学校とかで学ぶんじゃなくて?)
ふぅ、とケイマルがため息をついた感じがした。そして彼は語りだした。
(神々は、信徒らが頭の良い神官の良くできた話を聞くより、信徒ら自身による素朴な学びと祈り、そして日々の生活の中での感謝を喜ばれる)
そこで言葉を切って。
(……だとさ。彼らの信条は)
実はこれ、「反知性主義」と言う形で祐樹の前世に広まってた考えと、同じだったりする。まぁ、悪い方に展開して「世界平面論」みたいな明らかなアホアホ路線に進んでいたりしていたが。
すべてこの世界には関係ない。
(なるほど。その通りのことを俺が言ったから、あいつら黙り込んだんだな。……と言う事は、考え方自体は間違ってない?)
ケイマルがうなずく感触。
(そりゃ、『原理』主義だからね。問題なのは応用の方で、だから厄介なのさ)
(しかしケイマル、やたら詳しいな)
くすくす笑うケイマル。
(そりゃ、あの教派の連中には何度も絡まれたからね)
(俺が? いや……セカンドが?)
(……ごめん、禁忌だ)
(おいおい……)
(あ、もう一度、その三人の名前を頼む)
(ミラカ、エクロ、ミアラ)
(……なるほど)
(何、納得してんの!?)
(……禁忌だ)
――それってこの人生で、まだあの三人と絡むこと決定じゃないか!
脳内で声なき声で叫ぶコニルだった。
(大体、なんで子供だけであんなことしてるんだよ?)
(教育の一環なんだと。ああやって、同じ年ごろの子供に論争を吹っ掛けることで、マウントの取り方を覚えさせてるらしい)
――なんだそりゃ。子供を布教活動(?)に巻き込むなんて、どこの新興宗教だよ。
怒りの余り、コニルはその夜、なかなか寝付けなかった。
* * *
平穏な期間は三日しかなかった。
「麻と木綿と絹の布地を一反ずつ、お売りください」
店から聞き覚えのある声がしたので、そっと奥から覗いてみると。
思ったとおり、三姉弟の長女、ミラカがそこにいた。
(ひぃ~~~~!)
思わず「ムンクの叫び」のポーズとなってしまう。
そのまま、そーっと奥に逃げ込み、裏の倉庫で自主的に在庫のチェックにいそしんでいると。
「ここにいたのか、コニル。来い」
首根っこを掴まれ、そのまま引きずられていく。
「わわっ!? ドヴィッディさん、何なの?」
「お嬢さんがお呼びだ」
「誰ですかお嬢さんって……」
それは愚問に違いなかった。メリッド家の長女はまだ母親の実家にいるのだから。
そして、引きずり出された店内では、ミラカが得意げに立っていた。
「やっと来たわね、コニル。少しつきあってもらうわよ」
(なぜだろう。女の子から『つきあって』と言われたのに、全然嬉しくない……)
人生の大いなる矛盾に悩むコニルだが、ドヴィッディにどやされる。
「そこの反物を持って、お嬢さんのお供をしろ」
「な、何で僕が……」
「この店で、ちゃんと読み書きが出来る徒弟は、お前だけなんだよ!」
荷物持ちと読み書きの関係がさっぱりだが、布で包まれた反物を強制的に背負わされてしまった。
「それじゃ、行くわよ」
「……はい」
(どうして関わりたくない相手に限って、こう全力でグイグイ来るんだろう?)
嘆きながらコニルは、ミラカの後について歩きだした。
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